2011年8月31日水曜日

短期・戦略・システム療法の手法をコーチングやファシリテーションに応用する

日常生活や仕事の場面で起きている課題、問題はベイトソンの言うように、「The major problems in the world are the result of the difference between how nature works and the way people think.」を実感している毎日です。


つまり、世の中の問題は外的世界の物理学的な法則と、人の知覚・認識との差異によってもたらされているため、それが原因で起こる多くの課題を解決するには、自己の投影として世界と世界の投影としての自己の循環を考えなければいけないということになってきます。

それで具体的にはどうしたら良いのか?を考えると、

個人的な答えは、ベイトソンがパロアルトのMRI(Mental Research Institute)で研究していた短期・戦略・システム療法の考え方を日常生活や仕事の場面の問題解決に適用してみれば良いのではないか?という非常に単純なものになったというわけです。
 
短期・戦略・システム療法の原則

短期・戦略・システム療法は、グレゴリー・ベイトソンがパロアルトの軍人病院、あるいはメンタル・リサーチ・インスティテュート(MRI)で行った認識論(Epistemology) に還元した心理療法に端を発しており現在は様々な分野に応用されています。

個人的にはビジネス上のコンサルティングから日常のコミュニケーションにまで応用しているわけですが、個人的に認識している問題、課題の多くは、コミュニケーションの齟齬、その背景にある知覚・認識・思考プロセスの違いが原因になっていることも多いため非常に役に立っているということがあります。

以下に短期・戦略・システム療法の原則をあげておきましょう。[1]


  • 地図/現地の区別を付ける  

これは、ベイトソンが一般意味論の創始者アルフレッド・コージブスキーの著作「科学と正気」から引用した概念です。 要は、認識主体の表象にある知覚からつくられた現実世界の事実と、それにラベリングされ、事実のインデックスとした働く言葉、記号の区別をつけましょうという意図で導入されています。余談ですが、プロジェクトなどで主観と客観の二元論の立場を超えた視点を持つという意味でトランスパーソナル的に視点を溶かすという方向もあると個人的には考えています。


  • 論理階型

上の地図/現地の区別を付けると関連するのですけれども、ベイトソンがラッセル&ホワイトヘッドの集合論の理論をマインドに当てはめて構築した理論ということになり詳細は以下に書いています。 


  • メタファーと表象

ベイトソンは現実を投影して認識主体に表象されるイメージ、音、言語などはすべて実態が何らかの形式で表象に投影されたメタファーと考えていたようです。これを認知科学的に考えるとメタファーを認知の中心に置いた認知言語学的な話になってきます。 このテーマは非常に深いテーマでもあるため、このBlog でおいおい書いていくことにしたいと思います。

  • アブダクティブな学習/学習のレベル

これはベイトソンの学習理論やダブル・バインド仮説の話になってきます。簡単に言うと、弁証法ではないですが、何か新しいことをやろうと思うと必ず矛盾が出てくるので、その矛盾を、正・反・合、と統合するか、さらに、その矛盾の起こっているシステムの外に飛び出してまったく新しい視座から新しい能力を得るというような垂直的な学習を目指しています。この話もこのblogのテーマとしておいおい書いていくことにしたいと思います。

  • システム(全体)の視点、エコロジー、コンテクスト

短期・戦略・システム療法は、ある意味デカルトから始まる近代科学のパラダイムから全体論的なパラダイムへの転換を要求されます。[2]

デカルト(近代科学)の世界観
ベイトソンの全体論の世界観
事実と価値は無関係。
事実と価値は不可分。
自然は外側から知られ、諸現象はそのコンテクストから取り出され、抽象化されて吟味される(実験)。
自然は我々との関係の中で明らかにされ、諸現象はコンテクストのなかでのみ知ることが出来る。(参加する者による観察)。
自然を意識的、経験的に支配することが目標。
無意識の精神が根源にある。叡智、美、優雅を目標とする。
抽象的、数学的な記述。数量化できることのみが現実。
抽象と具象とが混合した記述。量よりも質が第一。
精神は身体から、主体は客体から分離している。
精神/身体、主体/客体はいずれも同じひとつのプロセスのふたつの側面。
直線的時間、無限の進歩。原理的には現実を完璧に知り尽くすことができる。
循環的(システムの中の特定の変数のみを極大化することはできない)。原理的に現実の一部しか知ることは出来ない。
AかBか」の理論。情感は生理現象に伴って二次的に生じる現象である。
AもBも」の理論(弁証法)。情感は精緻な演算規則を持つ。
<原子論>
<全体論>
1.物体と運動のみが現実。
1.プロセス、形、関係がまず、はじめにある。
2.全体は部分の集合以上のものではない。
2.全体は部分以上になる特性を持つ。
3.生物体は原理的には非有機体に還元可能。自然は究極的には死んでいる。
3.生物体、もしくは<精神>は、構成要素に還元できない。自然は生きている。
 

  •  現在、制限を加えているメンタルマップをそうでないものに変える

上で説明した視点を考慮しながら、クライアントには今ココに焦点を当ててもらい、現象学的な手法を活用しながら、クライアントの認識している現在のメンタルマップを状況や思い描くゴールに併せて調整していくというのが短期・戦略・システム療法の要点というわけです。 [3]

ここでは具体的な方法やプロセスは書きませんが、個人的にはこういった原則をコーチングやファシリテーションの手法に落としこんで、ベイトソンの同僚であったポール・ウォツラウィックの言うシステム全体が大きく変化する二次的変化を志向してクライアントが変化のために活用しています。[4]

文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2011年8月30日火曜日

前提条件をどうおくかで結果が変わる

日常生活でも仕事でも自分の思考における前提をどうおくかによって得られる情報がまったく変わってくることがあります。 今日は、こういったことがなぜ起こるのか?を説明している一般意味論における「Logical Fate」について書いておきましょう。

前提条件と結果の関係は?

認知科学的に、自分の知覚の注意(Attention)をどこに向けているのか?と関連して意図(Intention)つまり、心の中に設定された「前提条件(Assumption)」の存在意義を考えることは非常に重要だと思います。  

 日常生活や仕事の場面の知覚・認知のプロセスを考えると、それを意識している、いないにかかわらず、何らかの「前提条件」をおいており、それが注意と相互作用するような格好になっています。

例えば、仕事の場面で、その前提がいつも正しい、正しくないは別にして、「価格を下げれば、販売台数が増える」という前提条件を確信として持っていると、販売台数を増やすために、価格を下げることだけに注意が向いてしまうことになり、「価格を下げないで販売台数を増やす」施策には注意が向かなくなってしまうことになります。

 つまり、こういった「前提条件」をおくと、知覚・認知において、「前提条件」によって情報のフィルタリングが行われ、そのフィルタリングを通した「結果」が導かれることになります。逆の言い方をすると、前提条件によって、知覚・認識される情報に対して盲点が生まれ、「前提条件」をどう置くかによってどこに焦点が当てられるのか?が変わるため、得られる結果がまったく変わって来るというわけです。

 
[前提条件 1]
  ↓
[結果 1]

一般意味論では、このような「前提条件」と「結果」の関係を特に「Logical Fate」と呼んでいます。[1]つまり、文字通り前提条件と結果は論理的な命運で繋がっているというわけです。

一般意味論の前提についてLocial Fateを考えてみる

一般意味論の代表的な前提として、人の認知における「地図は領土ではない(The map is not the territory.)」、つまり自分の表象にある地図は、外的世界の土地そのものを指しているわけではない、についてのLogical Fateを考えてみましょう。

 この前提は、一般意味論の創始者であるアルフレッド・コージブスキーがアリストテレス系と呼ばれる「地図と領土を同一視した」認識論的エラーを持った認識のやり方から離れて、非アリストテレス系と定義された、「地図と領土の区別の区別をつける」認識パターンを身につけることで、アリストテレス系で発生している不都合なことを回避するという目的のために導入された概念です。

アリストテレス系
非アリストテレス系
AはAである (Identity)
地図は領土ではない (Non-Identity)
全てはAであるかAでないかのいずれかである (中間を排除)
地図は全ての領土を表わしていない(Non-Allness)
Aかつ非Aは同時に満たされない
地図は自己参照的である(Self-Reflective)

アリストテレス系の代表的な認識パターンとしては、「地図は領土であり、言葉はモノである」というようなエピステモロジーあげられるということになるでしょう。  

このような思考パターンが身についてしまっていると、悪口を言われたという理由だけで相手を銃撃してしまった南米のサッカー選手、原油の決済通貨をドルからユーロに変えられただけで、イラクに因縁をつけ戦争を始めたアメリカ、・・・など色々なケースが考えられます。

前提条件を変えてみる


[前提条件 1](地図は領土)→→→ [前提条件 2](地図は領土ではない)
↓                     ↓
[結果 1](切れて銃撃)         [結果 2](冷静に対処?)
  

  そこで、上のサッカー選手が非アリストテレス系に前提条件を変えることが出来ていたらというように、前提条件を水平思考を使ってシフトした状況考えてみましょう。

この場合、悪口を言われたとしても「地図は領土ではないし、言葉はモノではない、その言葉は自分のアイデンティティではない」考えることが出来るわけですから、多少ムカついても、わざわざ悪口をいった相手を銃撃するという行動に出ることはなかったのでしょう。

 余談ですし、多少一般化が過ぎるかもしれませんが、わたしたち日本人について言えば、隣国で日本国旗が燃やされても、冷めた目で眺めているのを見ると案外根っからの非アリストテレス系のように思ってきます。


前提条件は結果に対して改善していく

結局、前提条件は、知覚・認識に影響を及ぼし、結果に影響を及ぼしますから、結果における事実を帰納しながら前提にフィードバックする形式で改善していくことが必要だと言えるでしょう。



余談ですが、リスクマネジメントの話題として、リーマン・ショックの前に自分が売り買いするためにその前提としている指標を明らかにし、それをリスクマネジメントとしてモニターしていた機関投資家はほとんどリーマン・ショックの影響を受けなかったということを教えてもらったことがあります。つまり、この投資家たちは前提が盲点をつくるという重要性がについてきちんと認識していたということなのでしょう。

文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2011年8月29日月曜日

最適な心身状態


今日は非常に単純な疑問について書いておきましょう。


それを行うための最適な心身状態は存在するのか?

仕事や日常生活の場面で、学習に相応しい最適な心身状態、例えば、集中し、記憶力や問題解決力、創造性を発揮するのに最適な心身状態があるのか?


あるいは、スポーツや楽器の演奏、あるいは演説などでピーク・パフォーマンスを発揮するための最適な心身状態は存在しているのか?


 という質問をすれば、ほとんどの人は自分自身の経験をふり返り、そういう心身状態が存在すると答えることになるでしょう。 


さらに、最適の状態が高じれば、マズローの言う至高体験やミハイ・チクセントミハイの言う「フロー」の状態というところになるのでしょうが、どうやってこの状態に持っていくのか?ということも非常に興味深い話題です。 
最適な心身状態の効能



エリクソン催眠家のアーネスト・ロッシ博士の論文を参照すると心身状態についての面白い指摘がなされています。[1]


 This illustrates how state-dependent memory, learning, and behavior (SDMLB) bridges the Cartesian dichotomy between mind and body. 


要は、心身状態に依存した記憶、学習、振舞い(SDMLB)がどのようにデカルトの心身二元論で分離された心と身体の橋渡しを行うのか?という指摘なのですが、ここから示唆されることは、

·           経験を帰納することで新しい概念を学習する
·           概念を演繹することで新しい行動を起こす

ことについて、それをどの程度上手く行えるかは、心身状態に依存しており、心身状態が非常に重要な役割を果たすことになります。

 実際に、ある状況において、どのようにして自分にとっての最適な心身状態を見つけ、どのようにして最適な心身状態を作り出すのか?については、短期・戦略療法の技法や認知科学的なコーチングの技法を使って、ベイトソンのマインドの理論における高次のスキーマに働きかける格好になるわけですが、これについては別途説明することにしたいと思います。

文献
[1]  http://www.ernestrossi.com/ernestrossi/keypapers/The%20Deep%20Psychobiology%20of%20Psychotherapy.pdf

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2011年8月28日日曜日

望む結果を得るための3つの質問

 個人やグループが望む結果を得るためには、望む結果を思い描き、一連のタスクに落とし込み、確実に実行していくことが必要です。


 今日は、このような場面で役に立つ3つの質問について書いておきましょう。

望む結果を得るための3つの質問


基本的には以下の3つの質問を繰り返し、繰り返し尋ねながら、具体的な場面をイメージし、身体感覚を伴うリアリティのある情報を引き出していきます。[1]
  • What do you want ? (何を望んでいるのか? 何がどうなっていれば良いのか?)
  • How will I know when I have got it ?(それが得られた時、五感で認識できる事実として、どのようにして分かるのか?)
  • How will I start and maintain the project ?(そのプロジェクトを[プロセスとして]どのようにはじめどのように維持していくのか?)
(基本的なルール)

  • やりたくないこと、やらなければならないことではなく、やりたいことに焦点をあてる。
  • 主体性を持って自分でコントロールできることに焦点をあてる。
  • 得られる結果はできるだけ詳細に思い描く。
  • 知覚ベースのエビデンスを伴った表現にする。(実現可能かどうかは身体感覚を伴った暗黙知で判断する形式。)
  • 必要な内的/外的 資源・資質を明らかにする。
  • 適切な規模、サイズを考える。
実際のプロジェクトではタイムラインを意識して

  • ゴールから現状までの必要条件を未来→現在の時系列で確認していくバックワード・スケジューリング
  • 現状からゴールまでの十分条件を現在→未来の時系列で確認していくフォワード・スケジュールリング
  • その差異
を使って落とし込んでいくことになります。[2] 


もっとも、この過程で例えば、やりたいこと-やらなければならないこと、やりたいこと-できること のような思わぬ、ジレンマ、パラドクス、ダブル・バインドが現れてくる場合があります。 考えようによっては、これは禅問答と同じで、新しいパラダイムに抜ける梃子としてこれを利用できるチャンスなのですが、これを逆手に取って新しいパラダイムに移行する方法については別途説明することにしたいと思います。



文献

[1]http://www.amazon.com/Coaching-Strategies-Techniques-Essential-Knowledge/dp/0415473349
[2]http://www.sap-basis-abap.com/sd/what-is-forward-and-backward-scheduling.htm

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2011年8月27日土曜日

解決に焦点を当てる

 人類学者であるグレゴリー・ベイトソンも言っているように、世の中に存在する多くの課題は、それを課題だと認識している認識主体の認識方法と外的世界で起こる現象との関係性の中で起こっていることがほとんどです。


 つまり世の中に存在する多くの問題、課題を解決するためには、構成主義や仏教で言われているように認識主体の内的世界である「世界の投影としての自己」と認識主体の外的世界である「自己の投影としての世界」の循環を考える必要があるということになってきます。

原因の追求だけでは上手くいかないことが多い


実際にプロジェクト・マネジメントに関わっていると内的世界と外的世界の循環についてはいつも考えて置く必要があり必要に応じて適切な対処をとらないと問題や課題はいつまでも解決しないように思えてきます。

 例えば、外的世界で機械が故障したとしましょう。例えば、コンピュータのトラブルといったような場合を考えてみましょう。

 このように無生物でかつ外的世界に何か問題が生じたような場合は、「その問題はなぜ起きたのか?」「その問題の現象は何か?どのような状況で起きているのか?」「その問題の原因は何か?」

 問題の原因追求に徹底的に焦点を当て、とことん追求するというやり方が効果を上げるでしょう。

 しかし、反対に、人の振舞いや人の認識のように内的世界に問題があるような場合を考えてみましょう。


「なぜそのような枠組で考えたのか?」「なぜ、そのようなことをしてしまったのか?」「そもそも考え方に原因があるのではないか?」というようなことを追求する場合です。

 個人的な経験から申し上げるとこのような場合は、原因究明に焦点を当てると最終的には人の批難や責任追及に繋がることも少なくなく、問題や課題の解決という点からはあまり上手くいかないように思ってきます。

問題の解決に焦点を当てる

そこで考えられるのが問題の解決に焦点を当てるソリューション・フォーカスのようなアプローチです。[1]

この手法は元々はベイトソンの研究に端を発していますが、原因追求より問題の解決に焦点を当て現状から未来の[こうありたい姿]を描き、その姿に向けて具体的にどのようなステップ、あるいはプロセスでそれを実現していくか?に焦点が当てられ組み立てられています。


 余談ですが、このステップやプロセスはベイトソンのマインドの理論によればそれぞれの要素の関係性をつなぐというようなより上位の論理階型に位置しており、それぞれの要素より影響度合いが強いと考えることができるでしょう。

 また、Youtube にこの手法を用いる時にどの場面でどのような質問を活用すると良いのかが非常に簡潔にまとめられていますので、課題解決を行う場合のコーチングやファシリテーションではこれを参考にすると良いでしょう。


もちろん、外的な世界の機械に問題があるような場合は、きちんと原因究明を行いこれを解決するというアプローチと組み合わせて用いることも重要だと思います。

文献
[1]http://ja.wikipedia.org/wiki/ソリューションフォーカストアプローチ

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2011年8月26日金曜日

悪い振舞いの背景にある良い意図を考える

仕事や日常生活の場面で個人や組織が一見すると、不合理であったり、あるいは非常識な振舞いを行っていることが少なくありません。 

それで、多くの場合、他者によっても目にできる、この振舞いを変えようと努力を始めるわけですが、この取組はほとんどの場合徒労に終わってしまいます。

例えば、個人に対するコーチングにおいても単純に振舞いだけを直そうと考える手法を取っているコーチングがありますが、背景にある意図を考えずに振舞いだけを直そうとしても上手くいくことはありません。

また、ビジネスのコンテクストであれば、どうみてもこの不合理である組織の振舞いを改めるべくコンサルティングなどを行うことになるのですが、この背景にある意図を考えずに単純にこの振舞いだけを直そうとしても上手くいくことはありません。 もっとも、組織のコンサルティング場合は、この意図を深堀していくと企業文化というところまで到達することも少なくありません。

さて、そのようなわけで、不合理な振舞いに関連する「よかれと思った意図」について考えてみましょう。

一見良くない振舞いにも、よかれと思った意図が存在している

 Wikipediaによれば、「よかれと思った意図」とは、パロアルトにあるMRIに在籍した家族療法家であるヴァージニア・サティアからもたらされた概念であることが指摘されています。

Virginia Satir originated a slightly different meaning of the phrase positive intention. She believed that digging deeply into a client's dysfunctional or damaging behaviour should find that the client is trying to achieve a positive intent through undesirable behaviour, unconsciously ineptly and harmfully, and that the dysfunction could often be helped by finding other ways to honor that positive intention. [1]

 サティアは、クライアントが、(自分や相手を傷付けるといったような)一般的によくない行為(あるいは機能不全)を行なっていたとしても、この行為の中にクライアントが意識するしないにかかわらず、その行為の前提として、クライアント視点からのよかれと思った意図(肯定的意図)が隠されているとする信念を持っていました。 

そして、このよくない行為とは別の方法でこの意図を満たす方法を探ることで、よくない行為をやめる助けになることを発見しています。(図1)


1

  これは、肯定的意図とは、何らかよくない行為、振舞いがあった場合、世間の常識からみてそれがどんなによくないことであったとしても、その背景にはそれを「よかれと思ってやっている」その「よかれと思う」その思いがであり、この意図を明らかにしていくことが、現在よくないと思われている行為を改善する鍵になるという考え方です。

  例えば、短期・戦略療法をベースにしたコーチングなどにもこの考え方が取り入れられており、良くない言動を変えてもらうために、クライアントが良くない言動を行った時のことを考えもらい、「その行為はよかれと思って行ったのだと思いますが、そのよかれという意図は具体的にはどのようなものですか?」というような「よかれと思った意図」を探っていくような質問があります。

 さらに、この場合、

Chunk up’ to identify the positive intention.[2]

 上の例文のように、いくつかの典型的な言動について、帰納的に共通項を見つけていくアプローチを取る方法も示されています。 具体的には、「行為A、行為B、行為Cに共通する、よかれという意図は何ですか?」と尋ねてベイトソンのマインドの理論に即してメタ記述しながらマインドの論理階型のより上位にある意図を探る方法です。

 また、良くない振舞いを変えるには、「このよかれと思う意図を満たすために行うことのできる、別の振舞いは何ですか?」という質問で代替の振舞いを探っていくということになります。

一般意味論からみた「よかれと思った意図」

 次に一般意味論の視点から、この「よかれと思った意図」を考えてみます。 

 ある状況において、Aさんが、その相手であるBさんから見て適切でない言動を行ったとします。

 ここでの言動は文字通りBさんの視点から五感を使って、直接、見たり、聞いたり、感じたりすることのできるイベントレベルの出来事(領土)であり、この一部がBさんの内部に表象されてBさんの地図となります。

 コミュニケーションに何らかの問題が発生する場合、Bさんは、自分の表象の地図を参照し、Aさんが行った言動を(自分の地図の中にある)単なる言葉や振舞いについての表象ではなく、Aさんそのものであるという具合に考えてしまうことがあります。 

 これは、通常の会話でも相手の言葉、つまり意見について批判を行ったような場合、相手は自分の人格(アイデンティティ)を批判されたと感じてしまうような場合です。 

 一般意味論では、言葉や言動をその人の人格と同一視してしまうような考え方、上の例で言うと、Aさんの言動をAさんそのものであるという考え方をアリストテレス系と呼んで、このようにならないように戒めています。

 逆に「地図はそれが示している土地そのものではない」、「メニューはそれが示している料理そのものではない」、「楽譜はそれが示している音楽そのものではない」という考え方のできる人のことを非アリストテレス系と呼んでいます。

 非アリストテレス系の考え方として、

 Iとは「非同一性」non-Identityである。一般意味論ではいかなる事象も同一ではないとし [3]

 領土と地図の区別を付けることと、地図の中の論理階型の混同を無くすことが提唱されています。


文献
[1] http://en.wikipedia.org/wiki/Positive_and_negative


本記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2011年8月25日木曜日

一般意味論の構造微分について

 今日は一般意味論の構造微分(Structural Differential) について書いておきましょう。 これは一般意味論で定義されている人が知覚から情報を取り入れ、言語を使いながら物事に対する認識をどのように抽象化していっているのか? そのプロセスについての仮説です。 

 最新の認知科学と比較するとこの仮説が合致しない部分もありますが、コーチングやファシリテーションの場面では非常に役だっていることもあるため、今日はこの概念について書いておくことにします。 

認知スキーマがつくられるプロセスとしての構造微分


 Wikipediaの「一般意味論」によれば、外的世界の出来事を末梢神経から認識主体に取り込み、抽象化を伴った情報処理を行うモデルとして構造微分(Structural Differential)モデルが提唱されています。 (図1)

一般意味論では抽象の段階に関する考え方を「構造微分 structural differential」と呼び、1)無限に変化する「世界」から、2)感覚器官によって把握された外界の似姿、3)「外界」として体験された事柄についての言語的記述、4)そうした言語的記述についての記述、というように当初の情報が段階的に縮退されていくことを指摘した。現在では認知心理学・認知科学的研究によりそうした縮退の様子が把握されているが、「元の世界についての認識」が、言語的に表現された「世界」についての認識へと縮退的にすり替えられていかざるという人間の認識能力の限界、そのことを明確に指摘した点に一般意味論の決定的な重要性がある。[1]

1
   構造微分のモデルでは、外的な世界について、感覚器官によって把握された一次的な経験(感覚器によって把握された外界の似姿)が存在し、それを、「外界」として体験された言語的記述として、コトバによって記述された経験が存在しているモデルとなります。このコトバ、記号、シンボルを使ってその後推論を繰り返します。 

 また、コトバ、記号、シンボルは、感覚器官によって把握された外界の似姿に、言語もしくは意味としてフィードバックが行われます。一般意味論では、前者を神経言語フィードバック(Neuro-Linguistic Feedback) 後者を神経意味フィードバック(Neuro-Semantic Feedback)と呼んでおり、言語、記号、シンボル操作による推論が一次的な表象に影響を及ぼすモデルが示されています。[2] 


 これを簡単に言うと、「言葉」の語感から何かの感覚が生まれるのを感じたり、推論で思考することで、認識主体にとって何らかの意味が生まれたりすることを示しています。簡単な実験として、じゅうじゅうと音を立てて席に運ばれてきた焼肉定食をまじまじと眺めながら、あえて「冷たい」と言ってみると体に独特の感じが現れてくるでしょう。

認知のスキーマについて考える

  次に、一般意味論の構造微分のモデルに対してスキーマ療法のスキーマを重ねて考えることにします。 [3]  スキーマ療法は認知行動療法をルーツの一つとしており、さらに認知行動療法はその創始者のアルバート・エリスにより一般意味論の影響を受けていることが語られています。[4] (図2)

  スキーマは、青写真として経験(感覚器官によって把握された外界の似姿)に挿入され、個人が経験を解釈し、反応する助けを行います。認知心理学では、スキーマは、個人の思考、行動をガイドする抽象的な設計図と述べられています。[5]

  また、スキーマは、当該コンテクストにおける解釈、反応を生みだす、人工知能で言われているフレームと同等考えることも可能です。

 ここでのスキーマは基本的に認知に関するスキーマとしていますが、これを認知言語学のイメージ・スキーマ、あるいは身体図式(Body Schema)と同等であると考えると認知系と身体系の両方がシステム的にカップリングされて動作する認知および行動のスキーマとして考えることができます。


2
 スキーマは通常、身体化され意識下で動作していると考えられます。 また、ここではこのスキーマは抽象度の異なる幾つかのスキーマが入れ子構造になっているとします。

 ここでは無限に変化する「世界」(外的世界)において何らかの出来事が発生すると、認識主体はその出来事を五感により知覚し意識下から表象が立ち上がってきます。 その後、当該コンテクストで動作するスキーマにより、半自動的に認知の解釈、意味付け、そして反応が引き出されると考えます。

 特にスキーマ療法ではこのスキーマを意識に上げ、スキーマを修正していくことで、当該コンテクストにおける解釈、反応を生みだす元となるスキーマについての認知の歪を修正することが可能になると考えられています。 

 一般意味論の構造微分のモデルに従えば、自己再帰的意識を使い、あるスキーマについてのスキーマという具合に再帰を繰り返すことで抽象度が上がっていくことが指摘されています。 

 グレゴリー・ベイトソンのマインドの理論によれば、経験にはレベルが存在し、上位の論理レベルにある経験が下位にある経験により大きな影響を与えることが指摘されています。[6] そのため、一般意味論の構造微分のモデルに対応付けたスキーマについてもより抽象的なレベルのスキーマが抽象度の低い下位のスキーマにより大きな影響を与えると考えられます。 

 したがって、抽象度の低いスキーマから抽象度の高いスキーマを見つけ、このスキーマをリフレーミングなどの技法を使い修正した後、一般意味論の神経言語フィードバック、もしくは神経意味フィードバックの原則により、身体化(形式知を暗黙知に戻る)され、当初のスキーマを変更することが出来ると考えられます。

 これをITのオブジェクト指向開発のアナロジーで説明すると、当該コンテクストにおける経験は、開発環境にある抽象度の高い、スーパー・クラス、あるいはクラスを使い、当該コンテクストに則したパラメータを代入して経験としてのインスタンスを生成することに似ているように思います。

 この場合、インスタンスを変更するには、そのスキーマとなるクラス、もしくはスーパー・クラスを変更した後、当該コンテクストにおけるパラメータを再入力してインスタンスを再作成する必要があることに似ていると考えます。

スキーマの構造について考える

 スキーマを意識に上げることは、定性的な感覚を含んだアナログ情報をデジタル情報のコトバ、記号、シンボルに変換することであると考えられます。

 したがって、スキーマを意識化することで、一次的経験に対して、この経験にインデックスとして設定された、コトバ、記号、シンボルとして機能します。 また、逆にこのコトバ、記号、シンボルを操作した後、身体化することで、元の一次経験におけるスキーマの変更が可能になると考えられます。

 また、具体的なスキーマの構造(仮説)について別途説明することにします。

文献

[2] Korzybski, Alfred (1958). Science and sanity: An introduction to non-Aristotelian systems and general semantics. Lakeville, Conn.: International Non-Aristotelian Library Pub. Corp.. p. xlvii.ISBN 0937298018.
[5] Stober ,Dianne ; Grant ,Anthony (2006) . Evidence Based Coaching Handbook: Putting Best Practices to Work for Your Clients , Wiley . ISBN-10: 0471720860 .
[6] http://www.narberthpa.com/Bale/lsbale_dop/gbtom_patp.pdf


本記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com