2011年11月30日水曜日

タイム・バインディング



私がつかっている言葉の制限が、すなわち私の世界の制限である

ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン



今日は、「タイム・バインディング」と題して少し書いておきましょう。

一般意味論のタイム・バインディング

Wikipedia の「一般意味論」[1]の項目を参照すると、タイム・バインディングについて以下のように説明されています。


「時間結合」Time-binding:情報や知識を世代を超えて加速度的に伝達する人類の能力。コージブスキーはこの能力が人類特有のものであり、動物と人間を隔てている能力であるとした。動物も知識を伝えないわけではないが、人間のように加速度的な伝達はできない。動物は以前の世代と同じように行動するが、人間はかつて狩猟採集によって食料を得ていたのが、栽培や養殖を行っている。


もちろん、ここで言う情報や知識ということについて、身体の動作のような形式で伝えられる暗黙知的な知識と、文字/記号によって伝えられる形式知的な知識の両方が含まれていると考えられますが、一般意味論のモデルで説明すれば、人が五感から情報を取り入れいかに抽象化するのか? また逆に文字/記号のような抽象化された情報をいかに具体化するのか? については「構造微分」のモデルで示されていたとおりですが、


他の動物と違って世代を超えて加速度的に情報を伝えることが出来る要因というのは、人が意識的に情報の抽象度を上げたり、あるいは情報の抽象度を下げたりすることが出来るという能力を持っているから、と言っても良いでしょう。

それで The Society of General Semantics のサイトにアップロードされていて「PRACTICING CONSCIOUS TIME-BINDING」というエッセーがこのタイム・バインディングについて書かれているわけですが、


これを読んでみると、普段私たちが囚われている言語のラベル、あるいは実態に即していない言語のラベル、もっと俗っぽく表現すると、世間体とか、エフィカシーの低い自己認識とか、自分を制限する信念や価値観とかあまり実態を反映しないどちらかというと有害なこの言語のラベルが存在しているというわけです。 

そこでこの言語のラベルに対して、タイム・バインディングを意識的に用いることでそれが実態にあっていないのだということを知り、そしてその制限から出ることに使いましょう、というような内容になっています。

それでこのプロセスをごく簡単に説明しておくと、言語のラベル、あるいは物事を認識するフレームというのは自分の経験を帰納しながら抽象化されることで構築されるわけであり、この経験から出るには、禅ではないのですが、一旦、抽象度を思い切り下げて純粋経験に戻り、そして実際の経験からもう一度その実態に即した、言語のラベルを貼付け、そしてそのラベルを使って再度新しいフレームを帰納しながら再構築する必要があるというわけです。

このあたりについて考えると認知行動療法の構築に尽力したアルバート・エリスが一般意味論の影響を認めているところがあったりするわけですが、[2]アルフレッド・コージブスキー追悼公演をまとめた「General Semantics and Rational-Emotive Therapy」を読むと認知行動療法と一般意味論の関係が一目瞭然、つまり、認知行動療法における「誤った信念」を修正する場合にも一般意味論の考え方が使われているということなります。

それで、余談ですが、最近マスコミから発信される情報が Yes か? No か?とか賛成か?反対か?といった単純な二元論に陥っているように思えてくるわけで、私達はタイム・バインディングを通して先人達から一体何を継承しているのか? とかなり悲しくなってくることもあるわけですが、こういった単純な二値的な思考に陥ってはいけない、あるいは言葉のラベルに騙されてはいけないというのも一般意味論の教えだったことを思うと情報操作もやり難い時代になったのだろうなと思う今日この頃だったわけです。

文献

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