2011年11月26日土曜日

ミルトン・エリクソンのレトリック(その2)



言葉というのは、知覚にフィードバックされて、ある感覚に(認知科学で言う)注意(Attention)があたったり、特定の対象に注意を向けたりする補助線になるわけです。

その結果、知覚(sensation)、感情(Feeling)や情動(Emotion)が意識に登ってくることになるわけです、もっとも、これらは言葉に基づけられているわけではないのですが、言葉と相互作用するという意味では非常に重要なのですよねぇ。

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンのレトリック(その2)」と題して少し書いておきましょう。

誤訳か誤訳でないか!?

ネットを眺めていたところ、ある著作が誤訳だ、誤訳でないというような論争が起こっておりました。


個人的には、この本自体をお勧めする気は毛頭ないのですが、以下のような言語パターンに興味を持ったわけです


I dont know how I get a big juicy bonus, I only know I do now and I am fulfilled.


これは、単純に催眠療法家のミルトン・エリクソンの言語パターンそのものだよねと思ったわけですが、エリクソンの言語パターンのお約束が分かっていないと国連英検特A級を持っていても、英検1級位の資格を持っていてもこの内容をきちんと解説するのはちょっと難しいのだろうなと思ったことと、逆に日本の高等教育で行われているような英文法偏重の英語教育に染まっている人ほど落とし穴にハマるのだろうなと微笑ましく眺めていた次第というわけです。

それで、個人的には出し惜しみするつもりは無いのでこれについて少し解説することにしておきましょう。

おそらくこの英文を読み解くには、言語学(ソシュールに代表されるような一般的な言語学、変形生成文法、認知言語学)、それと現象学についての知識が必要だと考えています。もっとも、言語が知覚や思考にどう現象するのかの仮説的な体系が一般意味論になるので、これをメガネとして上の言語パターンを眺めてみても良いでしょう。


追記:上を言語についてもっと体系的に考えるとすると、MRIの研究者であったポール・ウォツラィック 著「Pragmatics of Human Communication(邦訳 人間コミュニケーションの語用論)」[0]のフレームワークに基づいて 1) 統語:シンタックス 2)意味論:セマンティクス 3)語用論:プラクマティクスの3つの要素のバランスを取りながら考えると良いと思います、例えば、生成文法の視点から見ると 1)が見え、認知言語学の視点から見ると 2) が、ベイトソンのメッセージとメタ・メッセージを明示したマインドの理論や一般意味論は 3)が見えるという具合です。

それでは、まずエリクソン催眠の言語パターンを使う上での前提をいくつか書いておきましょう。

l       言語は何に意識を向けるか?の補助線となる。

言葉は意識と密接な関係があります。言葉は意識、つまり五感の注意をどこに向けるのか?の補助線となります。逆の言い方をすると言葉を上手に使うと、五感の注意を別の対象に切り替えてもらうことができるということになります。 この場合、対象としては外的な出来事やモノ、内的な自分の感覚(Sensation)、感情(Feeling)、情動(Emotion)の両方が対象になりますが、意識で同時に認識できる要素としては7±2 という制限が存在します。[1]

l       否定文は言葉の中にのみ存在し、経験には存在しない[2]

一つ例をあげると友人があなたに「この前タイに旅行に行ったら、タイには夜光る夜光象というのがいるらしぃんだ」と言ったとします。この場合、あなたは、自分の心の中、つまり表象に「夜光象」という見たことのない光る象をイメージし、そして、「そんなのは絶対いないと思う」と意識で否定することになると思います。


これが意識(言語/記号が身体に現象した感覚)ではこの夜光象というのを否定していても、無意識に立ち上がってくる夜光象のイメージは心の中に存在するということになります。また、否定文を使うと「xxを考えないで。」と言っても、そのxxに意識が向いてしまいます。


これがまずこの話の前提となります。

上の2つを前提にして


I dont know how I get a big juicy bonus,


を考えてみることにしましょう。

まず、パターンとしては、I dont know +「具体的ではないプロセス」[3]となっています。

文字通り翻訳すると Yahoo 知恵袋にあった翻訳家の方の翻訳、「どうやって大金のボーナスを自分が(日頃実際に)得ているのか(そのプロセスは)、私にはわかりません。」となります。

l       意識と無意識をスプリットする

ここで少し行間を読んでみましょう。 まず、「否定形は言葉の中にのみ存在し、経験には存在しない」からすると、


言葉つまり意識では、「どうやって大金のボーナスを自分が(日頃実際に)得ているのか(そのプロセスは)、私にはわかりません。」となります。

一方、無意識から立ち上がってくる表象には、「どうやって大金のボーナスを自分が(日頃実際に)得ているのか(そのプロセス)」が表象されていることになります。


これは、否定文を利用したエリクソンの定番である Conscious-Unconscious Split を行なっている文ということが理解できます。[4]

また、これは戦略療法的には、以下のリンクで書いたPartitioning にあたります。

http://ori-japan.blogspot.com/2011/10/blog-post_11.html

 それで、ここでは、明示的には意識、無意識という言葉を使っていませんが、結果的に意識-無意識がスプリットされています。


l       表象のイメージの中で無意識に「ボーナスを得る」プロセスをイメージさせる

次のポイントは「具体的にされていないプロセス」です、これはあえて具体的にされていないプロセスを表層構造である言葉で示すことで深層構造である表象にその具体的なプロセスをあれこれ思い描くTransderviational Searchが起こることを意図して投げかけられていることになります。


追記:これを分かりやすく説明すると、例えば、自転車に乗るという場面を思い出して、ある人が「私は自転車に、どうやって乗っているかは分かりません。」と言ったとしましょう。 この場合、自転車には乗れているのだけれども、言葉の説明、つまり形式知(意識)としてはどのように乗っているのかを説明して良いのか分かりませんとなります。


また、これは上で述べた Conscious-Unconscious スプリットのパターンで、意識とは反対に  、身体感覚を伴う暗黙知(無意識)として自転車に乗っている場面を思い描いてその身体感覚を再体験するのは容易だということになります。


それで、上で述べた Transderviational Searchからすると、ここでは、言葉、つまり表象構造をきっかけにして深層構造である身体感覚を伴う暗黙知を探索していることになるという具合です。 これを、ボーナスの例に当てはめて考えてください。


これが前半の言語パターンの行間に含まれる意図となります、実際に英語を日本語に訳して、これを聴いた人の知覚が動き、思考が動くのか?は良く分からないところがあるわけですが、少なくとも上で説明したように知覚や思考が動かないと何も効果がないということになってしまいます。

それで、後半の英文


I only know I do now and I am fulfilled.


それで、後半の訳は、「自分でわかっているのは、今現実にそれを行なっていて、そして、それに満足している、ことだけ。」で基本的には良いのですが、ここにも色々行間が存在しています。

それで、この行間を考えてみましょう。

l       ゴールを達成した時の心身状態を設定する

ここでこの呪文をつぶやく人の状況設定はおそらく「ボーナスを得たいと思っているけれども、実際にはまだそれが得られていない」という前提が存在すると思います。

それで、これはコーチングのミラクル・クエスチョンの要領で「途中のプロセスはよく分かっていないけれど、まさに今それが得られているとしたら・・・」

というような前提で、未来のある時点が現在だと考えて「私はそれに満足している。」とつぶやいて、ゴールとしての心身状態を設定していることになります。おそらく本物のエリクソンであればここで何らかのアナロジカル(アナログ)・マーキングをつけることになるでしょう。[5]

もちろん、ここでは「私はそれに満足している」とつぶやくのは良いのですが、この呪文をつぶやく人の表象に「ボーナスを得られている姿がイメージされていて」かつ「心身状態としての満足感」が存在していなければなりません。

l       ゴールに向かって何かを行なっている行動(プロセス)に承認を行う

これは、「I do now 」なのですが、これもコツがあります。

上の文でゴールは設定されました、そして、そこに至るまでのプロセスを実行しています。ということになるのですが、ここでのポイントは実際のプロセスを思い描き、それを実行している視点とメタ視点とを綜合するような形式で、「これでいいのだぁ!!」というようなサティアの言うガッツ・フィーリングを伴った身体感覚を引き出して、ゴールを達成するための行動を行なっている自分自身を承認する必要があるということになります。

このあたりのことは以下少し書いています。


それで、こういったことが認識の中にきちんと設定されると、Post-Hypnotic Suggestion として[6]、目の前で起こっている色々な出来事を情報として取り込んで、どのようなプロセスで到達するか?は無意識が考えてくれるはず、それでゴールの心身状態を向いて今なんらかの行動をとっていることになるのですが、この行動を行うこと自体が愉しくなっているはず、となります。もちろん、エリクソン並の正確無比な曖昧さで認識の中にきちんと意図したことが設定されればという話になりますが・・・・


それで、要は、エリクソン催眠の言語パターンの場合は文面に現れてくる字面通りのメッセージよりも行間に含まれるメタ・メッセージが多く、このあたりのメッセージの多重性をきちんと理解して翻訳しないとろくでも無い日本語が出来るということになるのだと思います。

もっとも、本家エリクソン財団の講座の受講要件は最低 MS (Master of Science )以上となっていたと思ったので、自己啓発レベルでちょろちょろやっていても太刀打ち出来ないのは言うまでもないでしょう。逆の言い方をするとそれだけ奥が深いということなのでしょうね。


個人的にはこれとまったく同じことはTOC思考プロセスを使えば出来ると考えているので、エリクソンのような心理療法を行うのでないのなら、思考プロセスを使うのもありだなと考えているわけです。もちろんこの場合も、クライアントが望むなら無意識に何かをやりたくなるという設定もサービスしておきますが。(笑)

文献
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