2012年3月31日土曜日

言語パターンは、ちょっと中休み



 自己認識としての、ベイトソニアンとエリクソニアンは具体的にどのようなプロセスで結びついているのだろうか?(笑)

 独り言



Ecology of Mind

 ミルトン・エリクソンの言語パターンをあれこれ書いているといつの間にか1ヶ月ほど過ぎてしまったわけですが、今日はこの話題から少し脱線してサイバネティックスのカンファレンスについて書いておきましょう。

 今年の7月にカリフォルニア州アシロマで「The American society of cybernetics and the Bateson idea group」と題してサイバネティックスの会議が開かれるようです。
 

 アシロマは、ベイトソンが晩年を過ごしたサンタクルーズから車で1時間程度、モントレーの目と鼻の先で非常に風光明媚で良いところだったと言う印象があります。

 登壇するのは、グレゴリー・ベイトソンの末娘のノラ・ベイトソン、「タオ自然学」の著者フリッチョフ・カプラ、オートポイエーシス理論の提唱者のウンベルト・マトゥラーナと個人的には非常に興味のある方々です。


 個人的に日程が許せば参加したいなと思っています。




文献
N/A


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年3月30日金曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その24)複合的暗示



 お客の顔を見てネタと握り方を変える鮨職人はいるけれど、お客の顔を見ないかわりにマニュアルだけを見て鮨を握る職人はいませんよねぇ。

 それと同じでクライアントの顔を見ながら即応するエリクソニアンはいるけれど、予め用意されたスクリプトを読むだけの人のことをエリクソニアンとは言わないのが普通なんですけどねぇ。(笑)

 独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その24)複合的暗示」について書いておきましょう。

複合的暗示

エリクソンの言語パターンは、一つの文の中で他水準(Multi Levels)のメッセージを含んでいるような形式になっているのですが、こういったことを考えながらミルトン・エリクソン関連の自分の蔵書を色々読んでみると色々面白いことに気がついてきます。

例えば、日本語を使っている場面では、高コンテクストな文化と相まってなのか、状況や相手との相互作用の中で色々な含みを考えているわけであり、言葉だけではなく当然行間を読んでいるということを行なっています。

それが英語の場合、低コンテクストの文化もあいまってか、英語を使う場合、個人的にはあまり行間を読んだり、あるいは「含み」を持たせたりした喋り方をあまりしてこなかったように思ってきます。

もっとも、エリクソンの言語パターンを読むと、ヴァレラ&マトゥラーナの著書「知恵の樹」[1]に書かれているように「言われた言葉には、それを言った誰かがいる」というようなサイバネティックス的な相互作用と、あえて言葉に「含み」を持たせた喋り方が非常に有効な時も多いように思ってきます。

それで今日は暗示の続きとして、複合的暗示(Compound Suggestions) について書いておきます。 複合的暗示は、エリクソン&ロッシの「Hypnotherapy:  An Exploratory Casebook (1979)」で導出された暗示のパターンで、クライアントに抵抗を受けないように、クライアントの世界観(Model of the world)にペーシングを行い、そしてリーディングを行うような形式で用いられる暗示です。[2]

ペーシング&リーディングについて、ここではセラピストが用いる言語パターン上のペーシング&リーディングについて説明ついて少し書いておきましょう。

リーディングは、誰が見ても、聞いても、感じてもそれが事実と思えること、例えば、「あなたは、今、椅子に腰掛けようとしていますね。」とか「あなたは、今、絨毯の上に立っているのを足の裏で感じていますか?」とか、あるいは一般的で否定し難い事柄、例えば、「今日は天気が良いですねぇ」とか「今日は休日でしたっけ?」のように非常に他愛もないものです。

もちろん、ここでクライアントが五感で認識している事実、あるいは、否定し難い一般的な事柄について言及しているため、ラポールを構築する過程として、こういった言動について抵抗が起きにくいというのが一つ重要な点です。

また、複合的暗示の場合は、ペーシングのために用いる文と暗示を行う文が、and
butor untilsincebecause, thoughifso as and after などの接続詞で結ばれており、時間の経過や因果関係を示唆するような形式になっているという特徴があります。

それで、このようにして一旦クライアントにペースを合わせ、その関係性を強化しながら、次にセラピストの主観的なことを相手に伝える、ということがリーディングということになってきます。

このあたりのことは、スティーブン・ギリガン著「Therapeutic trances [3]に詳しく書いてあったので、このあたりを読み込んでみるのも良い考えでしょう。

 さて、いくつか複合的暗示の例について書いておきましょう。

l       使用例その1


 "You are sitting there , one of your hands will feel lighter  
(意訳) あなたは、そこに座ろうとしています、どちらかの手が軽く感じられてくるでしょう。

 
 これは現在進行形の「(椅子などに)座ろうとしている」行為を、セラピストが言葉で記述し、そして、この後に続く文で手の軽さという感覚に注意が向くように暗示を行なっているケースです。
 
l       使用例その2


"As that fist gets tighter and tensethe rest of your body relaxes."

(意訳) その拳を固く握り締めると、あなたの体のそれ以外の部分はリラックスします。


クライアントの拳を、あえて Your fist と呼ばず、拳自体をクライアントから外在化させたように勘違いさせるために that fist と呼んでいるのがエリクソンの芸の細かさのように思ってきます。それで、拳を固く握り締めるその感覚に続いて、他の身体はリラックスするというように、記憶[4]でいうとプライミング記憶を使った条件付けのようなことが行われているということになります。
 
l       使用例その3


"And when your conscious mind recognizes a plausible and worthwhile solutionyour finger can lift automatically"

(意訳) あなたの意識がもっともらしい、価値のある解決策を見つけたとき、あなたの指は自動的に立つことができます。


 これは、複合的暗示に、Conscious-Unconscious スプリットのパターンを組み合わせているように思いますが、意識的な思考で解決策が見つかる⇔無意識に指が立つというような対比になっています。

 このあたりはダブル・バインドの言語パターンのうちの Conscious-Unconscious ダブル・バインドの変奏と言っても良いかもしれませんが、


 実際に Altered States of Consciousness の状態でこの暗示が機能すると指が立つということが興味深い点でもあるのでしょう。

 それで、この複合的暗示のバリエーションは色々存在していますが、このあたりは原典を当たって色々研究していいただくと良いと思います。
 
文献
[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/記憶


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年3月29日木曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その23)オープンエンドの暗示



 抽象度を上げて、曖昧に話すのはそれなりの意図が存在する、と思う。

 独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その23)オープンエンドの暗示」について書いておきましょう。

オープンエンドの暗示

オープンエンドの暗示(Open-ended Suggestions) は、エリクソン&ロッシの「Hypnotic Realities: The Induction of Clinical Hypnosis and Forms of Indirect Suggestion (1976)」で導出された暗示のパターンで、抽象的な暗示を行うことで、クライアントの反応の傾向をつかむために活用されます。[1]

抽象的な言語を使うということは、この中に多くのメタ・メッセージを含むということになり、クライアントの解釈の余地が多いということになります。

それをラポールの構築された状態でクライアントに投げかけると、クライアントはその言葉の行間をあれこれ推論することになり、ここで併せて色々な反応が出てくるということになるわけです。

実際の使用例をみてみましょう。

l       使用例その1


 "Not only are you to learn positive things but you need to learn negative things  
(意訳) よい事からだけではなく、悪い事からも学ぶ必要があります。


 まず、ここで面白いのは、「よい事」、「悪い事」と非常に曖昧な出来事や事象を差す言葉を使っているという点でしょう。 この言葉を活用する前提には、クライアントのこころの中に、何らかの判断の枠組みが存在しており、出来事や事象をその枠組に照らし合わせ、クライアントの主観的な基準で「よい事」、「悪い事」が発生するということになります。

 もちろん、よいか悪いか?の単純な二元論で判断していることを推奨しているわけではないのでしょうが、感情や情動を伴って認識される「よい事」「悪い事」が起きた時に、「よい事」から学ぶのは当たり前のこととして「悪い事」からも学ぶように暗示を行なっているがここでの例となります。

 ちなみにここで need to は以下のリンクで書いた様相演算子となります。



l       使用例その2


"We all have potentials we are unaware of , and we usually don't know how they will be expressed."

(意訳)私たちは、誰でも自分で気づいている潜在力を持っている、そして、それがどのように発揮されることになるのか普通は、知る由もない。


 ここでは、「potentials」というように抽象度の高い曖昧な言葉を使っています。もちろんこれは以下のリンクで書いたように名詞化された言葉にあたります。


 また、この言葉の解釈はクライアントに任せているわけですが、やはり以下で書いた「気づかせる言葉」を使って、その潜在力が発揮された場面をクライアントに想像してもらい、そして身体感覚として気づかせるようにしてもらっています。


 それで、I dont know + how +具体的でいないプロセスは以下のリンクで書いていますが、


 明示的ではない Conscious Unconscious スプリットのパターンとなっています。

 つまり、意識もしくは言葉ではその潜在力がどのように発揮されているのか?形式知としては、説明できないけれど、無意識の身体感覚、つまり暗黙知 としては分かっているということになります。
 
文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年3月28日水曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その22)文脈的暗示



 エリクソニアンの格好の良いところは、クライアントと普通に会話していても、きちんと条件が整えば、クライアントの認識と行動が変化する支援が行えるというところかなぁ。


 もちろん、言語パターンを研究するのも、日常や仕事の場面でのコミュニケーションで役に立つ本質が含まれているのでやっているわけで、本当はトランスに囚われていても、あまり意味は無いのだよねぇ。


独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その22)文脈的暗示」について書いておきましょう。

偶発的暗示

文脈的暗示(Contextual Suggestions) は、文字通り文脈や状況を指定して、「未来のある時点で、ある状況になると、特定の行動を取る、あるいは特定の反応が起こることになる」もしくは、「ほんの少し前に、ある状況になったので、丁度今、特定の行動を取った、あるいは特定の反応が起こったところである」と暗示を行うことです。[1]

 また、Wikipediaの「http://en.wikipedia.org/wiki/Suggestibility#Suggestibility_and_hypnosis」によると、暗示の反応として 1)情動的被暗示性、2)身体的被暗示性 3)知性的暗示性に区分されてそれぞれ説明されています。

 それで、実際にエリクソンが使った暗示というのは一見、他愛もないものが多いのですが、ある特定の状況で特定の気持ち、体の反応、行動、イメージといったことを引き起こすことになるため効果的でもあるのでしょう。

l       使用例その1


 "When you reach for a cigaretteyou will see an image of yourself breathing deeply.

(意訳)あなたがタバコに手を伸ばした時、あなた自身が深く呼吸しているイメージを思い浮かべることになるでしょう。



 このパターンは、文脈的暗示が使われて、タバコを手にとると、イメージを思い浮かべるという暗示が行われています。後半の部分の自分が深く呼吸しているところを見ているという表現を考えると、これは以下のリンクで書いた「離見の見」のように、自分が深く呼吸している身体感覚は感じているものの、カメラから見ているような自分の外部の視点から自分が深呼吸しているのを客観的に見ているように、一種のメタ認知を促すような言葉使いになっていることが分かってきます。

  
l       使用例その2


"When you see that irregularly squeezed toothpaste tubeyou will realize just how much you love her and how wonderful it is ."

(意訳)不規則に絞られた歯磨き粉のチューブを見ると、あなたがどれくらい彼女を愛していて、それがどんなに素晴らしいことであるか、を認識することになるでしょう。


 このパターンも文脈的示唆が使われています。それで、この暗示が機能するところを考えると、「不規則に絞られた歯磨き粉のチューブを見る」という状況が発生し、この反応として身体感覚を伴った、「愛している感じ」を感じることになるでしょう。

さらに、この「愛しているという感じ」を感じていることについて「素晴らしいことである」というように一般意味論の Multi Ordinarity[2] の概念のように「気持ちについての気持ち、あるいは知覚についての知覚」というように抽象度を上げた気持ちや知覚を以下で書いた「気付かせる言葉」を使ってその知覚や気持ちメタ認知させるような形式になっているわけです。
 

 このように考えるとエリクソンの言語パターンは「曖昧なことを精密機械のように実行する」というような形式で使う必要があると思わけですが、何れにしても意図を持って非常に精緻に使われているように思ってきます。


 ちなみに、文脈的示唆は、自己催眠で何か忘れ物をしないように、設定すると便利ですよねぇ。例えば、雨の日に出かけて、外出先で傘を傘立てに入れて、帰る時に忘れないように持って帰るようにする、といったことにも簡単に応用できるわけですねぇ。

文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年3月27日火曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その21)偶発的暗示



 エリクソンのスキルは、見る角度によって色々なパターンが浮かび上がってくるので、どれか特定のパターンとして分類するのは難しいというか、あまり意味が無いと思うわけ。で、偶発的暗示もそうなんだけれど、個人的にはこれはユーティライゼーションとして考えるのが一番しっくりくるように思ってきます。

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その21)偶発的暗示」について書いておきましょう。

偶発的暗示

 今日は、ミルトン・エリクソンが用いた偶発的暗示(Contingent Suggestions)について書いておきましょう。

 物事を理解する、あるいは理解したつもりになるには、西洋の学問的に、あることから対象の事象なりパターンを要素還元的に取り出して、それに名前を付けるということが一番手っ取り早い方法のように思ってきます。

 もちろん、ここには、分けるという行為→分かったという感覚というようなトランス・ロジックが働いていることになるのでしょうが、実際にそのパターンを使うには練習が欠かせないように思ってくるわけです。

 それで、今日説明する偶発的暗示は、エリクソン&ロッシの著作「Hypnotic Realities[1]でエリクソンの暗示のパターンとして明示的に取り出されているスキルの一つとなっているわけです。

 偶発的暗示は、クライアントを観察しながら、クライアントの振舞いと振舞いの間に因果関係が存在するかのように暗示を行うパターンです。

 もちろん、ここでは偶発的という言葉が付いているわけであり、クライアントが腕を動かせば、その動きに注意を向け、まるでそれが原因になって、別の動作が起こったり、ある心身状態が喚起されているかのように暗示を行うということがこれにあたります。

 これからすると、セラピストも観察眼を磨き、クライアントの動作と動作の関係性を瞬時に見つけるような、Jazzのインプロビゼーションのようなスキルが必要になってくるように思ってきます。
 使用例を読んでみましょう。[2]

l       使用例その1


"Your eyes will get tired and close all by themselves as you continue looking at that spot.

(意訳)その点を見続けていると、あなたの目は疲れて、自然に閉じられるでしょう。


 この例の状況として、クライアントを観察し、壁のシミなどのある点に意識を集中してもらっているという前提があり、エリクソンはそのことを観察して、とっさに、「点を見続ける」という行為と「目が疲れて、自然に閉じる」ということを言葉の上で結びつけ因果関係を示唆するような形式で暗示を行なっています。
 
l       使用例その2


"Don't enter trance until you sit all the way down in that chair, there.

(意訳)あそこにある椅子に深ぁ~く腰掛けるまで、トランスに入ってはいけません。


 このパターンは、否定文をつかって、埋めこまれた命令(Embedded Command)を使って「トランスに入れ」というメッセージを送っていることになります。また、偶発的暗示ということで、「そこにある椅子に腰掛ける→トランスに入る」の因果関係を含んだメッセージを送っていることになります。

文献
[2] http://www.amazon.co.jp/dp/1904424910/



記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年3月26日月曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その20)暗示



青竹を割ったような単純明快な話より、分かったような分からないような話のほうが、興味を惹くのはどうしてなのだろうか?


独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その20)暗示.」について書いておきましょう。

エリクソンの暗示

 今日は、ミルトン・エリクソンが用いた暗示(Suggestions)について書いておきましょう。

 エリクソンは日常行われるコミュニケーションを考える場合にも非常に良いロール・モデルを提供してくれているように個人的には考えているわけですが、エリクソンが用いた暗示というのもこの一つだと思います。

 Oxford 英英辞典で「Suggestion」を検索すると以下のような定義が見つかります。[1]


1.an idea or plan put forward for consideration:[検討されたアイディアや計画]2. something that implies or indicates a certain fact or situation [ある事実や情報を暗示、示す何か]3. the action of calling up an idea in someones mind by associating it with other things[ある人のマインドにある何かに関連付けられたアイディアを思い出すように仕向ける行為]


 個人的にはミルトン・エリクソンの場合、上の3.の意味が適当のように思うわけですが、クライアントに何かの考えをイメージしてもらうように、それとなくほのめかす行為が、エリクソンが用いた暗示というわけです。

 一般的には、暗示は、クライアントとセラピストの間でラポールが構築され、その多くの場合は、トランス状態でクライアントのクリティカルな思考が停止した状態で使われることを前提としています。

また、直接暗示( Direct Suggestion)と間接暗示(Indirect Suggestion)に分けられるわけですが、エリクソンの場合は、間接暗示を用いる頻度のほうが多かったと言われています。[2]

 直接暗示とは、例えば、禁煙を目的にした場合「タバコを吸い始めると、すぐに気分が悪くなってきます」とか「タバコを吸い始めると、その匂いの強烈さが気になって仕方なくなるでしょう」というように暗示を行うような場合です。

 一方間接暗示とは、「呼吸が楽になって、部屋にある花の良い香りに気づくことができるでしょう」などと間接的に暗示を行うような場合です。

 暗示は日常生活のような場面でも使えると思っているわけですが、相手の面子や抵抗を考えると、単刀直入にズケズケとものを言うよりも、間接的に暗示、示唆したほうが有効な場合があるのも納得できるところです。

 もちろん、こういったことを言い始めると、間接暗示が優れているのか?直接暗示が良いのか?といった単純な二元論に陥りやすいのですが、コンテクストがどれだけ共有されているのか、あるいはクライアントとセラピストの関係性がコンプリメンタリー/シンメトリカルの何れかが強いか、などで使いわける必要があると個人的には考えているわけです。


文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年3月25日日曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その19)間



間(ま)のとり方というのは奥が深いですねぇ。

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その19)間.」について書いておきましょう。

エリクソンの間のとり方

 ミルトン・エリクソンの言語パターンというお題で書き始めると、とにかく書くことが色々あります。 

もっとも、エリクソンが使っていた文字通り「言語パターン」ではあるのですが、制限から書いておくと、書いた文章として説明している時点でエリクソンの形式知はそのほとんどが喪失していまっているため、エリクソンの本質はやはり本や文章からだけで学ぶことはできない、という制限は認識しておく必要があるでしょう。

逆に、有効な点は、1)統語論 2)意味論 3)語用論などの枠組みから観察して取り出された言語パターンが目的地につくまでの道案内をしてくれる「地図」の一つとしては活用できるということだと思います。

例えば、以下のリンクで書いたような意味論の一形態としての一般意味論の視点、(現在であれば認知言語学の視点のほうが良いのかもしれませんが)から言語パターンを観察してみることはまったくの無駄にはならないというわけです。


それで、今日は間(ま)ということについて書いておきますが、実際のコミュニケーションにおいて間のとり方というのは非常に難しくもあり奥深いものでもあると思います。

以下のリンクで書いたMRIのポール・ウォツラウィックが提唱した「コミュニケーションの5つの公理」がありますが、


この中に、「人はコミュニケーションしないでいることはできない。One cannot not communicate.」があります。

この解釈にも色々あると思うわけですが、例えば、会議に出て、発言をしない、つまり沈黙を守る、というような行為についても、この状況とあいまって、例えば、「発言しないのは、何か不都合な事実を隠すためである」というように参加者に何か特別の意味を伝えてしまうということがあるわけです。 言い換えると、当然解釈は、主体と相手と状況の相互作用の中で解釈されることになりますが、この場合、主体は「沈黙」というメタ・メッセージを送っていることになるでしょう。

もちろん、一対一のコミュニケーションにおいても、相手の話を遮るというのも、この行為自体が何かのメタ・メッセージを発信し、相手は、これを自分と相手の相互作用や状況と照らし合わせ、何らかの「意味」を見つけるということになると思います。

もちろん、エリクソンの場合は、相手が当たり前だと思っているパターンを変えるためにわざと話を遮ることもあるでしょうし、一字一句を丁寧に聞くということもあるので、単なる常識や礼儀作法という点から見ていてもまったく見えない点があるということは頭に入れておいたほうが良いのだと思います。

さて、エリクソンの間について考えるにはやはり Youtubeにアップロードされている映像を参照してみるというのは一番早道のような気もしてくるわけです。

  
 それで、個人的にはこのような映像を視聴する場合、以下のリンクで書いた、マクロのパターンである戦略がどうなのか?


というところや、今回書いている、よりミクロの言語パターンがどうなのか?

また、仮に言葉が分からなくてもその場の雰囲気や表情などから読み取れるところは何か? 
 というようにやはり多水準(Multi Levels)で行われるコミュニケーションのやり取りを観察しているように思います。

文献
N/A

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年3月24日土曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その18)That’s right.



それでいいのだ。

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その18Thats right.」について書いておきましょう。

エリクソンの口癖

エリクソンはそのセッションの内容をテープに残していますが、この中である意味エリクソンの口癖のようにとり出されているのが「Thats right.(いいですね)」です。アメリカ人がエリクソンのこの言葉を聞くと南西部訛りがあるようで、そのこともこの用語がアナログ・マーキングとして聞き手の印象に残る一因となっているようです。[1]

 それで、エリクソンの「Thats right.」という言葉は、「実際に何を指して良いと言っているのか」、「どんな評価で良いといっているのか」が、意図的に曖昧になっており、この曖昧さの中に含み、つまりメタ・メッセージをのせてクライアントに届けられており、これがコーチングで言う承認のような形式になっているというわけです。

 もちろん、クライアント側からすれば、エリクソンと深いラポールが築かれ、軽いトランス状態になっているとすると、クリティカル・シンキングで物事を考えていないわけで、「Thats right.」というエリクソンの言葉を聞いた時、ある意味、良いように解釈し、クライアント自身が自分に対して「これでいいのだ」という心身状態を引き出す要因の一つとなるでしょう。

 それで、日常生活やビジネスの場面でもこの言葉は有効で、あまり多用するのも考えものではあるのですが、タイミングを見て相手に「いいですね」と野球で言うようなバントのような地味な技を絶妙のタイミングで繰り出すことは、コミュニケーションを円滑にし、お互いが安心して対話を行う上で非常に良い考えのように思えてきます。

 個人的には、上のようにちょっとしたことで、承認をしてくれるコンサルタントと仕事をしたことがあるこの時は非常に気持ちよく仕事が出来たように思います。

 また、世の中には必ずアンチパターンに遭遇することもあるわけで、相手に意見を言う場合に「そうではなくて、こうなんですよ、」と話すコンサルタントと仕事をした時は、それが私に向いていたわけではなかったのですが、対立構造を煽る話法のためか、あまり相手に上手く意図が伝わっていなかったように思ってきます。

この場合、確かに、テレビの討論番組などでは、二項対立で、対立点を明示したほうが視聴者は面白いということがありますが、やはり日常生活や仕事の場面では、相手と反対意見を言うにしても、「なるほど、いいですねぇ。」と言って、「私の意見は、少し切り口が違うのかもしれませんが、私は、こう考えているのですよねぇ。」といったほうが相手の抵抗なく上手く伝わるように思ってきます。 

文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年3月23日金曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その17)Now



今、エリクソンが生きていて Twitter をやっているとするとどんな Tweet が飛び交うのだろうかなぁ。(笑)

「とらんすに入る、なう!」

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その17Now」について書いておきましょう。

エリクソンの「なう」

 現在では、Twitter が普及したことが理由の一つでもあるのでしょうが、「なう(Now)」という言葉が一種の外来語のように使われているようなところがあります。

それで、同様にミルトン・エリクソンが活用していた言語パターンにも「ナウ(Now)」があります。 [1]

 また、ミルトン・エリクソンのコミュニケーションが同音異義語を活用したり、あるいは多水準(Multi Levels)を志向したりといったスタイルであることを考えると、この Now」もいくつかの意味が含まれていると考えることができます。

 Now には、接続詞として、「~だから、~である以上は」という意味に加えて、副詞として、1.「今、現在、たった今、直ちに、すぐに、さっさと」2.「これから (未来形で) 3.「さて、ところで話を切り出すときに)」4.「今度こそは、」という意味があります。

 それで、エリクソンが言う「Now」、今ココに焦点を当てるという以外にも幾つもの意味が含まれていると言って良いでしょう。

 もちろん、エリクソン&ロッシの著作「The February man[2]のようにクライアントを退行させて、クライアントのイメージにエリクソンを登場させ、一緒に楽しい経験をすることで、記憶を再構築するような例はあるものの、Wikipedia のジェイ・ヘイリー[3]の項目にあるように「今・ココ」に焦点を当てるのが基本というわけです。

l       使用例その1


 "You may have already noticednow "

(意訳) 今、すでに気づいているのかもしれません。


時系列を考えると、今より少し前の過去に意識を戻して、そこから現在に向かって意識を移動し、丁度「今ココ」についた、という感じになっています。

もちろん、ここでは may のように様相演算子が用いられ、「~かもしれない」と少し表現を弱め、


notice のように非指定動詞が使われており、何に気がついているかの解釈は相手に任されているという格好になっています。



l       使用例その2


"And you can know nowhow to use this wordnowin the middle of a
sentence for emphasisor at the end for definitive actionnow"

(意訳) で今、この単語をどう使うかを知ることができます、で今、文の中ほどで強調のため、あるいは、今、文の最後で明らかな行動のため。


日本語にするには、よく考えて翻訳しないと、英語を読んだ時の調子と随分違った文になってしまうため、もっと工夫が必要なことだけは分かってきます。

もちろん、日本語にした時に催眠言語の構造は留めておいて、きちんと知覚を動かせるようにしておかないといけないと思うわけですが、このあたりは今後のテーマとしたいと思います。
(つづく)

文献
記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com