2012年6月30日土曜日

メタファー:構成主義的アプローチ



レイコフ&ジョンソンのメタファー理論は、よく出来ていると思いますが、これが臨床にそのまま使えるのか?と言われると多少の齟齬は出てくるのでしょうねぇ。

独り言


今日は、「メタファー:構成主義的アプローチ」について書いておきましょう。

CMTと臨床で使うメタファーの違い

 今日は手短に。

ミルトン・エリクソンの心理療法に限らずメタファーを臨床に応用した例というのは色々あると思うのですが、やはりメタファーと言えばその理論的な背景というところが気になるわけです。

当然、メタファーと言えばレイコフ&ジョンソンの「Metaphors we live by (1980)」の登場から始まる認知言語学で確立されたメタファー理論 (コンテンポラリー・メタファー理論 CMT)ということになるわけですが、このメタファー理論と心理療法で活用されるメタファーには何らか違いはないの?という疑問を解消してくれるのが以下のエッセーというわけです。


それでこの著者は心理療法で活用されるメタファーに構成主義的背景を発見して、レイコフ&ジョンソンとの理論の違いを埋めていくようなアプローチを考えているわけですが、これが個人的にはとても興味深いと思ってしまいます。
 
 (つづく)

 文献
N/A

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年6月29日金曜日

どこかの出版社さんで再翻訳して完訳版を出さないかなぁ?



翻訳を間違えている変な本にはそれなりにバカ発見器という役割があるので、それはそれで役に立つように思ってきますねぇ。(笑)

それでも本当はきちんとした翻訳で日本市場に出してあげたい気もしているのですけれどねぇ。

独り言


今日は、「どこかの出版社さんで再翻訳して完訳版を出さないかなぁ?」について書いておきましょう。

今の日本語版は駄本

心理療法家のミルトン・エリクソンが用いた療法の中の催眠療法について書かれた本に「Trance-formations(1981)[1]という著作があります。



本書は、NLP(Neuro-Linguistic Programming)のグリンダーとバンドラーが行なっていたセミナーをコニリー・アンドレアスが文字に起こし、スティーブン・アンドレアスとコニリー・アンドレスの経営する Real People Press から出版されているという少し複雑な商流を持っている本です。

本書の位置づけは、最近、春秋社さんから出版された「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック Ⅰ、とⅡ」[2]を読んだ読者が、「では実際にはどんな練習をすれば良いのか?」の質問に答えるために用意された著作だと考えられます。

もちろん、本書はグリンダーとバンドラーの視点から見た、ミルトン・エリクソンということになりますので、その切り口は主に言語学的な統語論(Syntax)から書かれた著作ということになりますので、一般的なエリクソニアンが持っている枠組みの一部の切り口を提供しているということになります。

それで問題が何かというと「Trance-formations」の翻訳にあたる「催眠誘導-エリクソンメソッド決定版」[3]の翻訳が量的に省略されていることと、翻訳が酷いこと。

例えば、私の保有している英語版は約 260ページなのですが、日本語版は 200ページ少ししかないこと、おそらく英語をそのまま翻訳すると 320-30ページになると思いますが、それと比べても日本語は翻訳者の独断と偏見によって省略が行われていること。
また、エリクソン派催眠にもNLPにも存在しない「アルファ催眠」という用語が日本語版で勝手に定義されていること。 もちろん、これが実はバカ発見器になって、エリクソン催眠を謳いながらも、アルファ催眠とかα誘導とか謳っているのはインチキということになるのである意味、検索エンジンなどでトンデモを除外するのには幸か不幸か非常に役に立つバカ発見器的効果を生み出していることになります。

また、翻訳について Altered State of Consciousness について、普通は「変性意識」と翻訳されると思うのですが、なぜか 「変革意識」といった訳の分からない日本語に翻訳されることなどをはじめ、翻訳が超訳を超えたトンデモというくらいに酷い翻訳になっています。


また、どこかのバカな団体が本書を元ネタにエリクソン催眠と称して、エリクソン財団もしくは財団のアフィリエイトしている団体では決して教えることの無い、前世退行とか、インナーチャイルドなどと称してトンデモエリクソン催眠を普及させているところが社会にカオスを生み出しているところがあります。エリクソン全集でもある「Complete Works 1.0」では前世を信じて生活に支障をきたしている人は、自分をキリストだと思い込んで生活に支障をきたしている人と同じ扱いだぞと・・・(笑)で、もちろんエリクソンはそういうのさえユーティライズするのですけれどねぇ・・・・


但し、英語版の「Trance-formations」はそれほど悪い本ではないこと、また版権はスティーブ・アンドレス氏の経営する  Real People Press が持っているので交渉はそれほど難しくないのではないか?と思っているわけですし日本でも結構販売を見込めるのではないか?と思っているのですが、個人的には誰か完訳版を出してくれないかな?と思っているところでもあるわけです。 時間があったら私が翻訳しても良いのだけれど、翻訳にさける時間がないので・・・・(笑) 


 (つづく)

 文献

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2012年6月28日木曜日

人間コミュニケーションの語用論(番外編)



関係性はコンテンツより上位の論理階型にある。

コンテンツをいじっても解決しないことでも関係性に焦点を当てたり、関係性を変えることで解決することが多いなぁ。

独り言


今日は、「人間コミュニケーションの語用論(番外編)」について書いておきましょう。

関係性は内容(コンテンツ)よりメタのレベルにある

コミュニケーションの講座などで「メラビアンの法則」[1]なる法則で説明している講師を見かけると、根拠としては非常に薄く、実践的にはあまり役に立たない法則だなと再認識するところがあります。

もちろん批判するにはより有益な対案を持っている必要があると思いますが、個人的には、センスの良いコミュニケーション理論として、パロアルトのMRI(Mental Research Institute)に在籍しスタンフォードのメディカル・スクールでも教鞭を取っていたポール・ウォツラウィック博士[2]のコミュニケーションの5つの公理


l       人は、コミュニケーションしないでいることはできない。
l       すべてのコミュニケーションは「内容」と「関係」からなる。
l       コミュニケーションは句読点や間によって意味が変わってくる。
l       人のコミュニケーションはアナログ、デジタルそれぞれのモダリティを含む。
l       コミュニケーションは対称(シンメトリー)もしくは補完(コンプリメンタリー)である。


が出発点になると考えています。


余談ですが、日本のアカデミックな方々は axiom を試案的公理と訳されている[3]ようですがこれについて少し書いておきましょう。

それでウォツラウィック博士の手によってまとめられた非常に簡潔に書かれたエッセーが以下になりますが、これを少し読んでみましょう。もちろん、このエッセーが書かれた時期が1967年と45年ほど前に書かれたものになり、現在この理論がどのように発展しているかまでは個人的には現在のところトレースできないところはお断りしておきたいと思います。


これを読んでいて、5つの公理のうちの、コミュニケーションは内容と関係を含むに関係するところが面白かったので少し引用しておきましょう。


A prisoner is held by two guards in a room with ,two doors. He knows that one door is locked, the other unlocked, but does not know which. He also knows one of the guards always tells  the truth, the other always lies, but again the prisoner does not
know which. Finally, he has been told that the only way to regain his freedom is to identify the unlocked door by asking one question of one of the guards. For a long time the prisoner ponders this seemingly unsolvable problem, but eventually asks
the correct question:

(要約)
1人の囚人が2つのドアのついた部屋に収監されていて、それぞれのドアの前に1人づつ2人の看守が見張っています。囚人は、片方のドアに鍵がかけられており、もう片方のドアには鍵がかけられてないことを知っていますが、それがどちらのドアかは分かっていません。また、一人の看守はいつも必ず本当のことを言い、もう片方の囚人は必ずウソをつきますが、囚人はどちらが正直で、どちらが嘘つきなのかは分かっていません。囚人は、自分が自由になるにはまず、鍵のかかってないドアを特定する必要がある、と考えています。 囚人は考えに考えた末、どちらから1人の看守に1つ質問をすることでどのドアが開いているのか?を特定する質問を発見しましたがそれはどんな質問でしょうか?


この設問では、どちらのドアが開いているのか?ということとどちらが本当のことを行っているのか?と2つの不明点が存在していますが、ここでは、コミュニケーションは「内容」と「関係」を含むという前提に立ち返って、関係について問うと比較的簡単に理解できると思います。



question: he points to one of the doors and asks one of the guards (it does not matter which door or which guard),"If I asked your comrade whether this door is open, what would he say?" If the answer is yes, then that door is locked, and, vice
versa, if no, then it is open.

(要約)
囚人は一方のドア(どちらでも良い)を指さして、どちらか一方の看守に(どちらでもよい)に以下の質問をしました。「もし、私があなた同僚の看守の方に『このドアは開いていますか?』と尋ねたら彼はどう答えると思われますか?」。

「もし、質問に答えた看守が(同僚の看守ではない) Yes なら、そのドアは鍵がかかっているし、No ならドアには鍵がかかっていない」ということになります。


結局、看守Aと看守Bの立場の違いをメタ記述してそれぞれの違いを吸収するような格好になっているように思います。

このあたりは家族療法が人と人の関係性に介入する場合の基本的な理論ともなっていたと思いますが、最初に戻るとコミュニケーションの5つの公理はコミュニケーションを考える上で非常に実践的な枠組みを提供してくれるのではないか、と個人的には考えています。

 (つづく)

 文献

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2012年6月27日水曜日

第一次サイバネティクスと第二次サイバネティクス




システム論的な枠組みで観察してみるというのはベイトソン以来の伝統なのだろうなと思います。

その意味では家族療法では家族をシステムと考えるし、最近ではオートポイエーシス論の枠組みで考えるわけですし・・・・色々進化しているというわけですねぇ。

独り言


今日は、「第一次サイバネティクスと第二次サイバネティクス」について書いておきましょう。

第一次サイバネティクスと第二次サイバネティクスの違い

今日も手短に書いておきましょう。

Wikipeida のサイバネティクスの項目を参照すると以下のように説明されています。


サイバネティックス(英語: cybernetics)は、通信工学と制御工学を融合し、生理学、機械工学、システム工学を統一的に扱うことを意図して作られた学問。語源は、ギリシャ語で「(船の)舵を取る者」を意味するキベルネテス(ギリシア語: Κυβερνήτης)。第二次世界大戦の後、ノーバート・ウィーナーによって提唱された。
当時はまだ情報理論の発展する前であり、自動制御とフィードバックがそれぞれ発展しても、両方の関連を認識することにすら年数を要した、という時代であった。ウィーナーはフィードバックの考えがいろいろと応用でき、また総合のために使えると考え、サイバネティックスを提唱した。


要は、サイバネティクスは物理的な世界と情報の世界が相互作用する、例えば、情報のフィードバックが物理的な世界に作用するというようなことを取り扱うことになります。


http://ori-japan.blogspot.jp/2012/06/blog-post_15.html
http://ori-japan.blogspot.jp/2012/02/it.html

それで、初期のサイバネティクスが確立する上でメーシー会議[2]が有名ですが、ここに人類学者であるグレゴリー・ベイトソンとマーガレット・ミードが参加していたことが知られています。 つまり、ベイトソンは後にMRIに在籍し、ミルトン・エリクソンの心理療法を観察する上でサイバネティクス、つまりシステム論的な枠組みの元で行われることになります。

また、サイバネティクスは、機械制御のようなところに用いられた第一次サイバネティクス (First order cybernetics )からその適応範囲が生命科学に拡張され第二次サイバネティクス(Second order cybernetics)へと発展していきます。そして、現在は、これが社会システムへと拡張されています。

 それで、この関係について整理されている以下のエッセーが面白かったので表のところだけ引用しておきましょう。


 要はシステムがオートポイエーシス論に変わっていて、1)個体性 2)自律性 3)単位性 4)入出力の不在を満たすシステムがオートポイエーシスとなるわけですが、特に 4)について考えると開放系→閉鎖系へのパラダイムの転換がありこのあたりが需要なポイントのように思えてきます。


 それで、上のエッセーの表について書いておくと以下のようになります。

初期の認識論:観察されるシステム

次期の認識論:観察するシステム
第一次サイバネティクス
地図は領土ではない
情報に対して開放系の生命システム

 第二次サイバネティクス
地図は領土である
神経システムへ閉鎖系で動作
オートポイエーシス
自律的な自己参照
再帰性
自己組織化
生物学的な認識論
構成主義から社会構成主義へ

  

ここで、地図は領土と比喩的に書いてあるのは、環境と自己は相互作用するので切り離せないというような意味だと考えられるのですが、このあたりの比喩がオートポイエーシスやアフォーダンスのような世界を表しているのだと考えられます。

それで、個人的にはこういった枠組みでミルトン・エリクソンの心理療法の枠組みを見てみるというのが一つのテーマなのですが、これについてはおいおい書いていくことにしたいと思います。


(参考)
http://ori-japan.blogspot.jp/2011/12/blog-post_31.html

 (つづく)

 文献

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2012年6月26日火曜日

Externally focused Ericksonian self hypnosis



ベティ・エリクソンの自己催眠のプロトコルが教えているのは、トラウマティックな記憶を癒すのに、過去に原因を探るのではなく、自分の外側にある「今・ココ」にある世界に知覚を開きなさいといっているわけであり、巷で言われているような退行催眠を安易に使うなということなのでしょうねぇ。

 個人的にはトラウマティックな記憶を癒すといった用途だけではなくインスピレーションや問題の解決のヒントが欲しい時にも使えるし、禅的なので結構好きなんですけれどねぇ。

独り言


今日は、「Externally focused Ericksonian self hypnosis」について書いておきましょう。

「今・ココ」にある世界に知覚を開く

エリクソン催眠の基本形として、ミルトン・エリクソンの妻のベティ・エリクソンの催眠があります。


それで、この発展系である「Externally focused Ericksonian self hypnosis」があります。このタイトルからすると自分の知覚を通して今・ココにある自分を取り巻く世界に焦点を当てなさいということになりますが、概ねこういった解釈で間違いありません。

 これについては、ジェフリー・ザイク博士の著作「Ericksonian Methods: The Essence Of The Story[1]を読むとこれについて少し詳細に解説された記述が見つかります。


I first learned of the self-hypnosis technique while attending a workshop taught by Stephen Gilligan and Paul Carter , who referred to it as the Betty Erickson Technique , respectfully named after Ericksons window.

 I have adapted it to utilize the sexual abuse survivors understandable tendency toward vigilance and awareness of external surrounding in order to comfort and relaxation. 

The focus is kept on present surroundings rather than utilizing associations to the past or more random associations that  would carry a higher risk of traumatic material bleeding thought into the experience .

In using this technique with sexual abuse survivors , one should emphasize the external orientation , and also invite the client to use the option of keeping the eyes open , either the entire time or until experiencing a sense of comfort and security and a pleasant little urge to close the eyes .


要点だけをまとめておくと、性的虐待を受けた女性に対してこの Externally focused Ericksonian self hypnosisを活用した事例について書かれています。

この技法で面白いのは、記憶の中を退行させると悪い記憶が結びついて余計酷い記憶をつくってしまう可能性があるため、「今・ココ」にある外的環境に知覚を向けながら変化のためのリソース(資源・資質、心身状態)を探すということにあるでしょう。


要は、巷で言われているように安易に退行催眠を使うことを戒めているようにも思ってきます。

ここではこの続きに書かれている手順やプロトコルはここには書きませんが、サマリーは以下を参照していただくと良いでしょう。

http://www.lpac.ca/main/PDF/4%20Step%20Process%20for%20Flashbacks.pdf


余談ですが南直哉著「賭ける仏教: 出家の本懐を問う6つの対話」[2]の中に禅を組みながら知覚を視覚、聴覚、体感覚へとシフトさせていくベティ・エリクソンの自己催眠と同じようなプロトコルについて書かれていたことを思い出したわけでもありますが、ワシントン派の重鎮であるジェイ・ヘイリーが禅とエリクソンの心理療法との間に共通点を見出したということを考えると、これはこれで興味深いことのように思ってきます。


 文献

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2012年6月25日月曜日

ミルトン・エリクソン関係の2種類の著作



技法について書かれている本はどうしても無機質なマニュアルのようになってしまうわけだし、もう少しマクロな視点から思想や生き様を学ぶということになると物語やメタファーという形式で学ぶような感じなってくるわけだけれど、こっちだと技法が足りないし。

もちろん、両方から学ぶ必要があるのでしょうけれどねぇ。

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソン関係の2種類の著作」について書いておきましょう。

メタファーの解釈は受け手によって色々

個人的な意見ではありますが、心理療法家のミルトン・エリクソンの手法について書かれた著作には2種類あるように思っています。今日は、それについて少し書いておきましょう。

もちろん、これは、本物と偽物といったような単純な二元論の話をするつもりはなく、ここで対象にしているのは、きちんとエリクソンのことを学んで博士号を持っているようないわゆるエリクソニアンの先生の方々の著作に限っての2種類ということになります。

さて、これについて説明する前提としてエリクソニアンたちが言うメタファーに「エリクソニアンが電球を交換したら?」があります[1]元ネタは電球ジョークというもののようですが。[2]

例えば、1986年にスティーブン・ギリガン博士がエリクソニアンカンファレンスで行ったプレゼンテーションの中にこのメタファーのバリエーションがあります。


「電球の玉が切れたので交換したい。電球を交換するためには一体何人のエリクソニアンが必要か?」

「答えは、8人」

「なぜ8人なのか?」

「最初のひとりが自分の手を動かして電球を変える。そして、残りの7人が最初の1人がいかに上手く電球を交換したのかをメタファーで説明する」(笑)


 もちろんこの話自体がメタファーですから、受け手があれこれ類推して解釈すれば良いのだと思います。

 それで、個人的には、エリクソンが行ったのか弟子たちが行なっているのかの違いはあるとしても「具体的な電球の交換方法」について書かれた本。もう一つは、基本的にはエリクソンがいかに上手く電球を変えたかについて「メタファーで説明した本」の2種類があるように思ってきます。

 もちろん、どちらが良いのか?というのではなく両方読む必要があると思うのですが、
具体的な電球の交換」について書かれているのが、ヘイリー、ロッシ、ギリガン、オハンロン、ランクトンらが書いた具体的な技法の本。個人的に特にお薦めなのが「Therapeutic Trances[3]です。こちら側の本は結構細かい技法について書いてあるため、多少無機質な感じもするのですが、正確な技法を学ぶという上では外せないように思ってきます。

一方、エリクソンがいかに上手く電球を変えたのか?を「メタファーで説明した本」が シドニー・ローゼンの「私の声はあなたとともに~」[4]「ミルトン・エリクソン書簡集」[6]などになるように思ってきます。

個人的には両方共英語版しかもっていないので日本語版は読んでいないのですが、物語の背景にあるエリクソンの思想や生き様を知る上では非常に役に立つように思ってきます。もちろん、こちら側だけを読んでも細かい技法については知ることはできないのでその点は注意が必要だと思います。

余談ですが、ジェイ・ヘイリーの「アンコモンセラピー」[6]個人的にはこれも英語版しか持っていないのだけれど、これをどちらのカテゴリーに入れるか考え始めるとどちらにも入りそうで良い意味でちょっとしたダブル・バインドに入って少し悩ましい状態になりますねぇ。(笑)もちろん、英語版を読む限りではやはりこの本は「メタファーで説明した本」となるのでしょうけれど。

また、英語版を買いますか?日本語版を買いますか?それとも両方という考え方をするのは、ミルトン・エリクソンの技法ということでは「スプリット」ということになるのでしょうねぇ。(笑)もちろん、この場合は英語版は日本語版の約1/4の価格だったということだけが英語版を購入した理由です。

 (つづく)

 文献

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2012年6月24日日曜日

戦略的罰ゲーム - 難行苦行が変化をもたらす



元々ミルトン・エリクソンの心理療法から形式知化されたいくつかの流派の心理療法というのがあるわけですが、こういった手法の中には催眠を使わなくても人の認識や行動を変えることができる技法があるというのは非常に興味深いところなのですよねぇ。


特にヘイリー氏の技法になると催眠の上手い下手といった問題ではなくて、システム思考に基づく問題の設定と打ち手のセンスの良し悪しという次元の違う話になってくるわけだからどちらかと言うと戦略コンサルタントのような発想が求められるように思いますねぇ。

独り言


今日は、「難行苦行が変化をもたらす」について書いておきましょう。

催眠を使わないで認識、行動の第二次変化を起こす4つの手法

 個人的には心理療法の手法を組織のチェンジ・マネジメントの手法として使うという企てがあるのですが、それは以下のリンクで書いた通りです。


それでこの話題ともおおいに関連するのですが、以下のリンクで書いた「質問とリフレーミングだけで人は変化するのか?」の続きについて書いておきましょう。


このリンクで催眠を使わないで人の認識や行動を変化させることの出来る心理療法の技法が4つ、1) Paradoxical Intention (逆説的意図) 2) Ordeal Therapy (苦行療法) 3) Ambiguous Function Assignment (アンビギュアス ファンクション アサインメント) 4 ) Provocative Therapy (挑発療法 プロヴォカティブ・セラピー)あげられており。このうち 3)については以下のリンクで少し書いています。


ジェイ・ヘイリーの体系化した Ordeal Therapy

 それで、今日はワシントン派の家族療法家であるジェイ・ヘイリー氏の体系化した 2) Ordeal Therapyについて少し書いておきましょう。


http://ori-japan.blogspot.jp/2012/06/httpori-japan.html

 この療法はクライアントの同意を得た上でクライアントにとっての苦行を続けてもらうというような療法でもあるのですが、ジェイ・ヘイリーはこのプロセスを以下の6段階で定義しています 1)問題の明確な定義、2)クライアントのコミットメントを得る 3)適切な苦行を選択する 4)論理的に根拠付けしてそれを命令する 5)問題が解決されるまでそれを続ける 6) 他人との関わりにおいて言動が変わる。[1]

 もちろん、この場合、セラピスト側は催眠を使っていないわけですが、問題を上手く定義し、そしてクライアントにとって、問題を引き起こす原因をやればやるほど厳しくなる罰ゲームとしての適切な苦行設定し、それを継続しなければならない状況をつくりだすことでクライアントの第二次変化を起こしていこうというのがこの技法の特徴となっています。

 確かミルトン・エリクソンが不眠症の人に「眠れない時は、ベッドの横に立って本を読みなさい」という指示があったように思います。このクライアントは次回の面接の時にエリクソンに尋ねられると「いつの間にか眠ってしまっていました」と答えています。[2]

 これをヘイリーの示したフォーマットで考えると 1)課題は不眠症、 2)エリクソンの指示に従うというコミットメント、 3) 苦行は眠れない時にベッドの横で立って本を読むこと、4)エリクソンがそれを指示する、5)クライアントは夜眠れない時に、指示にしたがってそれを続ける、 6)いつの間にか疲れてベッドで眠っている、となります。


 こういった技法は、催眠の上手い下手という話から、いかに上手に問題を定義するのか?それを克服するためにいかに巧みな打ち手を考えるか?それをどのように上手く実行してもらうのか?という話になって、実際にやっていることは戦略コンサルタントとほとんど変わらなくなるので、こういう方法に慣れている人にとっては何の練習も無しに普通に使える技法ということになってきます。その意味個人的には当たり前過ぎるのと、怪しいところがゼロなので刺激がなくてそれほど面白いとは思わないのですよねぇ(笑)。

(つづく)

 文献

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2012年6月23日土曜日

エリクソン催眠の特徴とは何か?



何かを学ぶ場合にとりあえず一度は原典、あるいは原典に近いところにあたるのが一番てっとり早いような気がしていますねぇ。

もちろん、そのものズバリを学習するのに併せて周辺知識をありったけ学ぶというのも、複雑系の視点から周縁を極大化して見たこともない新しいパターンとしての創発を起こすためには必要なのでしょうけれどねぇ。

独り言


今日は、「エリクソン催眠の特徴とは何か?」について書いておきましょう。

エリクソン派催眠の特徴とは何か?

今日は手短に。

Google Scholar 先生にあれこれクエリーを投げていたら見つかった資料をご紹介しておきましょう。


 ドキュメントのタイトルは「Hypnosis in Australia (オーストラリアにおける催眠)」というタイトルの論文集です。

 この論文集は1998年にオーストラリアで開催された臨床催眠の学会で発表された内容をまとめたものでかなり読み応えがあります。

 個人的には、ここに収録されている、エリクソニアンの重鎮先生のお一人であるマイケル・ヤプコ博士の論文「What is Ericksonian Hypnosis ? (エリクソン派催眠とは何か?)」とタイトルの付けられた p.353から始まる論文が結構お薦めです。

 この論文を読むとこのタイトル通りに3つのアプローチである 1) 古典(traditional) 2)標準 (standard ) 3) エリクソニアン(Ericksonian) の3つのアプローチが比較されており、以下のような比較表からエリクソニアン・アプローチがどのようなアプローチであるのか?非常に整理された形式で説明されていることになります。※標準的なプローチは実験として効果を検証する時に使う標準化されたやり方を指します。



比較項目
古典催眠
標準催眠
エリクソン催眠
個人毎にパーソナライズされたアプローチ
NO
NO
Yes
催眠は自然現象で日常でも経験しているという立場
NO
NO
Yes
自然主義的な技法
NO
NO
Yes
ヒプノシストの振舞い
権威的
権威的、もしくは許容的
権威的、もしくは許容的
使用される暗示のスタイル
直接的
直接的
直接的、もしくは間接的
(予め決められた)規則の順守
高い
高い
低い
力関係
ヒプノシストが決める
クライアントが決める
対等
コンテンツ指向か、プロセス指向か?
コンテンツ寄り
コンテンツ寄り
片方、もしくは両方を使う
各技法で定義されている催眠を経験出来る人
一部の人
一部の人
全員
抵抗の原因
個人の内面
個人の内面
個人の内面と対人関係の両方
抵抗への対処
対立、もしくは解釈
対立、もしくは解釈
利用(ユーティライズ)
催眠の深度を強調
Yes
Yes
NO
正式な被暗示性テストを実施
Yes
Yes
NO
施療プロセスの構造
直線的
直線的
モザイク
洞察の相対的価値
低い
低い
低い
症状の原因
個人の内面
個人の内面
個人の内面と対人関係の両方
対処的もしくは、要所をついた対応
片方、もしくは両方
対処的
片方、もしくは両方
二次利得の認識
NO
NO
Yes
無意識の特質
問題を起こす原因
問題を起こす原因
中立(プラスにもなりマイナスにもなる)
無意識の役割
(事後に)反応
(事後に)反応
(事前に)反応

 この表は、個人的にはギリガン博士の著作でもジェフリー・ザイク博士の著作でも読んだ覚えがあるので、このあたりがエリクソン財団の重鎮先生方の「エリクソン催眠って一体何?」ということを説明する時の標準的な回答ということになるのでしょう。

 それで、この表を読むとエリクソン催眠って、ある意味ものすごく格好の良いインタープレイを伴ったJazz の即興演奏のような手法だと思っているわけですし、ラディカル構成主義的でもろポスト・モダンだと感じているわけです。

 その意味ミルトン・エリクソンの技法は奥が深いし、まともに出来るとメチャメチャ格好の良い方法論というか技法だなぁとちょっとため息をついているところもあるわけです。

 文献
N/A


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