2012年8月31日金曜日

治癒的メタファー


         

今日は、単なるメモで

独り言


今日は、「治癒的メタファー」について書いておきましょう。

治癒的メタファーの試論

今日も手短に、

治癒的メタファーについて日本語の試論があったのでリンクしておきましょう。
 


 (つづく)

文献

N/A
記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com



2012年8月30日木曜日

短期・戦略療法を学ぶカリキュラム


         

ミルトン・エリクソンを学びましょうとかいって催眠だけ教えている学校があるとしたら間違いなく三流(笑)

独り言


今日は、「短期・戦略療法を学ぶカリキュラム」について書いておきましょう。

寝ても覚めてもシステム論

 今日も手短に、

ネットに以下のような短期療法系の心理療法スクールのカリキュラムが転がっていて読んでいたら面白かったのでちょっとリンクしておきましょう。


hr ドメインからするとこの学校はクロアチアのようですが、このドキュメントで何が面白いのか?というと「あんたらはミラノ派か」と個人的にツッコミを入れたくなるくらい、システム論がてんこ盛りになっている家族療法をこれでもか?というぐらいがっつり学ぶカリキュラムになっていること。

当たり前ですが、短期療法の心臓部と言っても良い、人の主観的経験を認識論に還元して教えていること。

あとは、ベイトソンのシステム論だけではなくウンベルト・マトゥラーナやフランシスコ・ヴァレラのオートポイエーシス論、そしてジョージ・レイコフやマーク・ジョンソンあたりのエナクティブな認知科学や社会構成主義についても学ぶようになっていること。

ミルトン・エリクソンから派生した短期・戦略療法を学ぶカリキュラムとしては王道を行っていますねぇ。

個人的にはこのカリキュラムだったら高い金を払っても受講してみたいなと思っているところですが、卒業までにいったい何年かかるのでしょうか? とりあえずは参考文献をチェックして色々読んでみようかなと。


 (つづく)

文献
N/A

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2012年8月29日水曜日

戦略的家族療法

         

MRIのモデルは、ミルトン・エリクソンらの心理療法のプロセスを一旦形式知化しているところがわかりやすいところなのですよねぇ。
もちろん、形式知だけ分かったからといって何かが出来るようにはならないのでしょうが、少なくとも何をやらなければならないのか?を理解する助けにはなりますよねぇ。(笑)

独り言


今日は、「戦略的家族療法」について書いておきましょう。

MRIの家族療法のモデル

 今日は手短に。

カリフォルニア州のパロアルトにある、グレゴリー・ベイトソンやヴァージニア・サティアが在籍し、現在だとEMDRの開発者であるフランシーン・シャピローが客員研究員を務めている短期・戦略・家族両方の研究所に MRI(Mental Research Institute)があります。


もちろん現在でも色々な分野で研究が進められているのでMRIが採用している心理療法のモデルはこれだけ、と言うのは難しいところがあるわけですが、それでも以下のドキュメントがMRIのモデルって何に答える形式で非常によくまとまっていたのでリンクしておくことにします。


MRIのモデルの特徴はサイバネティックスや認知科学の知見でもって、一般的に職人ワザで暗黙知の塊だと思われている心理療法のプロセスを認識論の視点から形式知化したことだと思われますが、それは上のリンク先のドキュメントを読んでもらってのお楽しみとしておきましょう。

 (つづく)

文献
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2012年8月28日火曜日

心理療法におけるメタファーの活用


         

ミルトン・エリクソンの活用したメタファーに限らず、メタファーの研究とかやり始めるとほとんどライフワークになってしまいそうなんだよなぁ(笑)。

何れにしてもメタファーや物語で人の知覚や認識のやり方が変化するということを考えるそれはそれで面白いところなのでしょうけれどねぇ・・・・

独り言


今日は、「心理療法におけるメタファーの活用」について書いておきましょう。

メタファーをどのように使うのか?

メタファーを人の知覚や認識の中心においた認知言語学と心理療法のメタファーの関係性については以下で書いたところです。


また、ミルトン・エリクソンから派生した短期・戦略・システム療法の基本は何か?と聞かれると5つの要素を考慮する必要があるということは以下で書きました。


具体的には、1)「地図」と「領土」の区别 2)マインドの理論と論理階型 3)メタファーと表象 4)(現在の枠組みを超える)アブダクティブな学習/学習のレベル 5)システム全体の視点、エコロジー、コンテクストの考慮です。

つまりメタファーは非常に重要な要素であることには変わりないことになるわけですが、今日はこのうち3のメタファーについて少し書いておきましょう。

メタファーはもちろんミルトン・エリクソンの専売特許というわけではなく、マイケル・ホワイトのナラティブ・セラピーなどでも知られているところがあります。最近ではナラティブ・セラピーが短期療法の中のサブセットのように誤解されている面もありますが、ナラティブは独立した別の分野と考えるほうが正しいのだと思われます。

もちろん様々な心理療法でメタファーが活用されているところはあり、すべてミルトン・エリクソンとの関連性で考えるのもある意味偏った考え方になると思いますが、まずは、エリクソン関係のメタファーの活用については以下で書いたところです。


それで、メタファーの本質は何か?と聞かれると、例えば、今目の前で起こっていることを、無意識に別のことに結びつけること、つまり直観的に同じ構造や関係性をもった別の何かに投影していることだと考えられます。

もちろん、この無意識に関係があると考えている暗黙の仮定や前提に迫ることで、その人のメンタル・モデルや世界観に迫ることが出来る、あるいはメタファーを活用してメンタル・モデルや世界観を変える、あるいはその枠組から飛び出した解決策を見るけることが出来るということになってくるでしょう。

以下のリンクで書いていますが、メタファーは既存の枠組みを超えてアブダクティブに考える支援を行う道具の一つということなのだと思います。


それで、以下に一般的な心理療法でメタファーがどのように活用されているのか?という疑問に答える良いエッセーがあったのでリンクしておきましょう。


 
 (つづく)

文献
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2012年8月27日月曜日

ソリューション・フォーカスト・アプローチで強みを見つける

       

一般常識でみたらその振舞いや言動が欠点や欠陥としか思えないとしても、どんな状況であればそれが強みになるのか?それを考えて具体的にその状況になるように、あれこれ行動を支援するのがミルトン・エリクソン流。

独り言


今日は、「ソリューション・フォーカスト・アプローチで強みを見つける」について書いておきましょう。

強みを探す

最近、Google Scholar で見つけた論文を読むのがある意味道楽になっていて、楽しくてしかたがないというような状態になっている、というのがあるわけですが、今日は、心理療法家のミルトン・エリクソンから派生したソリューション・フォーカスト・アプローチの話をしておきましょう。

以下のエッセーは「How to interview for Client Strength」と題されていますが、要はクライアントが普段自分での気がついていない強みをインタビューワーがどのように引き出すのか?ソリューション・フォーカスト・アプローチについて書かれている非常に面白いエッセーです。


例えば、このアンチ・パターンとしてついついてやってしまっていることがあります。

それは、
·        弱いところ、苦手なところに焦点をあて得意でないところを人並みにしようと考える。
·        どうやって問題を解決しようか?と考えないでなぜそれが起こってしまったのか?といった過去の原因のみに焦点を当ててしまう。
·        強み、弱みはコンテクストと相互作用することでどっちにもなりうるという事忘れてしまって、その強み、弱みは永久に固定化されたものとして考えてしまう。

もちろん、ここでは、その反対ということになるわけですが、

·        ウェル・フォームド・ゴールを設定し
·        いつもとは異なる例外を探し
·        スケーリング・クエスチョンを駆使し
·        その他

 と、クライアント自信も気がついていない強みを探すというのはシンプルですが、非常に面白い試みのように思ってくるわけです。

 ちなみにこの技法は、会社などで上司が部下の強みを引き出す、人財コンサルタントが転職候補者の強みを引き出す、お母さんが子供の強みを引き出す、スポーツのコーチが選手の強みを引き出す・・・・色々な場面で活用できる手法だと個人的には考えているわけですが、思考のパラダイムさえ変えることができれば、今日から活用できる非常に優れた手法のようにも思ってきます。

 (つづく)

文献
n/a

2012年8月26日日曜日

ミルトン・エリクソンから派生した6流派

       

日本ってミルトン・エリクソンとはまったく関係ないのに、さも何か関係ありそうに装うスピリチュアル詐欺みたいなことやっている連中が多いよねぇ。(笑)

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンから派生した6流派」について書いておきましょう。

誰が整理するのかで違ってくる

ミルトン・エリクソンから派生した心理療法の流れ、この場合はイタリアの短期療法かであるジョルジュオ・ナルドネのまとめた見方について以下で書きましたが今日はこれをまた別の切り口から見てみましょう。


エリクソン財団のジェフリー・ザイグ博士の編集による「ミルトン・エリクソン書簡集」[1]の中にザイグ博士のまとめたミルトン・エリクソンから派生した短期療法の流れが6つのカテゴリーに分けて掲載されています。

1.      戦略療法(ジェイ・ヘイリー)ワシントン派
2.      MRI (ウォツラウイック、フィッシュ、ウィークランド)パロアルト派
3.      ソリューション・フォーカスト・アプローチ(スティーブ・ド・シェザー)ミルウォーキー派
4.      心理生物学アプローチ(アーネスト・ロッシ)
5.      NLP:神経言語プログラミング(バンドラー&グリンダー)サンタ・クルーズ派
6.      ネオ・エリクソニアン(ザイグ、ギリガン、ヤプコ、ランクトン夫妻、オハンロン、他)

 もちろん、ミルトン・エリクソンの技法はきちんと確立された心理療法の技法で宗教ではないのですが、仏教の比喩を借りると、釈迦が拓いた仏教が色々な地域、色々な地域に伝わり、弟子たちによって多くの経典が書かれ多くの宗派が誕生した流れと非常によく似ている側面があります。

例えば、NLPは1970年代だけは、当時最先端だった変形生成文法の概念を持込み、認知科学的な視点でエリクソンの言語パターンを解析したという点では画期的だったと思っていますが、やはりエビデンスを積むという地道な作業を放棄したために、現在では自己啓発業者のおもちゃに堕落したというのが個人的な見解です。著者のザイク博士は1972年から1980年にエリクソンが亡くなるまで足しげくエリクソンが居を構えていたアリゾナ州のフェニックスに通っていたと思いますが、この時にバンドラー&グリンダーには会ってるためこの時代のNLPには結構中立な視点を持っているように思います。

それで、個人的には 1.-6.まで大体ある程度の文献は読んで色々やってみたところなのですが、簡単な印象は 1,2,3,5 がエリクソンの技法を形式知化してモデル化されたフレームワークを学ぶ顕教的なやり方と、4,6 がエリクソンの暗黙知を暗黙知として身体に落ちるまで学習しようという密教的なやり方の2通りのやり方に分かれるように思います。

それで、やはりミルトン・エリクソンの技法を色濃くというより濃すぎるくらい継承しているのが 6.のネオ・エリクソニアンということになってくるわけですが、ザイク博士が第七の流派が出来るとするとスティーブン・ギリガン博士の「Self-Relations」かな?と言っているところも面白いところでしょう。

このあたりの流れは、「Courage to Love[2]、「Walking in two world[3]そして今年の年末に出版される予定の「Generative Trans[4]を読むと自己の投影としての世界と世界の投影としての自己を考慮した構成主義的要素の強い、「二天一流」のネオ・エリクソニアンの流れが分かってくるように思ってきます。

 もっとも、そもそも論に戻って、エリクソニアンの共通する基本は何だろうという疑問が起こるわけですが、一番クセのない以下の著作を読んであれこれ試してみれば良いのかなぁと。


 (つづく)

文献
[4] http://www.amazon.co.jp/dp/1845907817/


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2012年8月25日土曜日

ミルトン・エリクソン関連のメモ


         

オルダス・ハクスリーとトランス状態とメタ認知について書かれた論文どっかにないかなぁ? 探してみよう・・と(笑)

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソン関連の覚書」について書いておきましょう。

ミルトン・エリクソンとオルダス・ハクスリーとの対話から

今日は手短に。

The Wisdom of Milton H. Erickson: Hypnosis and Hypnotherapy,volume 2[1]を読んでいた気になったところ。


 It [light trance] is , he [Huxley] explained , a simple withdrawal of interest from outside to the inside. That is , one gives less attention to externalities and directs more and more attentions to inner subjective sensations. Externalities become increasingly fainter and more obscure , inner subjective feelings more satisfying until a state of balance exists. In this state of balance , he had the feeling that , with motivation , he could reach out and seize upon reality , that there is a definite retention of a grasp upon external reality but with no motivation to deal with it.[1965]  ( In Erickson , 1980 , vol 1, cpah 3, p.90)


まずは、この引用の図式から、1965年の著作で、オルダス・ハクスリーとミルトン・エリクソンがトランス状態とは何か?などについて対話しているメモが存在しています。但し、カリフォルニアにあったハクスリーの家が山火事に巻き込まれこの資料の大半が消失。そして、このことを書いた1980年の著作で紹介。それを「Wisdom of Milton Erickson.」でさらに引用・・・となっています。

それで上の引用は以下のリンクの話なのですが、


個人的にこれを読んで面白いなと思ったのは、五感の知覚という意味で内的世界にはいりつつバランスをとる。内的世界はより曖昧な世界になる。

バランスが取れた状態になると外的世界の記憶については、メタ認知したような形式で、モチベーションが無くて穏やかに心が澄んだような状態で把握できるようになる・・・

中々深いですねぇ。

 (つづく)

文献
[1]http://books.google.co.jp/books?id=Q73J8ss5ulsC&pg=PA12&lpg=PA12&dq=milton+erickson+motivation&source=bl&ots=GeU8fcofmG&sig=uZV0J0b3DWh2Y0w-8Jj13jlWmQo&sa=X&ei=hPAuUJSXHuGdmQXhnoCADQ&ved=0CCsQ6AEwBzgK#v=onepage&q=milton%20erickson%20motivation&f=false


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年8月24日金曜日

リフレーミングの「再定義」について考える

         

一般的に言葉を置き換えるだけで、思考の枠組みや意味が変わっていなければリフレーミングにはならないよねぇ。

言葉を置き換えるにしても一度五感だけの経験に戻って、その経験について別の言葉をラベリングし直すようなプロセスを取らないとねぇ。(笑)

それで、昔、CMで友達以上恋人未満というコピーがあったけれど、認知言語学のカテゴリー化の理論で考えて、コトバだけ恋人と変えても、身体感覚を伴った腑に落ちる感じで恋人とならないと再定義されたことにはならないですよねぇ。(笑)

独り言


今日は、「リフレーミングの『再定義』について考える」について書いておきましょう。

リフレーミングで活用する「再定義」について考える

 今日は、 Sleight of Mouth[1]「再定義(Redefine)について考えることにしましょう。

  認識の枠組みを再構築する発展的なリフレーミングを14の基本パターンにまとめた「ストオブマウス(Sleight of Mouth)」と呼ばれる手法があります。 そして、この14パターンの中のパターンの一つとして「再定義(Redefine)があります。

Redefine: Use similar words to say the same thing, ensuring that the implication is changed.

  上の引用文から、「再定義」とは、認識主体の表象にある経験(あるいは想像)を記述したコトバを、類似した別のコトバに置き換えることです。 そして、「再定義」の目的は、認識主体の経験した、ある出来事を記述したコトバを別のコトバに変更することで、その文脈における、経験の「意味」を変えることです。もちろんここではコトバだけを変えたとしても、認識主体の経験の「意味」が変わらなければ意味がありません。

  ここで、「再定義」について考えるために、人工知能の研究に端を発するセマンティックWebにおけるオントロジーの概念を考慮して、その文脈において何らかの概念を表すあるコトバについて考えることにします。[2] あるコトバは、単独で存在するわけではなく、それを定義する別の複数のコトバ、フレーム、意味などの多層のネットワーク構造を持った関係性の中で存在していると考えられます。(図1)


1

人の認知にこのアナロジーを適用して、認識主体の表象に関連付けられているこのコトバを、別のコトバに置き換えると、もとのコトバが持っている認識主体に身体化された関係性のネットワーク構造自体が別の構造に置き換えられ、結果、認識主体の表象が別の意味に置き換えられると考えられます。

 セラピストやコーチが自分勝手にコトバを置き換えるのではなく、クライアントに考えてもらう形式で再定義のパターンに該当するリフレーミングを行う具体的な質問の例は、「その出来事を肯定的な別のコトバで表現するとどのようになりますか?」です。 

これが上手く機能するとその文脈における経験に対する「意味」が変更されることになります。この例では、「再定義」を使った基本的なリフレーミング・パターンとして、認識主体から見て、クライアントをエンパワーする肯定的なコトバに置換える例について示しています。 

もちろん、この反対のケースとして、家族療法における逆説的介入(Paradoxical Intervention)のように、家族システムにおけるそれぞれの認識主体の関係性がある閾値を超えて別の関係性で安定するように、より否定的に再定義を行うことも考えられます。[]この場合、認識や行動の変化を優先する形式になるためもしかすると情けない感じのコトバになる可能性もあるでしょう。

「定義」について考える

ここでは原点に立ち返り、「定義とは何か」について考えることにします。 Wikipedia の「定義」の項目を参照すると以下が記述されています。

定義とは何か、ということへの関心は、ソクラテスやアリストテレスといった古代ギリシャの哲学者たちの議論の中に既に見られる。しかしそこから2000年以上を経た現在においても、この議論は未だに継続しており、定義とは何なのか、という問題についてそれほどはっきりした結論は出ていない。

歴史的にこのテーマは主に哲学の領域で、20世紀以降であればとりわけ分析哲学や言語哲学と呼ばれるような領域、そしてまた数学の一分野である記号論理学と呼ばれる分野、を中心に議論が行われてきた。そして20世紀後半からは認知科学といった、より実証的性格の強い分野で、定義についての議論をされることが増えている。[4]

  ここで興味深いのは、21世紀の現在でも定義についての定義が決まっていないということです。そのため、ここでは主に、一般意味論、認知言語学、生成文法を考え方の枠組みとして用いて、定義についての定義を考えることにします。

一般意味論で「再定義」について考える

 Wikipediaの「一般意味論」によれば、外的世界の出来事を末梢神経から認識主体に取り込み、抽象化を伴った情報処理を行うモデルとして構造微分(Structural Differential)モデルが提唱されています。 (2)

一般意味論では抽象の段階に関する考え方を「構造微分 structural differential」と呼び、1)無限に変化する「世界」から、2)感覚器官によって把握された外界の似姿、3)「外界」として体験された事柄についての言語的記述、4)そうした言語的記述についての記述、というように当初の情報が段階的に縮退されていくことを指摘した。現在では認知心理学・認知科学的研究によりそうした縮退の様子が把握されているが、「元の世界についての認識」が、言語的に表現された「世界」についての認識へと縮退的にすり替えられていかざるという人間の認識能力の限界、そのことを明確に指摘した点に一般意味論の決定的な重要性がある。



2

「空は青い」といったような言明そのものが、複数者の間でその意味が異なるという認識上の不定性のゆえに、心理療法の場に限らず、その話者にとっての(そのときの)意味を把握することに努力しなければならないこと。その際に、そうした言明のどこまでが「事実性」に関わり、どこからが推測などの「思い」や「思い込み」であるかを分離すること。あるいは「彼は何々障害である」といったような言明が、「類と個別」に関わる錯覚に見舞われ、「何々障害であるから彼はしかじかである」といった後件肯定の誤りに陥らないようにすること等々。C.S.パースによる可謬主義(fallibilism)は、絶対的な真実や確実さはない以上、人は誤りを繰り返す中で漸進的に進んでいくとする立場であるが、一般意味論の構造微分の図式はそうしたパースの立場と結果的に重なり合うものと考えられる。

また構造微分の考え方から心理療法への決定的な示唆としては、「言葉で語ることのできない段階 unspeakable level」が存在するということである。「思考」「認識」という世界とは異なる言語未然の「体験の世界」の存在は、身体的で体験的な要素を含むヴィルヘルム・ライヒやアレクサンダー・ローウェンによる精神分析への身体的アプローチ、あるいはゲシュタルトセラピーや身体心理学・身体心理療法というアプローチの必然性の示す理論的根拠と考えることができる。[5]


  構造微分のモデルでは、外的な世界について、感覚器官によって把握された一次的な経験(感覚器によって把握された外界の似姿)が存在し、それを、「外界」として体験された言語的記述として、言語によって記述された経験が存在しているモデルとなります。この言語、記号、シンボルを使ってその後推論を繰り返します。 また、言語、記号、シンボルは、感覚器官によって把握された外界の似姿に、言語もしくは意味としてフィードバックが行われます。一般意味論では、前者を神経言語フィードバック(Neuro-Linguistic Feedback 後者を神経意味フィードバック(Neuro-Semantic Feedback)と呼んでおり、言語、記号、シンボル操作による推論が一次的な表象に影響を及ぼすモデルが示されています。[6]

認知言語学のカテゴリー化とプロトタイプ

 認知言語学では、一次的な表象の中から事象、事物を特定するプロセスを説明するために、カテゴリー化とプロトタイプについての理論が提供されています。[7]

 カテゴリー化の基本となる基本レベルカテゴリーとは、ある特徴を持ったカテゴリー、例えば、ネコといったカテゴリーを指し、この基本レベルカテゴリーの抽象度を上げた動物、もしくは抽象度を下げた三毛猫というような抽象度を上げ下げする場合の基本となる概念です。

 また、プロトタイプとは、例えばネコを差した場合に、これを他のカテゴリー、例えば犬と区別するような抽象度が同じで別のカテゴリーに所属するメンバーを区別する時に活用される概念です。 

 一般的に人は、カテゴリー化やプロトタイプのデータベースを自分自身に持っており、これが無意識に動作することでカテゴリー化やプロトタイピングを行うことが知られています。[8]

 ミルトン・エリクソンの心理療法の技法を認知言語学の概念を通して形式知化した例にスティーブ・アンドレアス著「Six Blind Elephants」がありますが、[9]

 具体的には、


2. Change of Categorization (at the same logical level):
Redefinition or Redescription And how else could you describe that. . . ?[10]

 ある事象を同じ論理レベルの異なるカテゴリーに分類することで認識の枠組みを変えるリフレーミングを行う方法。

3. Change of Logical Level of Categorization:
Going to a more general category (higher logical level) And that is an
example of. . . ?
Meta-frame (The prefix meta alone has been used ambiguously in the past to indicate
either scope or category, but meta-frame has usually indicated a shift to a more general
category, rather than a larger scope.) And that is an example of. . . ?
There are many possible meta-frames. Some of the more useful and well-known
ones that have been described previously are listed below:
Positive Intent And his/her positive intent is. . . ?
Model of the world And so the way you see it is. . . ?
Learning And what you learned from that is. . . ?
Curiosity And what was most interesting to you about that is. . . ?

論理レベルの抽象度を上げて認識のスコープもしくはカテゴリーを変更することでリフレーミングを行う方法。

Analogy/Metaphor And that is like what. . . ? (Metaphor creates a category, and often
also creates a prototype example for the category.)[10]

 
メタファーがカテゴリーをつくり、場合によりこのカテゴリーに対するプロトタイプの例がつくられることを利用してリフレーミングを行うことが示されています。

 (つづく)

文献
[6] Korzybski, Alfred (1958). Science and sanity: An introduction to non-Aristotelian systems and general semantics. Lakeville, Conn.: International Non-Aristotelian Library Pub. Corp.. p. xlvii.ISBN 0937298018.
[8] Lakoff, George(1987). Women, Fire, and Dangerous Things: What Categories Reveal About the Mind University of Chicago Press. ISBN 0-226-46804-6.
[9] Andreas S, (2006). Six Blind Elephants: Understanding Ourselves and Each Other, Vols 1 &2. Moab, UT: Real People Press.

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年8月23日木曜日

リフレーミングの「意図」について考える

         

一般的な常識という枠組みから見て、良くない行為、言動があったとします。 

もちろん、この相手や第三者は、この人に、単純に良くないと注意をすることもできますが、とりあえず「その人なりに、よかれと思ってやった」という想定の元に、「よかれと思った意図」を明示し、これを認めるのが意図のリフレーミングというわけです。

 もちろんこの意図が分かれば同じ意図を満たす別の手段を考えることも割りと良いだというわけです。

独り言


今日は、「リフレーミングの『意図』について考える」について書いておきましょう。

リフレーミングで活用する「意図」について考える

 今日は、家族療法の概念であるリフレーミングについて少し書いておきましょう。

 はじめに、ここでの主題は2つあります。
一つは、「肯定的意図とは何か?」、そしてもう一つは「肯定的意図を探る目的は何か?」です。 

 もちろん、ここで「肯定的意図とは何?」と思った読者の方もいらっしゃるでしょうから、まずこのことを定義しておきましょう。 

一般意味論のアルフレッド・コージブスキーによれば「地図はそれが示す領土と同じではない」いうことがありますが、これは事実と言葉(言葉による推論、解釈)は同じではないということがあります。


 もっとも、構成主義的に考えると事実(の経験)と言葉(言葉による推論、解釈)の間には因果関係はなく、事実は認識主体によって如何様にでも解釈することができる、つまり事実に対する解釈は変えることが出来るということになってきます。

 さて、以下の引用について考えてみましょう。

Virginia Satir originated a slightly different meaning of the phrase positive intention. She believed that digging deeply into a client's dysfunctional or damaging behaviour should find that the client is trying to achieve a positive intent through undesirable behaviour, unconsciously ineptly and harmfully, and that the dysfunction could often be helped by finding other ways to honor that positive intention. [1]

 Wikipediaによれば、「肯定的意図」とは、家族療法家であるヴァージニア・サティアからもたらされた概念であることが指摘されています。

  サティアは、クライアントが、(自分や相手を傷付けるといったような)一般的によくない行為(あるいは機能不全)を行なっていたとしても、この行為の中にクライアントが意識するしないにかかわらず、その行為の前提として、クライアント視点からの良い意図(肯定的意図)が隠されているとする信念を持っていました。 そして、この行為とは別の方法でこの肯定的意図を満たす方法を探ることで、よくない行為をやめるなどの助けになることが指摘されています。

  これは、肯定的意図とは、何らかよくない行為、振舞いがあった場合、世間の常識からみてそれがどんなによくないことであったとしても、その背景にはそれを「よかれと思ってやっている」その「よかれと思う」その思いが「肯定的意図」であり、この肯定的意図を明らかにしていくことが、現在よくないと思われている行為を改善する鍵になるという指摘です。つまり良くない行為は単なる手段であり、よかれと思っているベイトソンの言うより高次の論理階型にある目的があり、それが分かれば、その下位にある同じ目的を持つ別の手段を探すことはそれほど難しいことではないということになってくるわけです。

  実際の応用例について考えると、家族療法やミルトン・エリクソンから派生したブリーフ・セラピーをベースにしたコーチングなどにもこの考え方が取り入れられています。 

例えば、良くない言動を変えてもらうために、クライアントが良くない言動を行った時のことを考えもらい、例えば、「その行為はよかれと思って行ったのだと思いますが、そのよかれという考え方は具体的にはどのようなものですか?」というような「肯定的意図」を探っていくような質問があります。

 この場合、

Chunk up to identify the positive intention.[2]

上の例文のように、一般的には良くないと判断できる典型的な行為、言動について、帰納的に共通項を見つけていくアプローチを取る方法も示されています。 具体的には、「行為A、行為B、行為Cに共通する肯定的な意図は何ですか?」と尋ねて肯定的な意図を探る方法です。

 繰り返しになりますが、良くない行為は単なる手段であり、よかれと思ってそれをやっている意図、あるいは目的があり、それが分かれば、その下位にある同じ目的を持つ別の手段を探すことはそれほど難しいことではないということになってくるわけです。

(つづく)

文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年8月22日水曜日

ダブル・バインド仮説関連の文献

         

真夏の夜のダブル・バインド(笑)

独り言


今日は、「ダブル・バインド仮説関連の文献」について書いておきましょう。

Still Crazy-Making After All These Years .

今日は手短に。

グレゴリー・ベイトソンらが体系化したダブル・バインド仮説はやはりミルトン・エリクソンの心理療法を語る上でも絶対に外せません。


それでベイトソンがダブル・バインド仮説を構築してから既に50年以上が経過しているわけですが、その過程と今現在この仮説がどのようなところで応用されているのか?が非常によくまとまったエッセーがあったのでリンクしておきます。


 このエッセーのタイトルは「Still Crazy-Making After All These Years」でおそらくサイモン&ガーファンクルの「Still Crazy After All These Years.」から取られると思われます。

 また、このエッセーに有名なグレゴリー・ベイトソンとミルトン・エリクソンのツーショットの写真が掲載されていますが、流石にベイトソンは身長196cm もあるのでとなりに居るエリクソンより随分図体がデカイというか、比喩ではなく巨人ですねぇ。

 ちなみにベイトソンらのオリジナルのダブル・バインド関連の論文「Toward a theory of schizophrenia」は以下を参照してください。


(つづく)

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