2012年9月30日日曜日

オントロジカル・コーチングとトリプル・ループ学習


                                     

トリプル・ループは自己自体を変容させることで新しいことを学習するというレベルになるので、少々哲学的に「自己とは何ぞや?」みたいな問を立てると、やっぱりオートポイエシス論を使って自己のモデルを組み立てるのがやっぱり格好が良いのだよねぇ。(笑)

独り言


今日は、「オントロジカル・コーチングとトリプル・ループ学習」について書いておきましょう。

 トリプル・ループ学習をオントロジカル・コーチングで実装したら

シングル・ループ、ダブル・ループ、トリプル・ループ学習のそれぞれの定義については以下に書いたわけですが、


実際にこれをどのように実装すれば良いのか?について個人的にはこれを、オントロジカル・コーチング、Theory U 、エリクソニアン・アプローチ等で行えば良いのだろうなと考えてこれを探求中だというわけです。

それで以下のリンクのエッセーにオントロジカル・コーチングで持ってトリプル・ループ学習を行ったらどのようなプロセスになるのか?について示されているのが以下になります。


(訳は適当)
ステージ
ステップ
鍵となるアクション
意識の目覚め
止揚
前提を保留する
再構築
リダイレクション

意図/惹きつける

破壊と創造
当初のゴールから遠ざかる

ビジョンの生成

古い前提の破棄と新しい前提の再構築
センタリング
コネクション
ビジョンそのものになる

このプロセスを参照すると古い前提をヒックリ返して新しい前提を構築するというところが心理療法で言うところのリフレーミングというところに該当することになるように思ってきますが、大枠のメタ・レベルのプロセスを見ると、Theory Uやエリクソニアン・アプローチとほとんど変わらないようにも思ってきます。

(つづく)

 文献
N/A

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年9月29日土曜日

オントロジカル・コーチングの観察者


                                     

自分にとって、よくわからないことがあるのは、なんか色々考える余地があるということだから、悪いことではないのでしょうねぇ。(笑)

独り言


今日は、「オントロジカル・コーチングの観察者」について書いておきましょう。

 観察者という視点は結構深い

以下のリンクにオントロジカル・コーチングの基本的な理論について書いてあるドキュメントがあるわけですが、個人的にイマイチよくわからないのは「Observer」という視座というか視点。


もちろん、このドキュメンに以下のようなことが書いてあります。


The relevance of these key ideas to Ontological Coaching is that the client
(coachee) is limited by how they are observing their world, and that
problems, possibilities and solutions exist in the eye of the beholder. The
essential role of the coach is to provide a safe context for the coachee to
learn new distinctions that expand how they are observing, enabling them to
become a different and more powerful observer (with power being
interpreted as the capacity to take effective action).


要は、コーチングのクライアントはどのように世界を観察しているのか?というその視座や認識のやり方に問題を抱えているということになっているわけです。もちろん、世界との関わりあい方というところについてもそうでしょう。

それで、コーチの役割はクライアントに対して安全なコンテクスを提供して新しい観察の方法や世界とのかかわり合い方を学ぶ支援をすること・・・というようなことになっているわけですが、このあたりオートポイエシス的にはどのような視点になるのだろうか?と考えるとちょっと考えてしまったというわけです。 

 個人的には(問題だと考えている)世界をシステムと考え、このシステム自体の視点に転換することだろうなと思ったわけでもあるわけですが、システム自体の視点を取ったとしてもその構造は見えても、このシステムの生命の息吹みたいなことはなんとなく感じるしかないわけだというわけです。

 それで、以下のリンクのドキュメントを読むと、オートポイエシスもクラシックなオートポイエシスは古くて、これからは「再帰的なオートポイエティック・システム」だぁと書いてあるドキュメントがあるわけですが、ちょっとこれから熟読してみようと考えているところだったわけです。


 もちろん、コーチングのクライアントはこのような小難しいシステム論を理解する必要はないのはもちろんのことなのですが、コーチのほうはある程度は理解しておかないといけないのかもな、と個人的には考えているところです。

(つづく)

 文献
N/A

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年9月28日金曜日

オントロジカル・コーチングのAOR+BELモデル


                                     

オントロジカル・コーチングはシステム論で言うとチリの神経科学者であるウンベルト・マトゥラーナの(ほうの、ヴァレラではない)オートポイエシス論がベースになっているのだけれども、このコーチングについて書いてある「Coaching to the Human Soul[1]がまだ手に入っていないので、オートポイエシス論からリバース・エンジニアリングで解明を進めている状態。(笑)

もっとも、なぜオントロジカル・コーチング[2]なの?と聞かれると、個人的な解答は「単にオートポイエシス好きだし、ベイトソンとかラディカル構成主義が自分の趣味にあっているから」としか言いようがないのだけれども・・・・

独り言


今日は、「オントロジカル・コーチングのAOR+BELモデル」について書いておきましょう。

 AOR+BELモデル

一般的に言われているそのあたりコーチングは個人的にはどうも目的指向に偏っている感じがして好きになれないところがあります。つまり、「何を手に入れたいのか?」というところにあまりにも目が行きすぎていて、クライアントが人格としてどう成長するのか?あるいは自分自身の在り方としてどのような状態を追求するのか?(もちろん、これを構成主義的やオートポイエシスの基本となる概念に照らし合わせて表現すると在り方 Being というより成り方 Becoming ということになると思います。)相対的ですがあまり強調されていないような気がするから。

もちろん、こういった成り方というところを追求していると、「じゃあ、心を沈めるために瞑想をしましょう」というような世界になってしまうのでしょうけれども、これだと自分の認識している世界に行動を通して働きかけて何かを実現していくというような部分がおろそかになっているような気もしているわけです。

そこで、オントロジカル・コーチングで登場するのがAORモデルつまり OBSERVING-ACTION-RESULT のモデルつまり、1)観察者、世界を観察し、世界を知り、そして世界の中に在るという視点から世界を眺め、2)行動する、世界に働きかける 3)結果を得るというようなモデルからなります。もちろん、ここでは、行動からのフィードバック、と結果からのフィードバックが観察者にもたらされるわけですが、観察者は武道家ではないですが、AORと組み合わせたBELモデルで身体と気持と言語(意識)が調和するように心身状態を保ち、再び世界に働きかけるというようなモデルになっています。[3][4]


もちろん、ここで身体―気持-言語が一致するように調整を行うということになりますが、少なくとも気持というのは何か出来事が起こった結果としての現れとなるため一般的にはこの関係性が調和するように働きかけるために1)言語から表象のイメージや知覚に働きかける、もしくは2)身体操作、ダンスやヨガのように身体から働きかけるようなことになるでしょう。もちろん、オントロジカル・コーチングは基本コーチングですから基本的には言語、つまり質問を使ってクライアントの身体―気持―言語が一致するように働きかけることになります。

それで、全体の流れに即してコーチが使う質問は、1)観察する時の、世界を記述することを支援する質問、結果を記述する質問2)思惑の質問、何を期待しているかをまとめる質問(一般的なコーチングのアウトカムを聴く質問に近いと考えられる)3)どのように行動するのか?を聴く質問、の3つのカテゴリーに分かれるようです。

それで、個人的に思うのは、このコーチングは、クライアントに観察者になってもらって世界を記述するところから始まるわけですが、この時既に、クライアントは過去の経験から身につけた思考の枠組みの元に世の中を観察している時があるため、このあたりはコーチがクライアントの言語パターンと言葉と表情の不一致などを観察して、思考の枠組みから出てもらうように導くのか?あるいは認知バイアスを補正して世の中を観察できるように支援する必要があるのだろうなと思っているところでもあるわけです。それで、個人的にはここでやはり心理療法家のミルトン・エリクソンのスプリッティング&リンキングの方法を使うなり、ダブル・バインドの禅問答を活用する必要があるのだろうなと確信しているところでもあります。

それで、上の AORBELモデルにエリクソンの技法であるスプリッティング&リンキングを組み合わせたモデルが以下になります。



  もちろん、AOR+BELモデルは排他的なモデルではないでしょうから、以下のリンクで書いたダブル・バインドを活用したコーチングのモデルをこの中で回せば良いのだろうなと考えているわけです。


(つづく)

 文献

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2012年9月27日木曜日

システム思考とエコロジー思想(その2)


                                     

グレゴリー・ベイトソンが今生きていたら、原発の再稼働問題にどのような枠組みの議論を提供するのかを考えると面白そうなんだがなぁ。もちろん、単純に反対とかそういうのじゃなくて・・・・・

独り言


今日は、「システム思考とエコロジー思想(その2)」について書いておきましょう。

 システム思考とエコロジー思想

今日は手短に。

心理療法とシステム思考との関わりがよくまとまっていたエッセーがあったので今日はこれを取り上げましょう。

元々、ノーバート・ウィーナーとかウイリアム・ロス・アシュビーとかサイバネティックスを研究している人が居たという前提があります。

これと並行して人類学的な見地からベイトソンがニューギニアでのフィールド・ワークである「Naven」を著すことになるわけですが、その後人のコミュニケーションを認識論に還元した心理療法として継承されることになります。

それで、有名なメーシー会議あたりでサイバネティックスの人らとベイトソンが交流を重ね、ベイトソンによってサイバネティックスに端を発するシステム論的な視点が心理療法の世界に持ち込まれて・・・・という話になって行くことになります。

もちろん、システム思考ということになるといくつもの要素の関係性を考えて行きましょうということになるわけですが、ここから自分が存在している環境に目を向け、自分達の一挙一投足が環境にどのような影響を与えているのだろうか?と思考を広げていった考え方がベイトソンのエコロジー思想ということになっています。

もちろん、このあたりは最近だとフリッチョフ・カプラあたりに引き継がれているように思ってくるわけですが、以下のリンクのエッセーを読むとこのあたりが整理されていて結構面白いなと思ってきます。


(つづく)

 文献
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2012年9月26日水曜日

コミュニケーションと変化の原理


                                     

このタイトルだとポール・ウォツラウィックって感じがするけれど、今日はジョン・ウィークランドのお話。

独り言


今日は、「コミュニケーションと変化の原理」について書いておきましょう。

 人の認識や行動はどのように変化するのか?

今日は手短に。

短期療法の研究機関としてカリフォルニア州パロアルトにあるMRI(Mental Research Institute) の研究内容に個人的に傾倒しているところもあるわけですが、人の行動や認識の変化を認識論に還元したベイトソン・グループの確立した方法論は結構お気に入りというわけです。

もちろん、心理療法にしろ、コーチングにしろ、企業などの組織のチェンジ・マネジメントにしろ、人の認識や行動がどのように変化するのか?という背景になる理論と具体的な手法がないと話にならないわけですが、MRIのジョン・ウィークランドによって書かれた「Communication Theory and Clinical Change」が以下というわけです。


この人の認識や行動の変化はMRI的には認識論に還元され、コミュニケーションにおけるメッセージとメタ・メッセージから説明されるということになるわけですが、このあたりは結局はウォツラウィックのコミュニケーションの公理やベイトソンの Theory of Mind からの派生ということになることがわかってきます。

(つづく)

 文献
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2012年9月25日火曜日

オントロジカル・コーチングの概要


                                     

コーチングなんで当然人の知覚とか認識を扱うわけだし、人間関係とかも対象になるのでやっぱり生物同士の結ばれあうパターンに対応したシステム論を使ったコーチングの方法論じゃないと上手くいかないですよねぇ。(笑)

独り言


今日は、「オントロジカル・コーチングの概要」について書いておきましょう。

 マトゥラーナからの派生

今日は手短に。

日本の書店で手に入るコーチングの書籍でも科学的証拠に基づくコーチング、つまりエビデンス・ベースド・コーチング関係の書籍がちらほら登場してきたように思えます。

それで、個人的に気に入っているのがウンベルト・マトゥラーナのほうのオートポイエシス論、つまり神経科学から派生した認知科学に基づくシステム論をベースにしたコーチングがオントロジカル・コーチングというわけです。

同じシステム論と言っても人の知覚とか認識に対してベルタランフィの一般システム論を当てはめるとちょっと無機的で適当でない気もするのですが、オートポイエシスをもってきたとことには非凡なセンスを感じるのですよねぇ。普通システム論と言えば、システムには目的がある・・・とやってしまったり、入力と出力があることを前提としているわけですが、オートポイエシスだと、目的などなくそこに存在しているとか、システムの入出力はないというようなことが前提になるのである意味パラダイムシフトなのですよねぇ。


そんなわけで、オントロジカル・コーチングはオートポイエシス論と併せて研究、実践の対象なのでしょうかねぇ。まぁ、ライフワークになりそうな感じもするのですけれど・・・

(つづく)

 文献
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2012年9月24日月曜日

プレローマとクレアトゥーラの結ばれあうパターン


                                     

マンマシン・インタフェースみたいなことを考えると人と機械って単純な二元論で分けている発想を使っている時点でダメのような気がしますねぇ(笑)。
独り言


今日は、「プレローマとクレアトゥーラの結ばれあうパターン」について書いておきましょう。

 生物と無生物の結ばれあうパターン

今日は手短に。

どの書籍だったかは忘れたけれど、グレゴリー・ベイトソンが木を斧を使って切る木こりというようなシステムを考えた場合、この精神がどこにあるのか?考えた。

もちろん、デカルトの心身二元論や唯脳論で考えると、木こりに脳があって、これ以外のどこに精神があるのか?というような考え方になる。

これに反してベイトソンは木と斧と木こりというシステム全体にも精神があると考えたわけである・・・・

それで、こういった他愛もないことを考えながら Google 先生に尋ねて出てきたUCバークレーげな人が書いたエッセーが以下。

この中で、プレローマつまり無生物とクレアトゥーラつまり生物の結ばれあうパターンを考えましょうというような形式になっているのだけれども、比喩的に言うと要は F1ドライバーとF1カーの人車一体みたいなシステムを考えこのシステムの精神がどこにあるのだろうか?のような、普通の人からすれば、「おまえは一体何をいっているのだ?」というような内容になっているわけだけれど、個人的にはこのちょっと変態的なシステム思考がちょっとたまらない状態になっているわけです。


(つづく)

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2012年9月23日日曜日

エリクソニアンの見立て


                                     

仕事や日常の場面でエリクソニアン・アプローチを使うと考えた場合、外的世界は原因分析、心や認識は解決指向というような感じで考えないとうまくいかないなぁ。

独り言


今日は、「エリクソニアンの見立て」について書いておきましょう。

 エリクソニアンの見立て

今日は手短に。

まだ、全部読んでいないのですが、結構重要なことが書いてある論文。


エリクソニアンつまりセラピストからみたクライアントについての見立てについてどのようなフレームワークで見るか?ということが書いてあるのだけれど、精神分析のような因果関係で見るようなプローチからのパラダイムシフトを伴うので結構、これを当たり前こととして自分の見立ての方法として持つのは結構難しいのですよねぇ。

(つづく)

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2012年9月22日土曜日

コラボレーティブ・アプローチ


                                     

下手な権威付けって失敗すると悲惨な結果になることになることが多いなぁと思います(笑)。

独り言


今日は、「コラボレーティブ・アプローチ」について書いておきましょう。

 コラボレイティブなアプローチ

今日は手短に。

例えば、心理療法の中の催眠ということを考えた場合にも、セラピストが主導権を握る権威的アプローチ、学術的な検証を行うための標準的なアプローチ、そしてセラピストとクライアントが協力的に行うコレボレイティブなアプローチがあることが知られています。


それで心理療法家のミルトン・エリクソンのスタイルは原則、コレボレイティブなアプローチということになってクライアントとセラピストが対等で協力的な関係を築きながら問題の解決にあたるというのがそのスタイルです。

もちろん、このことが分かっていないと話にならないのは言うまでもないことなのですが、このコラボレイティブなアプローチについて掘り下げて書いてあるエッセーがあったのでリンクしておきましょう。

  

(つづく)

 文献
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2012年9月21日金曜日

ドードー鳥の効果


                                     

手塚治虫のブラック・ジャックのような外科の世界だと、無愛想だけれども腕は一流の医師>愛想は良いけれど藪医者のような構図がだれから見ても明らかなのだけれど、心理療法の世界は往々にして、愛想はいいけれど藪セラピスト>腕は一流だけれどラポールを取るのが下手くその無愛想セラピストという逆転現象が起こるのは面白いところですねぇ。(笑)

独り言


今日は、「ドードー鳥の効果」について書いておきましょう。

 みんなが勝者さ(笑)

今日は手短に。

ドードー鳥というのは不思議な国のアリスにも登場して「みんなが勝者さ」というセリフを吐く鳥というわけですが、心理療法におけるドードー鳥効果[1]というのは少し考えさせられることがあります。

それは、心理療法に効果を与える因子を考えた場合、それぞれの流派の違いという因子よりも、クライアントときちんとラポールを確立するという因子のほうがそれぞれの技法より効果が高いというようなことが知られています。

これを独断と偏見で解釈すると腕はへっぽこでもラポールが上手なセラピストのほうがクライアントから見て素晴らしいように思えるという錯覚が起こりえるわけですが。

結構これが厄介なのですよねぇ(笑)。


(つづく)

 文献


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2012年9月20日木曜日

ミルトン・エリクソン関係の参考文献


                                     

ミルトン・H・エリクソン財団の情報が学術的にも一番しっかりしているように思いますねぇ。

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソン関係の参考文献」について書いておきましょう。

 財団のカタログ

今日は手短に。

また、ミルトン・エリクソン関係の本を読み込んでみようと思うのだけれど、どんな感じで読もうかなぁと思っているところ。

エリクソン財団からカタログが提供されているので結構参考になりますねぇ。



(つづく)

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2012年9月19日水曜日

コミュニケーションにおけるダブル・バインド




まぁ、内容を読んでもらえればわかるだろうから、今日の解説はありません。(笑)

でもこのあたりのウンチクを説明し始めると小一日はゆうにかかるかかるなぁ~

独り言


今日は、「コミュニケーションにおけるダブル・バインド」について書いておきましょう。

でも、ここらへんの研究って50年くらい進展していない気が・・・・(笑)

今日は手短に。

英国バース大のサイトにコミュニケーションにおけるダブル・バインドの事例と対処がのっかっていたのでリンクしておきましょう。


 (つづく)

文献
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2012年9月18日火曜日

システム思考とエコロジー思想(その1)




個人的には、ベイトソンの言っているエコロジー思想は、日本だと天台本覚の「草木国土悉皆成仏」つまり、 動物だけではなく植物にもあるいは山や川、空や海にまで仏性があり成仏するのだという考え方と非常に近いように思えてくるわけです。

独り言


今日は、「システム思考とエコロジー思想(その1)」について書いておきましょう。

システム思考とエコロジー思想との関係

今日は手短に。

グレゴリー・ベイトソンが英国のエンブリッジあたりに生息する無神論者の家系であるところのウィリアム・ベイトソンの家系に生まれたところから物語が始まります。

個人的にはベイトソンが無神論者だったところがキリスト教史観に囚われること無く物事を非常に自由に考えることができたことの一因だったと考えています。

また、ベイトソンの学位はケンブリッジの人類学のMA(Master of Art)だったと思いますが、結局、色々な分野を横断するような学際的な研究、悪く言えば何の脈略もなく興味のあるところのつまみ食いばかり、良く言えば誰も研究したことの無い獣道を邁進しているようなことを行なっていたため、博士号は取得することはなく、晩年まで無冠の帝王のような状態だったのはご存知の通りです。もちろん、コンテンツそのものより、ある分野とある分野の関係性に焦点が当てられた誰にもよくわからない研究、つまり、既存の枠組みに当てはまらないところで研究が行われたというとことが大きな理由のようにも思えてきます。

それで、ベイトソンが研究した足取りをたどるような研究は幾つか存在していて、個人的に面白いなと思った「Understanding Gregory Bateson[1]Recursive Vision[2]「デカルトからベイトソンへ」[3]Gregory Bateson the Legacy of a Scientist
」などがあります。

それで、ベイトソンは心理療法の世界にサイバネティックスに端を発するシステム思考を持ち込んだことでも知られているわけですが、ここで「システム思考とは何か?」「(ベイトソンの言う)エコロジー思想とは何か?」また、「システム思考とエコロジー思想」の間にはどのような関係が存在しているのか?について教育にからめて非常に理路整然と説明されているのが以下の博論というわけです。


全体で480ページ弱の大作となっていますが、要はシステム思考とエコロジー思想の関係性について考えると普段は意識していないメタ・レベルの関係性、あるいはメタ・メタ・レベルの関係性・・・・というようにどれだけ思考の抽象度を上げて考え、それを知覚するのか?という話になってくるように思えるわけです。

 (つづく)

文献
[4] http://www.amazon.co.jp/dp/0807046639/


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2012年9月17日月曜日

メタ・パターンとは何か?




メタ・パターンとは要はパターンについてのパターンということで通常のパターンよりも抽象度の高いパターンということになるわけですが、これが実際にどのような場面で役に立つのか?と聞かれると、まぁ、短期療法のような心理療法の世界か、ITのオブジェクト指向開発のようなところなのでしょうかねぇ。

独り言


今日は、「メタ・パターンとは何か?」について書いておきましょう。

メタ・パターンとは何か?

今日は手短に。

グレゴリー・ベイトソンの言うメタ・パターンとは何か?それは一体どう役に立つのか?について結構分かりやすくまとまっていたエッセーがあったのでリンクしておきましょう。



 (つづく)

文献
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2012年9月16日日曜日

ベイトソンとミードは何を話したのか?




最近、ミードのフィールドワークの手法とか、そのフィールドワークの結果というのが人類学的には結構怪しげな仮説ということで批判の対象になっているのはご存知のとおり(笑)。
独り言


今日は、「ベイトソンとミードは何を話したのか?」について書いておきましょう。

ベイトソンとミードの会話

今日は手短に。

最近、古本屋でルース・ベネディクトの「菊と刀」を手に入れて再読しているところがあるわけですが、ルース・ベネディクトと同様に第二次大戦中に米国OSSCIAの前身)でグレゴリー・ベイトソンやマーガレット・ミードも人類学的な観点からドイツ人とか日本人の研究を進めていたところがあるというわけです。


それで今日はベネディクトの話ではなくてベイトソンとミードの話ということになるわけですが、人類学的な観点から一体どんな会話をしていたのか?というのが伺い知ることが出来るのが以下というわけです。


 (つづく)

文献
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