2012年11月30日金曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編22)ブリーフ・セラピーの特徴(復習)

                               

 物理的な世界の変化はレンガをひとつひとつ積むような連続的で直線的な変化で時間はそれなりにかかる、論理的な認識の世界の変化は、非連続で曲線的で創発的な変化、変化する時は一瞬。それで、世の中の問題は、この相互作用、つまり自己の投影としての物理的な世界、物理的な世界の投影としての認識論的な自己の循環の中で起こっている・・・・

 日常生活や仕事の場面での問題解決について、個人的にブリーフ・セラピーをベースとした方法論に着目している理由は、1)外的環境が劇的に変化する時代に生きている2)その変化に対応するには現状維持の思考では限界がある 3)それで、既存の枠組を超えるイノベイティブな解決策で問題を解決する必要がある・・・ことを前提として考えています・・・・

 それで、「いったいどのようにすれば変化に対応できるの?」「いったいどのようにすれば既存の枠組を超えた問題解決が出来るの?」「いったいどのようにすれば、みずから変化がつくりだせるの?」を考えていって出会ったひとつの方法論がブリーフ・セラピーの方法論ということになります。もちろん個人的に心理学大学院を出たわけではないので、心理療法ではなく日常や仕事上の創造的問題解決手法として活用しているという具合です・・・・

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編22)ブリーフ・セラピーの特徴(復習)」について書いておきましょう。

ブリーフ・セラピーがブリーフ・セラピーであることの条件?

 心理療法家のミルトン・エリクソンを祖とするブリーフ・セラピーの流派については以下で少し書いています。


 それで、エリクソンの技法のうち暗黙知を暗黙知として継承するのは一般的にはネオ・エリクソニアンと呼ばれる人たちであり、エリクソンの暗黙知を一度形式知化して活用しているブリーフ・セラピー系の人たちとはまたちょっと違うところがあります。

その意味では「ミルトン・エリクソンの技法はブリーフ・セラピー的な要素も持っているけれど、ミルトン・エリクソンの技法がブリーフ・セラピー技法と同等ではない」ということになります。また、最近ですとナラティブ・セラピー[1]がミルトン・エリクソンが活用したメタファーや社会構成主義的な技法のつながりで同じ部類で語られることがありますが、源流は異なるところから起こっています。

さて、そういったことを背景にミルトン・エリクソンの技法が何らか形式知化されて取り込まれているブリーフ・セラピーの特徴6つを書いておきましょう。ここでの問は「ブリーフ・セラピーと呼ばれる技法が満たしている条件とは何か?」です。

基本は以下のリンクで書いたことの焼き直しですが、ブリーフ・セラピーは一般的に以下の6つの条件を同時に満たしている必要があります。




  それで、6つの条件というのをエレベーター・ピッチで説明すると以下のようになります。


1.      地図と現地の区別による、問題の外在化
2.      ラッセルーホワイトヘッドの論理階型をもとにしたベイトソンのマインドの理論
3.      異なる物事の間に新しい関係性を見つける、あるいはもたらすメタファー
4.      既存の枠組を超えて学習するアブダクティブ・ラーニング
5.      環境、人間関係、意識-無意識との調和を考慮するディープ・エコロジー
6.      こころの地図に良い意味を持たせる種々の技法やエクソサイズ


もちろん、これはベイトソンがエリクソンを観察して後付でつくった、というところは考慮しておく必要があります。

それで、ブリーフ・セラピーが志向しているのは、「問題を裏返した現状復帰」ではなく「枠組を超えた創造的な問題解決」であることが分かります。その意味では、アインシュタインが言った「We can't solve problems by using the same kind of thinking we used when we created them.問題をつくりだした時と同じ考え方では、その問題を解決することはできない。)」の考え方で問題を解決する手法と言えるでしょう。

 ここで、MRIのポール・ウォツラウィックによれば、ウィリアム・ロス・アシュビーのサイバネティックスの考え方を人や組織に適用し、その一部が変化する一次的変化(First-Order Change)とシステム全体が変化する、変化についての変化である二次的変化(Second-Order Change )の2つのレベルが定義されています。それでブリーフ・セラピーは二次的変化を志向した手法です。


 それで、この考え方はブリーフ・セラピーの治療の対象となっている症状に苦しんでいるようなクライアントにも自分の枠組を超えてその問題を解決することが求められますし、より建設的に問題を解決しようとしているコーチングのクライアントにも適用される考え方でもあります。(例えば、◯◯症で苦しんでいる人も、オリンピックで上の成績を目指すような人も、自分の今もっている問題を生んでいる枠組を超える方向で解決を目指してもらうことには変わりがない、ということになります・・・・)

 余談ですが、ブリーフ・セラピーの格好の良いところは、一般的な心理学の自我という概念に囚われておらず、自己を仏教の五蘊のように動的な関係性と捉えているところでしょうかねぇ。

http://ori-japan.blogspot.jp/2011/12/blog-post_31.html
http://ori-japan.blogspot.jp/2011/09/blog-post_04.html

(つづく)

 文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年11月29日木曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編21)メタの視点

                             

 「そこにあるものを、見えるままに見る」、「そこにある音を、聴こえるまま聴く」、「そこにある感覚を、感じるままに感じる」・・・ということを、意識しないにしろ、意識するにしろ、やろうと思うと、日常的に練習していないと案外難しいのですよねぇ・・・・もっと言うと、ある意味、これが「メタの視点」で問題が外在化された心身状態ですかねぇ、たとえそこが修羅場だったとしても・・・・(笑)

 知り合いの(かなり優秀な部類に入る)外人のコンサルタントに面白い人がいて、コンサルティングを受けるかどうか?を判断するために、機密保持契約を結んで、まずは、工場やオフィスを徹底的に歩きまわることにしているのだそうです。

 それで、チェックリストとか持って、何かを調べ回るようなことをやっているのだろうと思ったら、本当に心を鎮めて、ただひたすら「そこにあるものを、見えるままに見て、そこにある音を、聴こえるままに聴いて、そこにある感覚を、感じるままに感じているだけ」しかやっていないのだそうです。

 それで、情報を収集した後に「身体知」みたいなものまで使って良い結果がイメージできそうな時は、そのコンサルティングを受けるし、できそうにない時は受けないそうなのですよねぇ。でも、そのやり方から始めて、かなり良い結果を出して日経関係の雑誌で取り上げられていたりするのである意味面白いですよねぇ。

 もちろん、全然不思議じゃなくて、私も再現性を持って、これと同じことをやる方法は分かっているし、実際にやっていますけれどねぇ。(笑)

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編21)メタの視点」について書いておきましょう。

「見る」、「聴く」、「感じる」・・・で一次情報を取ることの難しさ

 内容的には昨日の記事の続きです・・・・それで、気軽にソリューション・フォーマット・アプローチについて書き始め、当初は20記事も書けば十分だろうなと、ある意味甘く考えていたのですが、書けば書くほど深みにハマっていって、実質、いつこのテーマが終わるのか?まったく先が見えない状態になっています。(笑)

 もっとも、個人的には、こういう状態も案外面白いと思っているところもありますので、どこまで行けるのか?それは誰にも分からないのですが、当面、このネタで引っ張ってみることにしたいと思います。

 さて、コンサルタントという仕事をしていて、ふと考えることがあります。「これって一次情報?」あるいは、「現場の感覚とだいたい合っているの?」というようなことです。一般的に、コンサルティングを行う場合の最初の出だしが、何らかの紙情報ということも少なくありません。つまり、一次情報か二次情報か?の定義からすると一次情報であるのでしょうが、五感の感覚で観察されたことや実際に動いているお金やモノがデジタルな記号に変換された後の情報ということになります。

もちろん、ここである程度加工された情報を出発点にして始めると「トロの鮨を観察しながら、海で泳ぐマグロを想像している」といった構図になり、「マグロって美味しいの?」の質問には答えられても「マグロはどういう生態で、何を食べているの?」の質問に事実の観察をベースに答えられないということが起こってくるわけです。

それで、事前に収集する情報がすべて無駄だということは無いのですが、やはり、取り扱う課題なりについて、「先入観を持たない状態で」できるだけ現場の観察から始めるのが良いのではないかと考えています。

例えば、「新製品の企画を考える」といった場合も、「既存の製品がどのように造られているのか?」「どのように売れているのか?誰に?」「どのように使われているのか?どこで?」のような質問から実際にその場を観察するにはどうしたら良いか?と考えるといった具合です。

しかし、ここで一つ課題があるとすると、「トンカチを持った人は、すべてが釘に見える」、あるいは、逆に以下のリンクで書いたように、「何か、意図や目的を設定するとそれ以外のものに盲点が出来る、ここではバスケットのパスに集中し過ぎてゴリラが見えない」というようにきちんとした観察が出来ない可能性があるということになってきます。


 そうすると、案外、「そこにあるものを、見えるままに見る」、「そこにある音を、聴こえるまま聴く」、「そこにある感覚を、感じるままに感じる」、そしてそれを記述して文字情報にするというのは結構難しいことのように思えてきます。

只々「見る」、「聴く」、「感じる」、を練習する・・・

 もちろん、ここでは観察者のバイアスを出来るだけ廃した情報を収集する、また、出来事などに対してもそれを外在化して捉える練習を行うことをねらいとしています。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/10/blog-post_12.html

もっと言えば、経営者やリーダー、プロジェクト・マネージャなどの重要な立場にあって非常にストレスのかかる場面で、重要な決断を行う前に事実を観察する習慣を強化するといったこともあるでしょう。

 そのためここでは、以下の練習を2つご紹介しておきましょう。余談ですが、これは仏教のヴィパッサナー瞑想[1]に近い概念だと個人的には考えているのですが、「現代催眠原論」[2]を読むとトランスと瞑想状態には違いがあるということが書かれていました。それで、ここでは心理療法家のミルトン・エリクソンの妻ベティ・エリクソンの自己催眠、それともうひとつは、一般意味論な報告文の作り方から考えたエクソサイズをご紹介しておきましょう。

·        ベティ・エリクソンの自己催眠


詳細な手順は以下のリンクに書いていますが、ここでは事実を観察する「一次経験」の部分だけを使います。


 見えるもの、聴こえる音、感じる感覚を言葉で記述するような形式になっています。



·        一般意味論の報告文のフォーマットを使う



自分の視点から事実を観察する。言葉にして出してみる。この場合は他人が何か行動する様子、特に表情からこういった気持であるに違いないなど、相手の気持を勝手に推測しないように気をつけて、事実を記述するようにしてみましょう。案外、今日は1日「メタ記述」して過ごす日など設けてみたら面白いかもしれませんねぇ。

    主語を「私は」にする
    時制は「過去形」にする
    ビデオ映像で示せるように、行動の言葉で記述する
    形容詞、形容動詞を使わない
    引用をしない

 
 もちろん、「そこにあるものを、見えるままに見る」、「そこにある音を、聴こえるまま聴く」、「そこにある感覚を、感じるままに感じる」が出来るようになると事実が分かってくる、あるいは問題、課題などがある場合は、外在化ができつつあるということになるわけですが、まずは、問題をどう解決しようか?と思案する場合も、理想のゴールをつくる場合も、まずは、こういった観察が出来るようになってからということになると思います。

 また、併せてセンタリングの練習も・・・というところでしょうか?


 それにしても案外こういった基本的なことが難しいのですが、この練習をして困難な状況、敢えて言えば修羅場に強くなっても、そこで何をやるの?ということはあるのですけれどもねぇ。(笑)

(つづく)

 文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年11月28日水曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編20)願いが叶う、絵馬と二重記述

                               

 最近、個人情報保護法案施行のために、絵馬に情報保護シールが用意されている神社があるようです・・・・

個人的にはこのようなニュースから、「一体誰に見られることを防ぐのだろう?」逆に「人に見られることは、目標達成、あるいは目標維持に役にたっていないのだろうか?」という具合に絵馬を取り巻く視点の相互作用を考えるきっかけとなりました。

それで、「質の良い目標設定」つまり、「願掛け」は、1)自分の視点 2)相手の視点 3)メタ視点、の3方向から目標が成就されたところをありありとイメージし、それぞれのイメージが調和したところで、その経験のイメージを「学業成就」とか「商売繁盛」とか「家内安全」と記号化し、その未来先取りの経験を絵馬に記号としてクリッピングすることが、なりより重要だ、と個人的には考えているところがあります。

その意味では、「質の良い目標設定」とは、絵馬に目標を書くという行為より、そこに至るまでに何をイメージしたか?というプロセスのほうがより重要だと考えています。

結論を急ぎますが、「目標の設定と達成」認知科学やサイバネティックスなどの視点から真面目に考えたとします。個人的には、ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンなどを使ってセッションを行い、そして、神社の絵馬に願いを書けば、この願いが成就する確率は高まると考えています。

もちろん、願をかけた本人はその目標の成就を目指して、今ココの瞬間から、うまくいっている例外を DO MORE することを求められることになります。つまり、ちょっと物騒ですが、「関係性」で記述された目標を追尾して、どこまでも追いかけるミサイルのような条件付けを上手に設定し、その目標に近づくため行動の継続が習慣化される必要があります。

それで、ここでのオチである「情報保護シールは目標達成を妨げるのか?」に対する個人的な答えですが、「三方良し」の視点で目標が成就された場面をありありとイメージして絵馬に何か書くというプロセスが重要ですので、これを情報保護シールで隠す、隠さない、ということは、目標達成の点からは、あまり関係ないということになってくると思います。(笑)

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編20)願いが叶う、絵馬と二重記述」について書いておきましょう。

二重記述/多重記述のご利益

 人類学者グレゴリー・ベイトソンの唱えた「二重記述・多重記述」[1]についてUCバークレーげな人が書いた論文を読むと、個人的には面白いなと思うのですが、「これが日常生活や仕事の場面で一体何の役に立つのだろう?」と思う方も多いでしょう。 もちろん、「二重記述・多重記述」の概念は色々なところに応用可能だと考えています。

それで、「具体的にはどのようにして活用したら良いの?」の声にお答えして、今日は、お正月や受験シーズンを迎えるにあたって、目標設定としての「絵馬の書き方」にこの「二重記述・多重記述」を応用した場合のことについて書いておきましょう。

 また、ここで実際に使っているのは、ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンを使ったプロセスです。


絵馬に合格祈願を書く前に・・・

 それで、ここで取り上げる例の状況設定としては、「あなたが受験生でどこかの学校を受験するというような設定でやってみましょう。」あるいは、「あなたが先生で、生徒のコーチングを行う」という場面を想定しています。

 具体的に学生が問題と思っていることは、「第一志望の学校には模試から判断して難しい、理科系は得意だけれど、英語が苦手だ、でも第一志望を目指して頑張りたい」ということにしましょう。

 それで、ミラクル・クエスチョンを聞いてイメージしている奇跡の場面について少し書いておきましょう。



自分の視点からの奇跡:

自分の視点から自分を観察して:
合格掲示板に自分の受験番号が書かれているのが見える。周りの人に胴上げされて宙を舞っている。「気持が良い」そう言えば、テストの時も落ち着いて問題がきちんと解けた確信があったことを思い出した。

自分の視点から相手(他の人)を観察して:
友達がニコニコしながら近づいてきた。「おめでとう」と言ってくれた。担任に報告に行ったら「よく頑張ったな」と褒めてくれた。・・・・・両親が赤飯を炊いて祝ってくれた。


相手の視点からの奇跡:

先生の視点から自分を観察して:
最初は、第一志望の学校には合格しないと思っていたけど、試験近くになってからの伸びと集中力がすごかった、後半グーンと伸びたような感じがする。とにかく嬉しい。

両親の視点から自分を観察して:
何かを達成できたというのはいいことだ、誇りに思っている。入学してからもこの調子で頑張って欲しい。


メタの視点からの奇跡:

ここでは、一般意味論の報告文の形式を使います。視点として、宗教がからない程度に「神の視点」と考えても良いですし、人ごとの視点として「吾輩は猫である」の視点で観察しても良いと思います。

      主語を「私は」にする
    時制は「過去形」にする
    ビデオ映像で示せるように、行動の言葉で記述する
    形容詞、形容動詞を使わない

一例として合格発表の場面をメタの視点から記述:
吾輩は猫である、吾輩は、人間どもが通う、◯◯学校の校庭に設置されている掲示板に合格発表というものが貼りだされているのを見た。人間の通う学校というものは試験というのがあり、それに合格したものだけが入学を許されるのだ。吾輩は、ひとりの受験生(自分)がその掲示板に近づき、それを眺め、自分の受験番号を発見し、ガッツポーズをするのを見た。そして、あたりには同じようなポーズをしているものもいれば、肩を落として立ち去るものもいた。そして、吾輩は、男が胴上げされるのを眺めていた。そのあたりから歓声と拍手が聞こえていた。

一例として先生と生徒のやり取りの場面をメタの視点から記述:
吾輩は、その学生が担任と話しているのを見た。何やら、その学生は第一志望の学校に合格し、その担任に報告にやってきたのだった。吾輩は聞き耳をたてた、その担任は、「最初はダメかと思ったけれど、後半の伸びがすごかったなぁ、よく頑張ったな」と声をかけていた。学生は、「先生のおかげです、ありがとうござました」と言って深々と頭を下げていた。


それで、上の3つの視点それぞれから合格の場面を眺め、それぞれの立場からの身体感覚や気持を統合し、未来の経験を先取りして「学業成就」と簡潔な名詞にして絵馬に書き込むことになります。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html


 このプロセスを説明すると、イメージ的には、夏目漱石の草枕にある一節「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」をもっと建設的に利用した形式になります。つまり、メタの視点からとにかく冷静に事態を眺めた「」、相手や出来事に対して起こる「」、そして、自分自身が目標を達成することにコミットメントした「」それぞれがバランスした状態のスナップショットを当面の目標として設定したことになります。

 ここで思い出すのは、グレゴリー・ベイトソンの言った情報の定義である「A difference that makes a difference.」(違いが生み出す違い)、つまり、いくつかの視点から観察した場面を記述した違いにより情報が生まれることになります。また、一般意味論の創始者アルフレッド・コージブスキーが言った「The map is not the territory.」(地図はそれが示す土地にあらず)、つまり、言葉とモノは違う、事実と解釈は違う、客観と主観は違う、ということになります。ここでは、メタ視点(客観)と自分や相手の視点(客観)と比較することで、「地図と土地の区別をつける」ことを行なっています。

それで、これでひとまず目標設定は終了ということになりますが、もちろんオカルトではありませんから、これだけで「学業成就」というわけにはいきません。

それで、ソリューション・フォーカスト・アプローチを取るのであれば、この後、この奇跡に近づくための今ココの場面で起こっている奇跡の一部、例えば「英語が苦手なのだけれど、文法は得意とか単語を覚えるのは得意」のようなほんの少しの例外をみつけ、それをどのように DO MORE するのか?具体的なタスクに落とし、習慣に落としていく方策を考えていくことになります。

もちろん、ここでは、エクセプション・クエスチョン、スケーリング・クエスチョン、コーピング・クエスチョンなどを活用しながらセッションが進められることになります。

また、折にふれて、絵馬に書いた「学業成就」というキーワードを思い浮かべ、それぞれの視点からの経験を思い出し、この奇跡のイメージに向かって、その実現に近づく行動を継続する必要があります。

 それで、これがグレゴリー・ベイトソンの「二重記述、多重記述」を活用した目標設定の方法ということになってきます。

 余談ですが、小説を書こうと思った場合、今日ご紹介した視点を書き分ける必要がありますねぇ。(笑)あるいは、自分と相手の立場では、映画俳優になったつもりでゴールが達成された時のことを演じてみる、そしてメタは黒澤明監督にでもなったつもりでその場面の撮ってみるという感じですねぇ・・・・要は「経験の先取り」というのはこういったことですからねぇ・・・・・
 
(つづく)

 文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

2012年11月27日火曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編19)As Simple As Possible .

   

  なんでも、「シンプル」であることに越したことはないですねぇ。もちろん、それが状況や環境の「複雑さ」に対応できているかぎりは・・・・という条件が付きますが・・・
 
 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編19)As Simple As Possible 」について書いておきましょう。

いつまでもコンパクトというのは実は進化の一形態ではないかと思います

 個人的にソリューション・フォーカスト・アプローチ(SFA)に対して面白いなと思っている点は、その中核となる技法が開発時から非常にコンパクトな形式で維持されていることです。

 これは、心理療法の技法に限ったことではないと思いますが、例えば、コンピュータのアプリケーションをとってもみても、時を経る事にどんどん機能が追加されどんどん重く複雑になっていくというのが一般的ではないかと思います。

 つまり、時を経る毎に色々な機能が追加され、どんどん複雑になって、ユーザからすると自分に必要ない機能がどんどん増えて、どんどん使い勝手が悪くなっていく・・・・もちろん、こういった様子は日常生活を送っていても至るところに見ることが出来ます。

 一方、SFAの場合、中核技法が非常にシンプルかつコンパクトに保たれていて、ほんの少しの基本技法さえマスターすれば、その技法を組み合わせて色々なところに応用することができるといった具合です。喩えるならば、1セットの道具で色々なことに対応できるアーミーナイフのような感じだと思います。

 もちろん、ここから学ぶのは要求が多様だからといって、それと同じ数だけの道具を用意する必要はないということ。ちょっとマニアックですが、オブジェクト指向プログラミングで言えば、抽象度の高いクラスの中にシンプルだけれど多様な機能を盛り込んでいるような感じというところでしょう。

 それで、世の中が複雑になっている今だからこそ、それに対応する道具はできるだけシンプルなものの組み合わせであるべきだと、個人的には、考えています。これは逆説的ですが、複雑系を相手にしているだけに道具は単純なほうがよいということだとも思います。それで、複雑系とシンプルの相互作用の関係性から多様性が生まれるという感じなのだと思います。

 その意味ではSFAはとても小さくてコンパクトで堅牢なカーネルを持った、軽くてサクサク動くオペレーティング・システムのように思えてくるのですが、シンプルだけれども多様性を持っているのですよねぇ。

(つづく)

 文献
N/A

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年11月26日月曜日

ちょいと気分を変えてミルトン・エリクソン・・・


                                  

 何かを学ぶ時、体系的かつ網羅的であるということは、かなり重要なことではないか、と考えています・・・・

 なんか、網羅的で体系的な日本語で入手できる現代催眠本としては史上最高の凄い本が出ましたねぇ。

 それで、個人的にMRIベイトソン・グループのフィルターのかかっていないミルトン・エリクソンの技法、およびその発展系の技法をどう見るかというところで少し考えさせられました。

 逆の言い方をすると、本書に目を通してみましたが、自分の認識に良い意味でも悪い意味でも、とても強いベイトソン・バイアスがかかっているのがよく自覚できて、やっぱりな、となったわけです。(笑)

   独り言


今日は、「ちょいと気分を変えてミルトン・エリクソン・・・」について書いておきましょう。

はじめの1冊訂正させていいただきます

 今日は手短に。

以下のリンクで「ミルトン・エリクソンはじめの1冊」というタイトルで記事を書かせていただきましたが、


臨床催眠系の日本人の先生方が日本語で書き下ろした、現代催眠を体系的、網羅的に説明した「現在催眠原論」が出ましたねぇ。



日本語で読めるはじめの1冊としてはこっちのほうが最適ですねぇ。訂正します。

それで、日本人の重鎮先生方が日本語で書き下ろしているというのは魅力ですねぇ。

で、よく分かったのは、個人的にベイトソンの視点、エリクソンの技法を求めているところがあって、どの技法を見るのに、ベイトソンのあの理論で考えたらこうだなぁとか、これはウォツラウィックのあの本に書いてあったなぁとか、かなり、ベイトソン・グループのバイアスがかかりまくっているのがよく自覚できたところがあります。(笑)

その意味では、今のところやっぱりベイトソニアンで中々エリクソニアンには成れていませんねぇ。まぁ、エリクソンについての個人的なテーマは「人の認識と行動の変化」なので、老後の楽しみくらいのつもりで最低10年から20年の時間をかけてゆっくり学ぶつもりにしているので、これはこれでいいのかもしれませんけれどねぇ。(笑)
 
 余談ですが、言語パターンは認知言語学のプロトタイプとカテゴリー化の理論で、相対的な全体の中でどの部分に焦点を当てているのか?というような感じで、概念の包含関係とその抽象度をいつも意識して聞いている感じですかねぇ。

 

(つづく)

 文献
N/A

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年11月25日日曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編18)フィードバック


                                  

 コーチングでコーチングがクライアントにきちんと「フィードバック」を行うためには、それが事実の記述だという概念を理解することと、ある程度の練習が必要なのですよねぇ・・・・

事実は自分で選べないけれど、その解釈やそこから起こる気持、あるいは行動というのは選べるものです。

もちろん問題の多くはそのコンテクストで事実と解釈を混同したことで起きているように思ってきます。つまり、そのコンテクストで、それしか解釈がない、それしか取るべき手段がないと考えてしまうこと。それで、この混同をなくすために、一度、事実と解釈の間に線を引いてみるというのもよいのかもしれませんねぇ。

もちろん、一般意味論のアルフレッド・コージブスキーが言った「地図はそれが示す土地と同じではない」あるいは「言葉はものではない」というのは「事実は解釈と同じではない」ということと同義ということになりますし、「地図と土地」の区別をつけてもらうことがブリーフ・セラピーをベースにしている方法論の特徴の一つでもあるわけです。

もちろん、事実と解釈がごった煮になっているところに、コーチが事実が何か?という示唆を与えて、クライアントさんに引き算で自分の解釈に気づいてもらい、そのコンテクストで別選択肢としての解釈や行動がありうることに気づいてもらうことがコーチングのフィードバックのねらいということになるわけですからねぇ。 

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編18)フィードバック」について書いておきましょう。

フィードバックとコンプリメントの違い

一般的なコーチングでフィードバックと言えば、コーチからクライアントへ何らかの情報を返すことですが、そもそも論に立ち返って「フィードバックとは一体何か?」の質問の解答を考えると結構難しい質問をされているように思ってきます。

個人的な理解として、ソリューション・フォーカス・アプローチに基づくコーチングについて考えると、クライアントに客観的な事実を返す、フィードバックと、主観的な気持を表明する労い、承認、賞賛などを含むコンプリメントがあると考えています。もちろん両方とも重要で、フィードバックだけだと何か堅苦しくなりますし、コンプリメントだけだと何か意味もなく褒められていて一体何なんだ、という感じになるようにも思います。

 それで、特にフィードバックとは何か?と考えると、一般意味論の視点からことばの使い方説明した著作「言語力:認知と意味の心理学」[1]に報告文の作り方ということが説明されており、個人的にはこれがフィードバックを行う上で非常に役に立つように思ってきます。

本書によると報告文は以下を満たす必要があることが指摘されています。もちろん、個人的にはコーチングにおけるフィードバックもこれと同じ条件を満たした情報を返すことであると思っています。


    主語を「私は」にする
    時制は「過去形」にする
    ビデオ映像で示せるように、行動の言葉で記述する
    形容詞、形容動詞を使わない
    引用をしない


このガイドラインに従ってフィードバックのための報告文をつくってみましょう。

それで、はじめに、あえてこれに違反した報告文になっていない文をつくってみましょう。


私は、昨日の夕方電車に乗りました。車両がぎゅうぎゅう詰めでとても混んでいました。一人大きな音で音楽を聞いている若者が居てイヤホンから音漏れがしていて、近くに居た私はとても嫌な気持になりました。この前読んだ書籍によると大きな音で音楽を聴き続けると難聴になるらしぃです。


 読んでみるとお分かりのように、事実と主観が入り交じっていって報告文のガイドラインからするとこれは良くない例ということになります。

それでは、これを上のガイドラインに照らしあわせて少し添削してみましょう。


私は、昨日の夕方電車に乗りました。定員100名の車両に200人ほどの人が乗車していて肩と肩がふれあい隙間のない状態でした。私の隣にイヤホンをして音楽を聞いている男性が乗車しており、私は、イヤホンから音楽の音が漏れているのを聞きました。


という具合になります。

もちろん、ここでは事実で考えないといけないといっているわけではなく、前者の主観的な価値観が入った文章から後者の事実を記述した文を引き算すると、あなたの解釈、それに対する気持、ひいては信念・価値観、世界観が垣間見えてくる、ということが言いたいわけです。

それで、ここで、満員電車は嫌だなと思うことも選択肢の一つですが、同じ経験をしていてもそれ以外の解釈が出来るわけですし、行動として、対策を取る、例えば、立ち向かうこともできれば、それを避けるという方向に動くことも出来るということが分かってくるわけです、もちろん、近くの男性が例えば iPodのようなデバイスで音楽を聴いていて、イヤホンから音漏れしているのを聞いて、嫌だなと思う選択肢を取ることもできれば、耳栓をする、あるいは自分のiPod で音楽を聞く、あるいは別の車両に移るなどの選択肢が取れることに気がついてくるわけです。もちろん、こんな軽微なことではなくもっと実害がある場合は駅員に通報するというような選択肢になるでしょう。

 そう考えると、一般的なコーチングの場面で優秀なコーチは、クライアントに、「今悲しそうな顔をしましたね」ではなく「今、ため息をつかれましたが、この件についてはどのような気持をお持ちなのですか?」と質問をするのがフィードバックなのですが、これはコーチの主観的解釈をクライアントに押し付けないだけではなく、別の解釈もあり得るよねぇというメッセージを示唆しているようなところにもつながってくるわけです。

もちろん、心理療法のミルトン・エリクソンを例に取ると、意図的に一般意味論で言う「地図と土地」の混同を示唆している場合もあるのですが、これが混同と理解できるのも、まずはその区別がついているから、と指摘したいと思います。

それで、まとめておくとコーチングでコーチが意識した形式できちんとフィードバックを使っているのか?を考えると結構難しいところもあるように思ってきます。もちろん、何がフィードバックなのかが分かっていないと単なる世間話ということになりますからねぇ。(笑)
 
(つづく)

 文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


2012年11月24日土曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編17)ミラクル・クエスチョン:サンタ・クルーズ・スペシャル

                               

 要は、メタファー、で小難しいことを言うとアブダクティブなロジック、日本語でいうと「なぞかけ」で思考の枠組を超える・・・というお話・・・・

 ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンを真面目にやっていくと最初はどうしても今抱えている問題の裏返しで解決した状態を思い描くようになってしまいます。つまり単純に、今抱えている問題が起こっていない状態がゴールや中間目標という具合です。

 それで、「災い転じて福となす」ではないですが、現状その問題に遭遇したゆえに、よい意味で過去の延長で考える枠組が外れて、当初考えてもみなかったようなゴールを思い描けるようになる、となるためには少しばかり工夫が必要なようにも思えてきます。もちろん、昨日のようにSFAをTOCの3クラウドのように使って現在の枠組を出てもよいでしょう。

 そのようなわけで、ここでご紹介したいのは、ミラクル・クエスチョンと併用してメタファーを使って枠組を超え、当初考えてみなかったようなゴールを思い描く取り組みをしてみたらどうか?ということなのですが・・・・
 
   独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編17)ミラクル・クエスチョン:サンタ・クルーズ・スペシャル」について書いておきましょう。

最終的なゴールは過去の延長では考えない・・・

 ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンのプロセスについて以下で書いています。

 それで、現在抱えている問題を解決することでクライアントは問題空間から解決空間でゴールを描けるようになってくるように思ってきます。

 もちろん、通常のミラクル・クエスチョンを否定するわけではまったくないのですが、例えば、ミラクル・クエスチョンで奇跡の状態をイメージした場合も何か過去の延長を意識した枠組のもとに奇跡をイメージしているようにも思ってきます。逆の言い方をすると、ここでのテーマは「過去の延長で考えない」あるいは「問題の裏返し」で考えないゴール設定となります。



 つまり、問題解決に慣れてきたら、奇跡をイメージする場合の枠組自体を超える努力をするような形式になると、ゴールが創発的なゴールになるため、イノベーションを志向しているような場合は特によいのだろうなと考えているわけです。

それで、これに役に立つのがActive Dreaming [1]の技法(個人的にベイトソンが晩年を過ごした地名からサンタ・クルーズ・スペシャルと勝手に呼んでいます)だと個人的には、考えています。

 この手法は人類学者のグレゴリー・ベイトソンの得意としていたアイソモルフィックなメタファーを当該状況に持ち込むことで、パターンとパターンがぶつかりそこから新しい情報パターンを創発させようとしている取り組みとなります。[2]

つまり、この背景にあるのはベイトソンが言った「The Pattern that Connects.」になりますし、更に云うとベイトソンの生誕100周年記念の論文として寄稿された「The Patterns that Connect that Patterns .」[3]ということになります。もちろん、このActive Dreamingのパターンはグレゴリー・ベイトソンと心理療法家のミルトン・エリクソンの強い影響下にあります。

それで手順を少し書いておくことにしましょう。

意図の設定:今後決断しなければならないこと、あるいは解決したい問題について言葉に出して宣言します。例えば、起業するかしないか?の決断です。

センタリング:以下で書いたようなセンタリングを行います。この時、宮本武蔵の五輪書ではないですが、中心視野を緩め、周辺視野を強めて見るようにします。


安全な場所で歩き始める:上のセンタリングの状態を保ったまま、頭の中の思考を止めて、ゆっくり歩き始めます。部屋の中でも可能ですが、できるだけ色々な物品がおかれているような場所のほうがよいでしょう。それで、心を沈め5-10分ほど歩き始めます。この時、視野、感覚、音などで何か心にひらめく気になるものを捉えるようにします。これがひとつのシンボルとなります。例えば、花、橋、川、窓・・・・

シンボルになりきって感じてみる:ここで、このシンボルを当初設定した意図、決断、問題に関係があると仮定します。つまり、このシンボルと意図、決断、問題の間にアイソモルフィックなメタファー的な関係が設定されたことになります。それで、少し変な話ですが、このシンボルになりきります。例えば、目に入って気になったシンボルが橋だとしましょう。私は橋だとして、「この橋の特徴は何か?」を自分が橋になったつもり、擬人化して少しイメージしてみましょう。そして、その答えは、「深い谷を超えて何かをつなぐ」といったことだったりします。

映画の観客になった視点で:映画の観客になりきった視点で、映画の中に、自分の決断しなければならないこと、あるいは問題とこのシンボルの間にどのような関係があるのか(あまりロジカルにならず)考えてみましょう。要は、「起業の決断」とかけて「橋」と解く、そのこころは?という形式になります。

この場合、起業するかしないか?の決断で、シンボルは、私は橋ということでした。これには色々な解釈が考えられますが、この関係性に着目すれば、例えば、お客さんと製品やサービスをつなぐ人になれるかということが課題。というようなアイディアも出ますし、逆に、顧客とサービス/製品をつなぐような具体的なアイディアが出なければ起業は少し待ったほうがよいというような結論になるのかもしれません。

 もちろん、メタファーのロジックは通常の帰納法や演繹法ではなく、チャールズ・サンダー・パースの言うアブダクションというロジックであり、演繹法のように前提が正しいので結論が正しいというわけにはいかないため、ある意味、ちょっとした高級な占いのような感じで参考に留めるほうがよいでしょう。

 もちろん、このアイディアを How のロジック・ツリーに具体的に落として施策や意思決定を検証することで当初考えていなかったような、現在の枠組を超えたアイディアや決断も出てくることも多いですし、ベイトソンの言う自分の無意識から出てきている自分の本当に望んでいる解に近づいているとすると、案外バカに出来ないとこもあるなと考えている今日この頃だったわけです。

 もちろん、ここでは、この手法をミラクル・クエスチョンの一部として活用して、過去の延長上に無いゴールを思い描くという場合に活用していることになります。それで余談ですが、思い描いたイメージを習慣化する場合はミラクル・クエスチョン、過去の延長にとらわれないゴールを描く時のヒントにするための Active Dreaming とこれはこれで併用すればよいように思っています。

(つづく)

 文献


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com



2012年11月23日金曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編16)TOC 3クラウド法をソリューション・フォーカスト・アプローチでやってみる


                                  

ごく簡単にいうと、3つの問題が同時に解決した「奇跡」の場面をミラクル・クエスチョンで思い描いたらどうなるの?というお話。もちろん、その「奇跡」に近づくために、今ココの時点から、事実としてうまく行っている例外を探してそれを DO MORE するということになりますが・・・

 TOC(Theory of Constraints )の方法論の中に、3クラウド法と呼ばれる手法が用意されています。

これは、現在起こっているいくつかの問題は、ほんの1つか2つの中核の対立を根本原因として起こっている、という前提があり。この中核となる対立(おそらくルールとか信念・価値観として存在)を素早く見つけれて、この対立を解消する方向で、これに対処することでこの対立の影響下にある現在起こっている問題すべてを同時に解決するために活用される手法です。

もちろん、この手法を現場で起こっている問題に適用する場合には、コンサルタントがねじり鉢巻を巻いて、収集した事実を的確にロジカル・シンキングを用いて整理しなければならないようなところがあります。

それで、コンサルタントの経験がない人だと、ロジカル・シンキングでもって、自分の抱えている課題から3つの対立構造を抽出して、それをメタに統合して、そのメタの対立をリフレーミングするなりして解決してもらう方向になりますので、結構厳しいかなぁと考えていたわけです。

でも世の中良くしたもので、ソリューション・フォーカスト・アプローチを使うと、これとまったく同じことを、あまり難しいことを考えないで、頭の中のイメージ操作と現場からの例外的に成功しているバターンを DO MORE することで、TOC 3クラウド法と同じことが出来るイメージワークというか、プロセスワークが提供されていることに気づいたわけです。

もちろん、こちらは、ブルース・リーではないですが、「Don’t think , Feel !!」で見つけた例外を DO MORE するわけで、ロジカル・シンキングの必要はないことになります。

しかも、TOCの3クラウド法では、対立を解消する方法が分かっても、それを実行し続けて習慣にしてもらうところで工夫が必要なのですが、これだと現場で実践しているだけで、問題解決が行われ、かつ行動習慣にもなっているということになります。

その意味では、やはり伊達にネットにソリューション・フォーカスト・アプローチについて書かれた博論が落ちているわけではない、と思ったわけです。

もちろん余談ですが、こんなのが分かっちゃうと、行動習慣の改善系や信念変更系の自己啓発に高いお金を払うより大学院で真面目に勉強したほうが結局安上がりで効果大ってことが分かってくるのですよねぇ。(笑)
 
   独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編16)TOC 3クラウド法をソリューション・フォーカスト・アプローチでやってみる」について書いておきましょう。

TOCの3クラウド法をロジカル・シンキングではなくプロセスワークで・・・

TOCに3クラウド法という手法があります。[1] これについては以下のリンクで書いています。


 要は、現在、現象として認識されている問題は、ほんの一つか二つの中核の対立から起こっているという前提があります。つまり、より抽象度の高い対立により規定されているというわけです。

 それで、それでこの手法は3つの問題を対立構造(ベイトソンのダブルバインドのような形式で表記)もう一段抽象度を上げてメタに統合し、そしてロジカル・シンキングでもって、そのメタの対立構造の対立解消を試みる手法というわけです。


これは、ちょっと専門的になりますが、根本的な対立は、オブジェクト指向のスーパー・クラスみたいなもので、これをいじると、その属性を継承するクラスやインスタンスに変更が引き継がれるというようなことになります。つまり、抽象度の高いスーパー・クラスのレベルの対立を直すとそれより抽象度の低いクラスやインスタンスに基本的には変更が引き継がれ下位レベルの対立が自然に解消されるというような仮説に基づいています。

 もちろん、こんなことを書くと、妙にマニアックで一体何をいっているのだ?ということになりますし、結構、緻密なレベルでロジカル・シンキングをしないといけないため結構難しいのかなぁとも思うわけです。

 それで、ソリューション・フォーカスト・アプローチのゴール設定のやり方を読むと以下が書かれています。


The characteristics of useful goals :

    They are multiple and various .


 もちろんこれは最終的なゴールでも、もう少し手前の中間目標でもいくつかの異なる種類のゴールを設定する必要があると個人的には考えています。

 逆の言い方をすると、ソリューション・フォーカスト・アプローチのやり方に少し慣れてきたら、ひとつひとつの問題を解決するのではなく、3クラウド法にならい、3つの課題を同時にまるめて、ミラクル・クエスチョンのプロセスにのせるとロジカル・シンキングを行わなくても、自身の行動を制限する、より抽象的なレベルにあるルール、あるいは信念・価値観を言語化して明示的に取り扱わなくても、取り扱えるなと気づいたわけです。

 つまり、複数の問題が同時に解消された様子をミラクル・クエスチョンのプロセスワークを通じてイメージし、それが実現するような方向で今ココの事実から、上手くいっている時の例外を見つけ DO MORE し続けると、いつの間にか、現在もっている、より抽象度の高いレベルいあるルール、信念、価値観といった中核の対立が解消される方向でその習慣が強化されることになっている、というわけです。

 

 その意味では、なるほどよく出来た、エクソサイズですし、まさに「Don't think , Feel !!」と感じて、行動し続けるというのはこういうことだったのだなと改めて気づくことになったわけです。以下のリンクで書いた、心理療法家のジェイ・ヘイリーが見たミルトン・エリクソンの心理療法と禅の共通性はこういったところにあったのかもと思えてきます。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/06/blog-post_09.html

 それで、余談ですが、信念・価値観を言葉で明示するようなアプローチがあるわけですが、企業の問題を解決するならいざ知らず、個人的な問題を解決する時はあまり役に立たなないのではなかと思います。その理由は、あたまで分かっても体で分からないし、行動として習慣になっていないから・・・とちょっと思ったところだったわけです。つまり、それを強化する行動が伴わない言葉だけのリフレーミングはやはりその影響範囲が言葉だけということなのでしょう。

(つづく)

 文献