2013年12月4日水曜日

サイバネティクスと仏教と



 人類学者のグレゴリー・ベイトソンの著作「精神の生態学」の中に記載されていましたが、アルコール依存症の人の自己のモデルをサイバネティクスで説明した「cybernetics of self a theory of alcoholism」という論文が秀逸です。

それで、個人的には少し遊心を出して、神経科学者のフランシスコ・ヴァレラがその著作「身体化された心」で行なったように自己のモデルも含めて認知科学と(中観派の)仏教との接点を探ったらどうなるのか?という疑問が湧いてくるわけです。

それで、 Google 先生に聞いてみると、チベット仏教の「ゾクチェン」という心の状態を達成するためのプロセスをサイバネティクスで説明したサンノゼ州立大学の先生の論文が見つかるわけですが、言っていることはある程度理解できるわけですが、実際こういった心の状態が経験できるか?と言われると別問題になってくるわけですねぇ。まぁ、当たり前なのですが(笑)。

ひとり言


サイバネティクスとチベット仏教の「ゾクチェン」の境地

 個人的には、結構、「サイバネティクス萌ぇ」的なところがあるわけですが、何か物事を観察する場合、例えば、IT機器の動作から、プロジェクト管理、果ては、心理療法からコーチング、人間関係まで、サイバネティクスは非常に有効なメガネ、つまりどんなパターンで物事が起こっているのか?を発見するためには非常に有効な補助線となるように思えてきます。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/02/it.html
http://ori-japan.blogspot.jp/2013/02/blog-post_27.html

 それで、神経学者のフランシスコ・ヴァレラがその著作「身体化された心」の中で、認知科学と仏教の共通点を探っていたように、

http://ori-japan.blogspot.jp/2013/11/blog-post_7.html

きっと誰かがサイバネティクスのメガネをかけて仏教を眺めているようなところがあるのだろうなぁ・・・・と思って Google 先生に聞いたところ見つかったのがサンノゼ州立大学の先生が書いた「A Cybernetic Approach to Dzogchen」[1]というエッセーだというわけです。

 ゾクチェンとは[2]

ゾクチェンとは、ゾクパ・チェンポというチベット語の短縮形で、「大いなる完成」(大円満もしくは大究境)、すなわち、すべての生きとし生けるものに、最初から内在的に備わっている心の本然の状態、すなわち「あるがままで完成している心の状態」もしくは「原初の境地」を意味します。


 とありますが、上のエッセーでは、この超マインドフルネス状態のような「ゾクチェン」という心の状態がどのような状態であるのか?また、どのようなプロセスを経ればその心の状態になれるのか?をサイバネティクスで記述したエッセーということになるわけです。

 もっとも、このプロセスを回したからといって「ゾクチェン」の心身状態が経験できるかどうか?は不明なわけですが、少なくともサイバネティクスで記述することでその再現性は向上することになるのでしょう・・・・・・サイバネティクス恐るべし・・・・
 

(つづく)

文献
[2] http://dzogchencommunity.jp/tb01.html

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