2014年6月30日月曜日

家族療法と組織開発



  組織の問題とか課題を取り扱う時、目に見えている問題って案外単なる現象だったりするので、組織を一つのシステムと見て、その現象の奥にあるパターンみたいなものを取り扱わないと、上手くいかないのだよねぇ・・・・・(笑)。       



家族療法と組織の動力学

 個人的には臨床家になろうという企みはまったくなくて、今のところインチキなコンサルタントで、これからもしばらくそうだと思うのですが・・・・・(笑)。

 で、以下のリンクで書いたようプロジェクト・マネジメントにおける『チェンジマネジメント』ですら、組織をひとつのシステムとして捉えて介入を行う短期療法や家族療法の知見が必要とされているようなところがあるわけです。


 それで、やはり組織の動力学的なところを扱おうとすると、やはり家族療法の知見を学んでおかない手はないだろう・・・・という結論が必然的に導かれることになってきます。
 それで、Slideshare にあったプレゼン資料を読んでいたわけですが、これが中々よくまとまっていて面白いなぁ、と思ったわけです。

 で、個人的に大体理解しているのは、サティアとMRIとエリクソニアン・アプローチとSFAとヘイリーの戦略派とミラノ派くらいなのですが、これから、ボウエンとかミニューチンとかちょっと勉強してみるのかなぁ?と思ったところでもあったわけです。



(参考)

(つづく)
文献

N/A



記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想、執筆、講演のご依頼はこちらまで tritune'`@''gmail.com




2014年6月29日日曜日

マインドフルネスと瞑想と



  目的にばかり四六時中焦点を当てていると疲れちゃうのだよねぇ・・・(笑)    
       



時にはゴール、目的に焦点を当てない時間を・・・・

 ビジネスのモードで四六時中あれこれ頭を働かせていると何か疲れてしまうようにも思うわけです。

 で、ここでビジネスのモードといっているのは、「成果」という名前のデジタルな目標に対して何かいつもファイティングポーズを取っていなければいけないというような構えで、これが何らかの疲れにつながっているなと・・・・

 で、もちろんこんなスタイルを全面的に否定するわけではないのですが、『目的論的』な思考パターンの反対側として『非目的論』、もっともいうと何かが「現れ」そして「消えていく」というように『存在論的』に単なる傍観者の視点を立てて、物事の阿吽を粛々と眺めているだけ、というモードもないといけないのだろうなと思ってくるわけです。

 それで、最近、マインドフルネス瞑想のようなことに焦点が当たってきているところを見ると、目的を持たないで過ごす時間を持つ重要性に気づいてきた人たちもいるのだろうなぁ、と・・・・

 それで、「Mindfulness and Meditation[1]という、心理学的な視点からマインドフルネスと瞑想について書かれたエッセーを読んでいたわけですが、体系的に書かているのと、怪しいところがまったく無いのが良いところなのでしょう。

 それで、マインドフルネスとは今ココに起きていることを、現象学的還元みたいなモードで判断を止めて、メタの視点を立ててひたすら観察する、というところから成り立っているようなところがあるわけですが、シンプルながら、真面目にやろうとすると結構難しいように思ってきます。

 で、これを実践するには、 Google で 「vipassana meditation pdf」のキーワードで検索すると、やり方を書いたPDFは色々出てくるので、こういったドキュメントを参考に色々試してみるというのはありなのでしょう。

 で、現れてくる身体感覚に焦点をあて、それが生まれて、消滅する、諸行無常や無自己みたいなところにだけを意識してみると、案外自分が囚われている、小さな、目的みたいなところに気がついていくるというのも面白いのだと思います・・・・・・
 
(つづく)
文献

[1]https://www.indstate.edu/psychology/docs/clinical_faculty/Marlatt_and_Kristeller_-_APA_Ch.pdf



記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想、執筆、講演のご依頼はこちらまで tritune'`@''gmail.com





2014年6月28日土曜日

マインドマップと一般意味論(その22)



 人は何らかの枠組みから物事を見ている

 逆に言うと、案外この枠組を外して子供のような心で物事を観察するのは案外難しいのですよねぇ・・・・(笑)。

で一旦、この枠組を外して物事を観察し、

 良い意味でもういちどこの枠組を再構築するにはどうしたらよいのか?・・・・

 というのが今日のお話・・・・・・


 人は経験からつくられた枠組みを通して物事を見ている

 私たちは、いままでに経験した出来事から帰納、一般化された枠組みを通して物事をみているわけであり、逆にいうと今・ココで起こっていることをありのままに観察することは非常に難しいのだなぁと気づくことも少なくありません。

 例えば、ベランダにやってくるスズメを観察してみる、おそらく、スズメなんてみんなおんなじであって、「あぁスズメか!」と思う程度で、11羽に個性があってそれを見抜こうなんどということは誰も考えていないでしょう(笑)。もちろん、スズメ1羽1羽の個性を見抜けなくても日常生活には何も支障はないのでしょうけれど・・・・・

 もう一つの例として、子供の頃、たった一度犬に噛まれた経験から、「犬が怖い」というような一般化された枠組みをつくっていて、会う犬、会う犬にそれが、小さかろうが、大人しい性格だだろうが、すべての犬に適用して、犬を怖がっているとしたらそれは問題のようにも思えてきます。

 それで、人の性質として「一を聞いて十を知る」ではないのですが、自分の経験したほんのいくつかの経験から何らかの枠組みをつくっていて、次に似たようなことが起ると、事実を観察するというよりも、この枠組を演繹的に適用して「白か黒か」のように二値的に判断しているようにも思ってくるわけです・・・・・要は『過度の一般化』が起こっていて、人は事実ではなくて過去の経験から身につけた枠組みに対して反応しているという具合です。

 ですから、案外、人というのは過去に身につけた「枠組み」、もっというと「信念」や「価値観」を通して観察しており、今ココで起こっている事実を事実としては見ていないようなところがあるようにも思ってくるわけです。

 それで、このように『過度の一般化』によってつくられた枠組みを一旦保留して、今ココの事実に即して物事を見てみましょう、という試みが意識的に行うことのできる『インデクス付け』[1]ということになるわけです。


 で、まずは、同じと思っている物事について番号を付けて意識してみるのがこれにあたります。例えば、前の例だと、スズメ1はスズメ2ではない。犬1は犬2と同じではないという具合。

 もちろん、ユニークな名前を付けても良いのですが、このようにして違いを見つけてみるというのが次のタスクということになるわけです。


 そして、二値的に「白黒」とか判断することを一旦保留して、出来事を五感で観察してみる、一瞬ー一瞬に焦点を当てる、そして、起こっていることだけに正確にコトバのラベルをつけてみる・・・・・


 それで、普通は過去に身につけた枠組みから未来を予測するのをやめてみる、とか。
この背景にある、いつも当てはめているルールに当てはめてみる、そして、そのルールに当てはまらない例外に焦点を当ててみる・・・・・・というような感じでやってみると良いのでしょう。


 で、この話がマインドマップにどのように関連してくるのか?ということなのですが、結局、ブランチを書いてそこに単語やシンボルを書いているという行為そのものが経験に対する『インデクス付け』ということになるわけでしょうから、自分の経験にいかに上手にインデクスをつけ、区別をするものは詳細なレベルで区別をし、いかに良い地図を構築するのか?という話になってくるわけです。


(つづく)
文献

[1]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf



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2014年6月27日金曜日

マインドマップと一般意味論(その21)



 どのように自己認識と意味反応がつくられてきたのか?

 どんな経験を経て、出来事に対するその反応がつくられているのか?
 に着目するのはありなのでしょうねぇ。

 もっとも、それを通して「自分は何もの?」って自己認識をどのようにつくってきたのかを意識することのほうがもっと重要なのかもしれませんけれどねぇ(笑)。 



 タイムバインディング

 
  マインドマップの開発者であるトニー・ブザン氏には悪いけれども、やはり、マインドマップが大きな影響を受けている「一般意味論(Gneral Semantics)」のロジックに戻して書くことで、より印象に残る、確実にインスピレーションが湧いてくる、真の意味で思考や行動のパターンに変化をもたらすマッピングが可能のようにも思っているわけです。

 それで、一般意味論に戻すことで、見てくれとして立派なマインドマップを書くというのが目的ではなく、あくまでも自分が知覚・思考を行う補助線として使うことが大事で、要点は見てくれよりも、プロセスとロジック、特に一般意味論の「デバイス」と言われている概念との合わせ技が何より重要だと考えているわけです。もちろん、個人的にはマインドマップと呼ぶよりも 「GSマッピング (GS: General Semantics Mapping)」と呼ぼうかと思っているわけですけれども(笑)。

 それで、今日はタイムバインディング(個人的)な話を少々。

一般意味論のタイムバインディングの概念は何だったか?というと。人は、自分の経験を抽象化し文字や記号に残すことが出来るので、経験に裏付けられた智慧を別の世代に継承できるということがあげられたわけです。例えば、現代にも残されている古文書を読むと、いつ地震があったとか、津波がどこまで来たとか火山の噴火ではどこまで火砕流の被害があったとか、直接その時代からの言い伝えではなく、その古文書の文字や記号を読むことで我々現代に生きている人間が活用できるようなところがあります。

 もちろん、スーザン・コーディッシュ女史の「USING GENERAL SEMANTICS[1]を読むと、このタイムバインディングは、時間的なタイムラインを意識し、個人的な経験を引き出して、現在取り組むべく課題に対する資源・資質(リソース)を見つけるためにも活用できることが分かってきます。

 もちろん、時間の経過というのは何かの変化を見ることで意識できるものであり、特に、過去、現在、未来というような時間に関する概念というのは、あくまでも概念としてのみ存在するということになってくるわけですが・・・・・

 上手くやっていた時の経験は何だったか?
 何が見え、何が聞こえ、どんな感じだったのか?
 その時の身体感覚は?
 その経験を短い単語で言ったら何か?
 それを記号やシンボル、あるいはメタファーでいった何か?
 ・・・・・
 その記号やシンボル、あるいはメタファーを現在の問題解決をしなければいけない状況に持ち込んだらどうなるのか?
 ・・・・・・
 のようにして、現在に資源・資質(リソース)を持ち込むというわけです。

 それで、少しこのタイムバインディングを意識してみましょう。もちろん、ここでは未来志向で使ってみるのが重要なのでしょうけれども・・・・・

 で以下のような質問。




 それで、これがマインドマップにどのように関係してくるのか?というお話になるわけですが、過去の原因を探るのではなくて、未来の課題の解決のために、資源資質のパターンを過去から取り出し使ってみましょう・・・・タイムライン・・・・なり、どのようなプロセスを経てそうなったのか?を意識してみて。

 そして、今ココを意識して、その出来事や自分自身を受け入れてみましょう・・・・ということになります。



(つづく)
文献

[1]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf

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2014年6月26日木曜日

マインドマップと一般意味論(その20)



 How Why の違い

 コンサルとかやっている人でも、Why ロジックツリーで原因仮説を書いたタテの理由と、TOC 思考プロセスのようにヨコのプロセスをHow で書いた事実認識の連鎖、の違いを分かっていない人が多いからなぁ・・・・・・(笑)。
 


 質問のフォーマット

 コーチングのような場面ではなくても、「質問」というのは深い概念です。

 つまり、「質問」というのは誰にもできるたわいもないものです。しかし、良い「質問」を行うことで、日常生活や仕事で卓越性を発揮したり、問題解決を行うような場面で、上手に事実確認をし、課題のパターンを把握し、課題や問題に上手に対処するための認識を行い行動を導くことが出来るわけです。

 それで、一般意味論ではこの質問のガイドラインというかフォーマットがどのように考えられるのか?ということは非常に興味深いところでもあります。

具体的な解決策や行動を導く質問をする

 以下のリンクで書いていますが、そもそも質問は具体的な解決策や行動を導くために行う必要があります。もちろん、局所的で瑣末なところに焦点を当てないために一旦は意図的に混乱させるということはあるのかもしれませんけれども・・・・・


  ショボイ自己啓発ではないのですが「私は成功するのでしょうか?」といったしょうもない質問をする代わりに「仕事の面接にパスするためにできる最適なことは何だろうか?」という具合に具体的な解決策や行動を導くような質問を行う必要があるわけです。

 Why 」ではなく「How」を尋ねる質問をする

 一見「How」の質問はノウハウを聞く薄っぺらい質問のような気がしますが、実はそうではなく、これが認識論の根幹に関わる重要なことだと気がついてきます。
 「How」は例えば、「How do you know ? (どのようにしてそれが分かったのですか?)」のような質問ですが、これには3つの重要な意味があります。

  • プロセスに戻す:1つは、出来事がどのようなプロセスを経てそこに至ったのか?プロセスに戻しての事実確認をしていること。
  • 観察者の五感に戻す:2つめは、それを観察者がどの五感を経てそれを得たのか?の観察者側の知覚を確認していること。
  • メタ認知:3つめは、物事をプロセス化して観察者側にそれを外在化して認識できるようにメタ認知を促していること。
 
 それで、認識論ベースのコーチングや心理療法はまさにこのプロセスが上手く機能するかどうか?というところが重要成功要因になってきます。
 例えば、認識論ベースの質問では「Why do you want that ?」のように質問するのはおすすめではありません。その代わりに「How do you know why you want ?」のように質問するということになります。つまり「あなたが望んでいることを、あなたはどのようにして分かるのですか?」という具合です。

3つの質問に還元する

 で、認識論ベースの質問は以下の3つに還元することができます。[1]
  • 何を行ったのか?
  • どのようなプロセスで行ったのか?
  • それをどのように評価しているのか?

 それで、マインドマップの話にこれがどのようにつながるのか?ということになるわけですが、こまったらとにかく How の質問をして、1)プロセスに戻す、2)五感の感覚に戻す、3)プロセスをメタ認知する、ということを支援するような形式で聞いていく、ということになるのだと思います。

 もちろん、ブランチに載せるためには、一旦、具体的にして流動化したプロセスや認識を抽象化した短い単語(名詞)やシンボルに戻して固める、必要はあるのだと思いますが・・・・・で、そのプロセスに関連付けられた単語、シンボルどうしの関係性を見ていく・・・・そうすると何か違う世界が見えてくる、という具合になるのだと思います・・・・・・・






(参考)

(つづく)
文献

[1]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf

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2014年6月25日水曜日

マインドマップと一般意味論(その19)



 人は事実ではなく意味に反応している

 かなり単純化してみます、

 事実としてコップに半分の水がある場合を考えてみましょう、
 人は、コップ半分の水という事実に対してその人なりの意味をつくり、それに反応することができます。

 例えば、コップ半分の水を見て「コップ半分の水がなくなってしまうと思うと、不安で不安で仕方ないのです」というような具合に反応するという具合です。

 ここで、面白いのは、事実ではなく、自分でつくった意味に反応していることがわかります。

 で、更に言うと、この反応を変えるには意味を変える必要があることも分かってきます。

 一例として、その不安というのは逆手にとって、反応に対する反応・・・・に焦点を当てることで別の意味をつくり別の反応を引き出すことが可能です。

 例えば、「では、不安で不安で仕方がない、ということは自信を持って言えるのですね?」とか、「確実に不安になる、ということを確信しているのですね?」と尋ねると、別の意味を引き出し、違う意味反応を引き出すことになってくるわけです。
 
 もっとも、コーチングの承認ではないけれど、

 「不安になることを認める」とか
 「不安になることを受け入れる」とか

 反応に対しての反応を引き出すことで、実はその意味は変わっていくことになるわけです。もっとも、最後はその反応と最適な心身状態をもってして現実に向き合う必要があるのでしょうけれども・・・・・


 反応の反応・・・に着目する

  一般意味論の前提に「地図は領土ではない」があります。

 もっとも、これについて書くと、この一つは「コトバはそれが示すモノと同じではない」という意味になりますが、もっと正確にいうと、構造微分[1]と呼ばれる人の知覚・認識を表したモデルのプロセスにおいて、当該プロセスと全段階のプロセスは同じではない、(例、出来事は、第一次表象とは違う、第一次表象はコトバ[第二次表象]とは違う、推論と記憶は違う・・・・)というのが正確なところです。

また、2つめの前提として「地図はすべての領土を表していない」、そして3つめの前提として「地図は地図を参照できる」というところがありました。

 で、ここでの話題は、3つ目の「地図は地図を参照できる」その一例として「コトバはコトバを参照できる」ということについての話題です。

 一般意味論にマルチ・オーディナリティという概念があります。簡単に言うと、出来事に対する反応に対する反応、その反応に対する反応というようにやっていくと、別の反応や良い意味での別の心身状態を引き出すことができるという概念です。



 で、これがマインドマップとどのように関連してくるのか?

 マインドマップを地図と考えると、事実からは少し離れて、妄想でも一旦理想的な地図はどうなるのだろうか?と考えてみて、そこになんらかの確信を持つとか、そのマインドマップを受け入れてみると、どのような変化が起るのか? 

 そこに着目してみるのはありなような感じがしてくるわけです。

(つづく)
文献

[2]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf

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2014年6月24日火曜日

マインドマップと一般意味論(その18)



 知覚・認識プロセス自体を認識する

 一般意味論はある意味、認識論(Epistemology)に基づいた方法論です。

 つまり、「何をどのように認識しているのか?」の質問に還元して、自分の情報処理のプロセス自体を対象にして、一歩離れてそれを自覚してみるところから始めるという具合です。

 例えば、「問題解決」というような場合。

 ここに一般意味論を適用すると、「問題」って言っているけれど、「問題が問題であることをどのように認識しているのか?」というように、とっかかりとして、その事実認識と、(別のレベルで行われる)評価、判断のプロセス、あるいは(もっと別のレベルにある)隠れた前提に着目することになります。

 それで、プロセスを一歩引いて眺め、「五感による事実認識」、「推論」、「評価、断定」、「推論の仮定、前提」・・・・「その意味」・・・・というようにそれぞれに区別を付けてみる・・・ことになります。で、個人的には、この区別をつけるのが「頭の整理」にあたる、と考えています。もっとも、人の知覚や認識をプロセスに戻して考える場合にも、情報の「抽象度」の高い低いというのあるので、それをどう認識するのがポイントと言えば、ポイントなのですけれども・・・・

 それで、もともと一般意味論の影響を受けて開発されたマインドマップは自分の知覚・思考をプロセスを書き出して外在化して眺めるような格好になっているので、まずは、つらつらブランチを書いてみて、「五感による事実認識」、「推論」、「断定」、「推論の仮定、前提」・・・・「その意味」・・・・というようにそれぞれ区別をつけて自覚してみるところから始めるのはありだと思っているわけです。

 もっとも、問題解決をするには・・・・「隠れた仮定」に気づいて、これをひっくり返すなどして、枠組みを超えた解決策を見つける必要があったりするわけなのですけれどねぇ・・・・(笑)。こうすることで、単純にアイディアを得るだけではなくて、認識や行動がよい意味で変化することになるでしょう。


 抽象過程の自覚


 そもそも論として、なぜ、マインドマップのロジックをマインドマップが大きな影響を受けている一般意味論に戻す必要があるのか?
 
 これは非常に大きなテーマでもあります。

 これを簡単に説明すると、コーチングや心理療法ではないのだけれど、問題に対する解決策がひらめく、というだけではなくて、何か目標を達成するための認識や行動を根本的なところから変化させたいから、ということがあります。これは、MRIで短期療法を研究していたポール・ウォツラィックの言っていた第二次変化 (Second-Order Change)、つまり「変化」が「変化」するレベルをねらっているところでもあるわけです。

 なので、マインドマップを一般意味論で書いてみたらというのが第二次変化を起こすための思考実験だというわけです。
 
 さて、一般意味論の概念に構造微分(Structural Diffrential )があります。[1]

これは、人が外的出来事を起点として五感から情報を取り込み、神経系の中で情報が抽象化され、どのように反応しているのかを示すモデルです。


 それで、このモデルに即して、自分がどのように情報を処理しているのか?その時どのような気持ちになるのか?どのように反応しているのか?を一歩下がってメタ認知して自覚してみましょう、と言ってるのが「抽象過程への自覚(Consiouness of Abustructing)」ということになります。[2]

 で、実際にはマインドマップなどをつらつら書いた後に眺めてみて、区別を付けてみるのが良いのだろうなぁと思っているわけです。

 例えばこれを行うための質問は以下ということになります。








(つづく)
文献

[2]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf

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