2014年8月31日日曜日

エリクソニアン・アプローチとシステミック・アプローチとの整合性


  
  結構、深い話だなぁ・・・・                                                                             

 


エリクソニアン・アプローチとシステミック・アプローチとの整合性

  今日も、手短に。

 「Family hypnotherapy: Erickson or systems? [1]というエッセーを読んでいたわけですが、エリクソニアン・アプローチとシステミック・アプローチの2つをどのように整合性を取っているのか?ということが書いてあるわけですが、これが案外深い内容です。 

(つづく)
文献




記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。またの内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想、執筆、講演のご依頼はこちらまで tritune'`@''gmail.com




2014年8月30日土曜日

なぜ、組織が変わるのは難しいのか?


  
  一人ひとりの思考や行動の変化は、心理療法的なアプローチで対応できても、それが組織になった時、組織としての思考や行動の変化をマネジメントするのはやっぱり難しいですよねぇ。まぁ、もちろんこういうことは規模の大小を問わず、営利、非営利を問わず団体であれば例外なく当てはまる話なのかもしれませんけれども。

 で、要は倒産間際とかかなりピンチに追い込まれて、本当に変わらなくてはならないというようなところに追い込まれないと変われないねぇ・・・・ということのようですねぇ。 

 


なぜ、組織が変わるのは難しいのか?

  今日も、手短に。

 カリフォルニア州パロアルトにある心理療法の研究機関であるMRI (Mental Research Institute) で研究をしていたポール・ウオツラィックの用語を借りると、要は喉元過ぎても暑さを忘れずにではないですが、システムが恒久的に変化することを二次的変化(Second-Order Change) と定義していたわけです。

 それで、個人のという範囲ではなく、組織のという範囲でこういった思考や行動が変化するのはなぜ難しいのか?を書いたのが以下のエッセーというわけです。

 「Why Is Managing Change Difficult? Organizational Renewal and the Cybernetics of Effective Enterprise [1]

 で、変化をマネジメントすることの難しさは1)複雑であること2)認識論的なこと(問題が認識されていない、共有されていない)、3)構造的な要因、4)既得権益の問題、であると述べられています。

 それで、こういったことを超えて組織が二次的変化を起こすにはやはり何らかの「危機」が必要だということのようですねぇ。

 まぁ、同じウオツラィックが個人が変化するにはジレンマやダブル・バインドの状況が必要だと、言っているのと同じことになるわけですねぇ。


 

(つづく)
文献

[1]http://www.sustainabilitylabs.org/files/Why%20is%20Managing%20Change%20Difficult_0.pdf



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2014年8月29日金曜日

SFBTの復習



  
  人の思考や行動の変化を支援する、短期療法のアプローチといっても、エリクソニアン・アプローチから始まって、MRI、戦略的家族療法、ソリューション・フォーカスト・アプローチ・・・・・と色々あるのだけれど、まずは、ソリューション・フォーカスト・アプローチ(あるいはソリューション・フォーカスト・ブリーフ・セラピー)から始めるのは案外ありかなぁ・・・・

 但し、背景にあるベイトソンの思想とかエリクソンとかの技法とかは理解しておかないと、単なるアホなのでしょうけれども。

 


SFBTの復習

  今日は、手短に。
 SlideShareに「Solution Focused Brief Therpy」のプレゼンテーション資料がアップロードされていたのですが、これが凄く良く出来ていたので、ちょっと読んでいたところ。



(つづく)
文献

N/A

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2014年8月28日木曜日

AかBかどちらか、という発想は危険です!


  
  シェークスピアのロミオとジュリエットではないけれど普通は「To be or not to be..」という状況に追い込まれることは稀なのでしょうけれども、もし追い込まれたら追い込まれたで、「To be and not to be.」か「Neither to be nor not to be....」を真剣に見つける機会が来たということなのでしょうねぇ・・・・・・・まぁ、ロミオとジュリエットに一休さんが出てきたらどうなるの?みたいな感じなのかもしれませんけれど(笑)。

 


ABかどちらか?という発想はイノベーションにつながらない

 ネットにアップされていた「Why Either/Or Thinking is Dangerous[1]というタイトルの記事を読んでいたわけですが、これが中々深いことを言っているように思います。

 要は、私たちは直ぐに、「白か黒か?」「良いか悪いか?」など、物事を二値的に見てすぐに結論を出してしまうわけですが、こういった発想は案外危険ですよ、といっているのがこの記事の趣旨です。

 で、著者の方のプロフィールを参照すると、クイーンズランド大のビジネス・スクールでイノベーションの方法を教えている先生だというのが非常に興味ふかいところなのでしょう。

 つまり、すぐに「白か黒か?」「良いか悪いか?」とあまり考えずに結論を出すような発想ではイノベーションは生まれないということなのでしょう。

 このあたりのことは、禅と心理療法家のミルトン・エリクソンの発想について、エリクソニアンのスティーブン・ギリガンの著作を引用して書いていますが、


 イノベイティブな発想を行うには、「ABの何れか」という発想から「ABも」という発想に、そして究極は「AでもBでもない」というような発想が必要なのでしょう。

 もちろん、昼飯で「カレーにするラーメンにする?」みたいな問題は、どちらかを選べば良いと思うわけですが・・・・・・仕事や日常の場面での究極の選択「建てたばかりの家を空けて山奥営業所に単身赴任する?それとも業界不況の中転職する?」のようなところに遭遇したら、「ABも」か「AでもBでもない」を真剣に考える時期が来たということなのでしょうねぇ。
 
(つづく)
文献

[1]http://timkastelle.org/blog/2012/12/why-eitheror-thinking-is-dangerous/

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2014年8月27日水曜日

TRIZとメタファー


  
  旧ソ連で研究されていた創造的問題解決の方法論であるところの TRIZ

 確かに、矛盾マトリックで問題のパターンを見つけると、その解決についての方向性を示唆しているようなところはあるけれど、具体的な指示があるわけではないので、メタファーと言えばメタファーなのですよねぇ。

 


TRIZとメタファー

 今日は、手短に。
 ネットに TRIZ とメタファーというのがアップロードされていたわけですが、案外これが面白いです。

    問題解決というは大体において「あっちを立てれば、こっちが立たず」という構図になっているわけで、案外、頭がよければよいほど、この二項対立の罠にハマるように思ってくるわけです。
 
 で、この二項対立を解決するには、間でバランスを取るか、枠組みを超えて、それが問題にならないような画期的な解決策を出す必要があるわけですが、まぁ、ざっくりいうとこんな感じの解決手法を体系化したのが TRIZ というわけです。

TRIZ Patterns and Metaphors from Technobility Webinar Series on Vimeo.


(つづく)
文献

N/A

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2014年8月26日火曜日

アイス・バケツ・チャレンジのベイトソニアン的考察


  
  このムーブメントに対して「よい」「わるい」の評価をする気はないのですけれど、アイス・バケツ・チャレンジって、ベイトソンの定義したベイトソニアン・ダブル・バインドのフォーマットを取っているのですよねぇ。

 で、僕の期待するのは、禅の坊さんが誰かに指名された時に、この坊さんが、「お金を寄付する」「氷水をかぶる」のどちらもやらないで、かつ、ネットなどの視聴者を満足させる何かをやってくれることでしょうかねぇ?(笑)。

 


アイス・バケツ・チャレンジのベイトソニアン的考察

 いわゆるダブル・バインドにも、統合失調症の原因となりうるベイトソニアン・ダブル・バインドとそれを治すためのエリクソニアン・ダブル・バインドの2種類があるわけです・・・・


 それで、ベイトソンのほうのスキッツフェリニック・ダブル・バインドの定義を参照してみると、まさに、アイス・バケツ・チャレンジがこのパターンにハマっているというわけです。
 
1.ふたりあるいはそれ以上の人間がコミュニケーションのコンテクストに存在。

2.
犠牲者は、繰返される経験の中で、ダブル・バインド構造に対する構えが形 成される

3.
 
犠牲者に対して、第一次禁止の命令が行われる。

   
 a.
「これをすると、お前を罰する」 もしくは、
    b.
「これをしないと、お前を罰する」 という形式を取る。

4.
次に犠牲者に対して、より抽象的なレベルで第一次禁止の命令と衝突する第二次の禁止命令が行われる。これが第一次禁止の命令に対するメタ・メッセージとなる。

5.
犠牲者が関係の場から逃れるのを禁止する第三次の禁止命令が行われる。

6.
犠牲者は、ダブル・バインドの一部を知覚するとその任意の状況でパニックや憤激が引き起こされる



 で、アイス・バケツ・チャレンジの場合は、
  1. 前の人が挑戦者3人を指名する、少なくとも利害関係者は4名。
  2. 社会的な空気の中でなんとはなくの雰囲気が形成される
  3. 挑戦者に対して一次的な命令が行われる
    a.「水を被らなければ」→ 罰金でお前を罰する
    b 「氷水を被れば」→ 氷水でお前を罰する
  4. これをやることで難病の人に役に立てる
  5. 挑戦者はその場から逃れるのを禁止する第三次の命令が行われる
  6. 犠牲者は第三の選択肢を考えずについつい挑戦してしまう・・・・

 という具合。

 まぁ、昔から「不幸の手紙」みたいなものはあるわけですが、これにダブル・バインド的な要素を加えて、ネットの映像を通じて巧みに連鎖するように仕向けているというのがこれを考えた人の天才的なところなのでしょう。逆に言うと認知科学とか臨床心理とかを極めた人をチームに入れてビジネス・モデルを考えないと上手くいかない時代でもあるのでしょう。

 もちろん、私は、禅の坊さんではないけれど、もし、指名されたなら、ダブル・バインドを外す、何か第三の別の方法を考えてみると思いますけれどねぇ・・・・・(笑)。
(つづく)
文献

[1]http://users.cis.fiu.edu/~pasztora/pragm00/pragm-abstract.pdf


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2014年8月25日月曜日

戦略的家族療法の概要



  
  戦略って、現状とゴールの間にどのように橋をかけるのか?ということなんだけれど、時に怪しい響きがしますねぇ(笑)。

 


戦略的家族療法の概要

 戦略的家族療法といえば、ジェイ・ヘイリーが心理療法家のミルトン・エリクソンの影響下で体系だてたブリーフセラピーの一流派ということになるのでしょうけれど、ネットに「Defining principles of Strategic familytherapy[1]という簡単な説明資料がアップロードされていたので少々読んでいたというわけです。

 で、構成主義にも影響を受けているのか、中々素敵なことを言っているのがわかります。
例えば、

原則
  1. 現実は構築される。真実などというものはない。
  2. 問題は独立して起こっているわけではない。システムの中の相互作用として起こっている。
  3. 試みた解決策自体がしばしば問題となる。
  4. セラピストはクライアントの世界観の中に入る。
  5. セラピストはリフレーミングによって意味を変える。
  6. セラピストはクライアントを一緒に規約をつくる。
  7. セラピストは戦略を詳細に説明する。
  8. セラピストはパラドクスを使う。
  9. セラピストは宿題を出す。
  10. セラピストはクライアントの前進に懸念を示す。
  11. セラピーを終了するか?ゴールは達成されたか?はクライアントが決める。
(つづく)
文献

[1]http://kattar.coaching.free.fr/therapy/Roselyne-Kattar-Defining%20principles%20of%20stategic%20family%20therapy.pdf



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