2016年12月31日土曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:2016年のエリクソニアン達成度は?


                                                                                                                             
 エリクソニアンの定義は?

 個人的には、汎化⇔特化の二項対立の禅問答の中で悩み続ける人。

 ただ、このお悩みのフレームで現場に行って現物を触って現実を見ると何らかの

 ヒラメキは出てくる(笑)。

 <ひとりごと>



自分の視点を二項対立でバインドしてみる

  備忘録として書いておく。

  エリクソニアンとは何か?というと心理療法家のミルトン・エリクソンの暗黙知を暗黙知として継承している人と言うことになるだろう。

 ただ、最近のブリーフセラピー・カンファレンスの様子[1]からすると、エリクソン的な催眠も技法の一つとして使えるブリーフセラピストと言ったほうがよいのかもしれない。もちろん、ほとんどの人は博士号持ちなので巷で言われているほど怪しいものではない(笑)。

 さて、今日は年末の総括として、自分がどの程度エリクソニアンに成れたのか?あるいはその途中なのか?について少し書いておきたい。

 以前、エリクソニアンのジェフリー・ザイクのエッセーを引いて「エリクソニアンを目指す12の練習」[2]という記事を書いた。

 で、普段から日常でも仕事の場面でも、この練習を意識している。で、エリクソンの物事の見立ての練習をするにはこれは非常に持って来いだなとも思っているところだ。もちろん、エリクソンというとすぐ催眠となるが、この安直な考え方は人の変化を支援する上では案外センスが悪い。

 さて、12の練習のサマリーを見てみる。


#
説明
両極性
1
その人に唯一無二を見出し、伝えたか?
あるいは、誰かと共通なものを見出し、適切に伝えたたか?

2つを区別して適切に使えたか?
特化⇔汎化
2
良い意味で変化したことを暗に伝えたか?
あるいは、良い意味で変化しないことを暗に伝えたか?
変化⇔ 固定
3
偶発的出来事を関係性に取り込めたか?
偶発的出来事を関係性に取り込むことを拒んだか?
変化の受容
⇔変化の拒否
4
首尾一貫性が保てたか?
あるいは、首尾一貫性が保てなかったか?
首尾一貫
⇔二転三転
5
そのことを起こす最適な心身状態が引き出せた?あるいは引き出せなかったか?
適した心身状態
 ⇔不適な心身状態
6
「剛」のメタファーを使えたか?
「柔」のメタファーを使えたか?
剛⇔柔
7
繰り返される「冗長」な反応と一回限りの「単一」の反応のパターンを区別して利用できたか?
冗長 ⇔ 単一
8
一番の「強み」を封印して、二番目の「強み」を見つけ、発展させることはできたか?
強み
⇔(次の強み)
9
「抵抗」を予測して変化に利用することができたか?
作用⇔反作用
10
相手を紳士的に「困惑」させることで、何らか気づきを与えることができたか?
困惑⇔確信
11
なりたい自分を意識できたか? また、それを客観視できたか?
内在化⇔外在化
12
「実体」とその構造を上手くマッピングした「メタファー」を使うことができたか?
実体⇔メタファー

 ここで面白いことは、現実を観察する観察者にある意味二項対立の見方を意識するようなことになっていることに気づく。もっというとこれがちょっとした禅問答になっている。

 現実を観察する観察者はこのフレームを立てると、どっちにしたものか?と軽い悩みに入ることになる。一番上で言えば、(観察者から主観的に見た)美人を目の前にして、「人並み以上に美人ですね」と伝えたものか「あなたはこの世で誰にも似ていない美人です」と伝えたものか?という具合だ。もちろん、社交辞令だった前者、本当に好きだったら後者となるだろう。だけれども、後者は相手にドン引きされる可能性もある。だから、ちょっと悩むというこんな具合だ。


 もちろん、全てのケースがこういったちょっとした二項対立の見方を促すという具合だ。

 ただ、ここで急いで答えを出してはいけない。ここで登場するのがベイトソンの「ゆるい思考(Loose Thinking)」ということになる。ある意味、二項対立で悩むのはもっと全体論的でシステミックに考えるチャンスだとも言える。だから、ここで急いではいけない。

   逆に言うと、自分を敢えて二項対立のフレームにはめて、現実をよ~く観察してみる。早急な答えなど一旦保留しておいて、というのがこのフレームワークの本質だ、ということになる。

 つまり、ちょっとした二項対立の悩みの中に自分を置いて現場に行って現物を触って、そして現実を観察してみることだ。上手く行けば、哲学的にいうと Abductive Reasoning [3]のロジックが無意識に勝手に動き始めるだろう。要は、ベイトソンの言うゆるい思考だ。

 これが動くと、直観やヒラメキみたいなものが出てくる。もちろん、これは単なるアイディアなので後できちんとした検証は必要だ。ただ、案外ここで出てきたヒラメキみたいなものは案外使えることが多いし、後で振り返ってみて「もしかして俺って天才?(笑)」みたいなアイディアであることも少なくはない。

 その意味では、こういった二項対立のフレームワークを立てて、ベイトソン風のゆるい思考が出来ているのか? これが案外エリクソニアンに取って重要なことも分かってくることになる。

 それで、結局、今年のエリクソニアンの達成度は?みたいな話になるが、まぁ、それなりに使えているからよしとしよう、というのが今年の結論なのだろう(笑)。本当は、もっと大きな課題を見つけてきて、このブラックボックに課題を投げ入れて、もっと悩めよ!ということなのでしょうけれど・・・・で、来年はそうしたいと思う。


(つづく)

文献
[1]http://brieftherapyconference.com/
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/02/blog-post_26.html
[3]https://en.wikipedia.org/wiki/Abductive_reasoning

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2016年12月30日金曜日

2016年をリフレーミングする


                                                                                                                             
 今年の失敗から学びを深める(笑)。

 今日の失敗は明日の踏み切り台(笑)。

 <ひとりごと>



2016年にハマったことを「学び」にリフレーミングして新年を迎える

  備忘録として書いておく。

 昨年もこの記事で書いたが、年の瀬にその年に起きた出来事などをリフレーミングするのが毎年恒例行事になっている。

  ただし、リフレーミングと一口に言っても個人的には手法的な引き出しが多すぎでどうしたものか?ということになっている(笑)。もちろん、基本的なカタは同じなのだが。

 さて、原始的なほうから行くと、

 一つ目は、心理療法家のミルトン・エリクソン風に、パラドクスを見立てて、治療的ダブル・バインドの言語パターン特に、意識ー無意識のダブル・バインドや、意識ー無意識の二重分離のダブル・バインドを自分の問題解決用にカスタマイズしてお経や呪文のように繰り返すというのがやり方の一つだろう。認知科学的な理屈は保留しておいて、コトバに耳を澄ますとぼんやりしてくるし、このぼんやりなトランス状態から覚めた後に気分がすっきりという感じにはなる。でこれはこれとしてあり。

 2つ目は、エリクソン派生のMRI(Mental Research Institute) 風に論理的に問題のパターンを見立てて、その問題のパターンを論理的に崩しにかかるような感じ、要は、統合失調症的なダブル・バインドを見立ててそのパターンを崩しにかかるような感じだ。これは、一般の企業組織などの組織の問題解決にも使えるし、頭の体操にはなるという感じだ。で、これはこれであり。

 3つ目は、エリクソン、MRI派生のソリューション・フォーカスト・アプローチ風に、その状況が生まれると必ずそうなる、つまりそう振る舞うとか、そんな気持ちになる、に対する「例外」を探してみるというアプローチになる。必要に応じてスケーリング・クエスチョンも使うなりしてみるとよいだろう。もちろん、これからミラクル・クエスチョンでもってゴール設定に持っていってもよいだろう。

 4つ目は、結構、個人的にお好みのエリクソン、MRI派生のミラノ派家族療法式のリフレーミングだ。細かい話はこのあたりで書いた。これは直線的因果の質問から円環的因果の質問を上手く活用して、意識に登らないようにリフレーミングするというようなサイバネティクスとエリクソンの申し子みたいな手法だった。さらに、これをフレームワーク化したカール・トム博士の質問システムみたいなものを使うのもありだろう。本質は同じだからだ。

 5つ目は、ナラティブでリフレーミングする方法だ。[1] 今年ハマった問題や課題についての、ナラティブをつくってみる。自伝的小説のような形式より、日本昔話のような形式のほうがよいだろう。なんからの学びにはなるし、結局、この物語の結末をどのようにしたいのか?というのがそのままゴール設定ということになるはずだ。
 
 個人的には手数は色々あるが、根底には同じものを見ているところではある。

  来年のゴール設定は別枠となるが、まぁ、ミルトン・エリクソンにならって利用できるものは何でも利用する「戦略的行き当たりばったり」にはなる予定(笑)。

(つづく)

文献
[1]https://www2.clarku.edu/~mbamberg/Material_files/T%26P%20Schachter's%20Commentary.pdf

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2016年12月29日木曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(まとめ)


                                                                                                                             
 パラドクスは、今までの枠組みを超えて大きく変化するきっかけでもある。

 MRIのポール・ウォツラィックらが第二次変化と呼んだレベルでの変化だ。

 MRIにも在籍したベイトソンやヘイリーはここに禅との共通性を見出した。

 ミルトン・エリクソンはこれを利用しクライアントの変化を支援した。

 <ひとりごと>



まとめ

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
分断
《二兎を追う者は一兎をも得ず》
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
分断
《二兎を追う者は一兎をも得ず》
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
一連のループ
《堂々巡り》
自己をその原因として参照する円環的因果関係。トートロジー
一連のループ
《堂々巡り》
円環的因果関係。一連の原因ー結果のループが最初の原因にループバックする構図。
一連のループ
《堂々巡り》
予言をした者もしくはそれを受け止めた者が、予言の後でそれに沿った行動を取ることにより、的中するように導かれた予言のこと、予言と結果は円環的因果関係となる。

通常自己成就予言はダブル・バインドの構図を含む。通常は予言を受け止めた者が期待に対する証拠を受け入れると、それにそぐわないすべての証拠を拒否するようになる。自己成就予言は社会学者のロバート・マートンによって名付けられた。
ひっくり返す
《どんでん返し》
意図したものと、反対の結果を生み出す。適材不適所になる「ピーターの法則」、技術にたよると増々非効率化が進むなどがある
ひっくり返す
《どんでん返し》
行動を起こすと予期しない(通常は否定的な)結果がもたらされる
ひっくり返す、一連のループ
《どんでん返し》《堂々巡り》
明らかに同時に矛盾する概念を含む発言、または出来事。 たとえば、「私は嘘をついています」または「自発的です」。これが 真であるためには、偽である必要があり、偽であるためには真である必要がある。パラドクスには質もあるが、構成要素や類型も同じように重視するべきだ。これらはおそらくパラドックスの管理にはあまり重要ではないが、理解を深めることにはなる。

 まとめとして、メタの視点で全体を俯瞰的に眺めてみる。実は細かく分けてもあまり意味はないからだ。全体的に見てこそなんらかのパターンが見えてくるはずだ。以下少し書いておく。

《現象からより全体を把握する》

 一般的にはパラドクスはよくないことだと思われがちだ、しかし、普段は意識されていない大きなシステムを見るための「現象」がパラドクスだと捉えるとパラドクスはそれほど悪いことではないはずだ。普段意識していない枠組みの外に出てより大きなシステムを見るためにはパラドクスが必須だからだ。これはトートロジー的な説明になるのだが(笑)。

《世界観とパラドクスを把握する》

 さて、ミルトン・エリクソンだったらこのパラドクスとなっているクライアントの認識をよく観察する。これにはクライアントの話をよく聞く、あるいはメタファーを聞くということになるだろう。まずはやはり相手の世界観を理解するためだ。もちろん、クライアントが今問題だと考えていることはその物事の認識のやり方から来ていると考えている。哲学的にちょっと難しく表現するとエピステモロジー[3] という用語になる。

《パラドクスの構図を見立てる》

 問題の構図は、ある意味パラドクスの構図でもある。パラドクスの構図を見立てることが問題の定義でもある。このあたりで書いたが、敢えてロジカルに説明するとこうなるだろう。社会科学的なことは因果が多すぎて、実際になにがどのように影響してその問題が起きているのか?よくわからないところはあるのだが、パラドクスをこの大きなシステムの「現象」と見立てることで何らか見えることはあるはずだ。

《パラドクスのパターンを崩しにかかる》

 もちろん、ここでは戦略[4]を忘れてはいけない。要は、現状ー理想の認識とそれをどのように埋めるのか?ということだ。もちろん、ここにパラドクスがたちはだかる(笑)。これを、意識からロジカル・シンキングで崩しに行く場合もあるだろうし、エリクソンのように無意識から治療的ダブル・バインドで崩しにかかる場合もあるだろう。あんまり大きな声では言えないが、本屋で売っているようなコンサルタントが普通に使うロジカル・シンキングでパラドクスが崩せるようになってもある意味半分も半分どころか1〜2割という感じではある。理由は、単に意識だけのロジックだからだ。

 何れにしてもコーチやセラピストはパラドクスの構図をロジカルに把握しておかなければならないことには代わりはない。もちろん、エリクソンの場合は、二項対立的な認識をつかってクライアントを軽いトランス状態に導く。理由は単に情緒的な雰囲気を変え、変化への抵抗を弱めるためだ。[5] あるいは、混乱や驚きなどを問題解決のために利用する。このためのトランス状態なのでトランス状態自体になんら大きな意味はない。

《実際に行動してみる》

 認識上のパラドクスが解けてきたら、実際にその状況で行動を起こしてみることだ。対話だけでは変化が導けない、とヘイリーはそう主張している。[6] おそらく、最初は上手くいかない。だから、一か八かのようなやり方ではなく、小さく失敗する、早く失敗する、上手に失敗する、くらいで丁度よいことになる。もちろん、何かやってみると状況や相手からの状況からフィードバックが返ってくるだろう。もちろん、戦略的に考えるのであれば、ある程度の理想の状態は思い描いているはずだ。ここでも一見不都合な出来事をゴール達成のために利用できないのか?考えてみることは悪いことではないのだろう。[7]

《結論》

 パラドクスは既存の認識の枠組みを超えて、認識や行動に変化をもたらし、まわりとのコミュニケーションを考えながらゴール達成を目指すために利用するためにある、ということになる。

 

(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]https://en.wikipedia.org/wiki/Double_bind
[4]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_14.html
[5]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_1.html
[6]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/blog-post_2.html
[7]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/10/blog-post_5.html

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2016年12月28日水曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(その10)


                                                                                                                             
 矛と盾の間で矛盾が起こるのは、頭の中だけで考えているからだ。

 矛で盾を突いてみたらどちらが強いのか一目瞭然。

 でもこの実験が出来ないから悩んでいるのだ(笑)。

 <ひとりごと>



矛を盾に突いてみる

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極性
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
ダブルバインド
分断
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
ジレンマ
分断
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
自己参照
一連のループ
自己をその原因として参照する円環的因果関係。トートロジー
好循環、悪循環
一連のループ
円環的因果関係。一連の原因ー結果のループが最初の原因にループバックする構図。
自己成就予言
一連のループ
予言をした者もしくはそれを受け止めた者が、予言の後でそれに沿った行動を取ることにより、的中するように導かれた予言のこと、予言と結果は円環的因果関係となる。

通常自己成就予言はダブル・バインドの構図を含む。通常は予言を受け止めた者が期待に対する証拠を受け入れると、それにそぐわないすべての証拠を拒否するようになる。自己成就予言は社会学者のロバート・マートンによって名付けられた。
もつれ
ひっくり返す
意図したものと、反対の結果を生み出す。適材不適所になる「ピーターの法則」、技術にたよると増々非効率化が進むなどがある
予期せぬ結果
ひっくり返す
行動を起こすと予期しない(通常は否定的な)結果がもたらされる
論理的パラドクス
ひっくり返す、一連のループ
明らかに同時に矛盾する概念を含む発言、または出来事。 たとえば、「私は嘘をついています」または「自発的です」。これが 真であるためには、偽である必要があり、偽であるためには真である必要がある。パラドクスには質もあるが、構成要素や類型も同じように重視するべきだ。これらはおそらくパラドックスの管理にはあまり重要ではないが、理解を深めることにはなる。

 9つ目は、論理的パラドクス、ということになる。このドキュメントでは「ひっくり返す(どんでん返し)」それと「一連のループ」のパターンの両方分類されている。

 このパラドクスについては、グレゴリー・ベイトソンの末娘のノラ・ベイトソンの映画「An Ecology of Mind 」[3]の中でグレゴリー・ベイトソンが語っていることが全てのように思える。


世の中の主たる問題は、「自然の摂理」と「人の思考」の差異によって生じる結果である。

 
  チャイナの故事に「矛盾」というのがある。文字通り、なんでも突き通す矛と、なんでも防ぐ盾の話だ。それを売っている商人に男が「その矛でその盾を突いたらどうなる?」と問うたところがこの故事の由来なのは誰でも知っているだろう。

 ここで「自然の摂理」は物理学的な法則に従い、矛が盾を突き通すか?あるいは矛は盾を突き通せないか?の二択になる。実際にやってみるとどちらかの結果になるのは明白だ。しかし、論理的な思考の世界では「何でも突き通す矛と何も突き通さない盾」が存在している。つまり、思考の世界では矛盾してはいない。要は、ベイトソンが言っているのは、世の中のほとんどの矛盾は、物理的な法則に従っている「自然の摂理」と「人の思考」の違いによって引き起こされていると言っていることになる。

 ベイトソンはこれを解決しようとしてダブル・バインドの仮説を構築したことになる。[3] 少し前の論文だが「Schizophrenia and the Family II: Paradox and Absurdity in Human Communication Reconsidered」[4]こういったものもネットに転がっていて非常に興味深い。

 それで、ベイトソンの言うような問題をどう解決したら良いのか?

 結論から言うと、物理的に実験をするしかない。もちろん、思考実験ではない。要は、「実際にやってみる!」、これに尽きる。

 もちろん、実験だからコツはあるだろう。要は、小さく失敗する。早く失敗する。上手く失敗する。ということだ。シリコンバレーあたりのベンチャー企業がやっている方法だ。どれが上手くいくなんて実際にやってみないことには分からない。だから、やってみる。これで実験を繰り返す。実際に実験を行えば、最初にもっていた仮定や前提、つまり思い込みは、単なる思い込みだったと気がつくだろう。だが、これは実際にやってみるまで誰にも分からない。特に、何がどう関連しているかよくわからない社会科学的実験はそうだ。

 余談だが、この実験に際してもエリクソン的な治療的ダブル・バインドの設定は必要だろう。要は、普通にやっていると失敗することに成功します。運がよければ普通に成功します。あなたはどちらで成功したいですか?ということだ。

 もちろん、実験にはコツがある。一か八かをやってはいけない。繰り返すが、小さく失敗する、早く失敗する、上手く失敗する。で、よく観察する。これに尽きる。

 余談として、実験する気にもならない、何をしてよいか分からない、こういう時のために、情緒的な雰囲気、つまりちょっと気分を変えてやる気を出してもらうために、エリクソンの治療的ダブル・バインド間接暗示があるわけではあるのだが・・・・

 もちろん、普通に人間をやっていればパラドクスはどこにでも転がっているわけだが、パラドクスに遭遇した時は、嫌になるのではなく、人間の器を広げるチャンスだとでも思って、エリクソン的にこのパラドクスを利用(Utilize)してみるというのがよいのだろう。


(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]https://en.wikipedia.org/wiki/Double_bind
[4]http://www.goertzel.org/dynapsyc/1998/KoopmansPaper.htm

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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