2016年12月31日土曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:2016年のエリクソニアン達成度は?


                                                                                                                             
 エリクソニアンの定義は?

 個人的には、汎化⇔特化の二項対立の禅問答の中で悩み続ける人。

 ただ、このお悩みのフレームで現場に行って現物を触って現実を見ると何らかの

 ヒラメキは出てくる(笑)。

 <ひとりごと>



自分の視点を二項対立でバインドしてみる

  備忘録として書いておく。

  エリクソニアンとは何か?というと心理療法家のミルトン・エリクソンの暗黙知を暗黙知として継承している人と言うことになるだろう。

 ただ、最近のブリーフセラピー・カンファレンスの様子[1]からすると、エリクソン的な催眠も技法の一つとして使えるブリーフセラピストと言ったほうがよいのかもしれない。もちろん、ほとんどの人は博士号持ちなので巷で言われているほど怪しいものではない(笑)。

 さて、今日は年末の総括として、自分がどの程度エリクソニアンに成れたのか?あるいはその途中なのか?について少し書いておきたい。

 以前、エリクソニアンのジェフリー・ザイクのエッセーを引いて「エリクソニアンを目指す12の練習」[2]という記事を書いた。

 で、普段から日常でも仕事の場面でも、この練習を意識している。で、エリクソンの物事の見立ての練習をするにはこれは非常に持って来いだなとも思っているところだ。もちろん、エリクソンというとすぐ催眠となるが、この安直な考え方は人の変化を支援する上では案外センスが悪い。

 さて、12の練習のサマリーを見てみる。


#
説明
両極性
1
その人に唯一無二を見出し、伝えたか?
あるいは、誰かと共通なものを見出し、適切に伝えたたか?

2つを区別して適切に使えたか?
特化⇔汎化
2
良い意味で変化したことを暗に伝えたか?
あるいは、良い意味で変化しないことを暗に伝えたか?
変化⇔ 固定
3
偶発的出来事を関係性に取り込めたか?
偶発的出来事を関係性に取り込むことを拒んだか?
変化の受容
⇔変化の拒否
4
首尾一貫性が保てたか?
あるいは、首尾一貫性が保てなかったか?
首尾一貫
⇔二転三転
5
そのことを起こす最適な心身状態が引き出せた?あるいは引き出せなかったか?
適した心身状態
 ⇔不適な心身状態
6
「剛」のメタファーを使えたか?
「柔」のメタファーを使えたか?
剛⇔柔
7
繰り返される「冗長」な反応と一回限りの「単一」の反応のパターンを区別して利用できたか?
冗長 ⇔ 単一
8
一番の「強み」を封印して、二番目の「強み」を見つけ、発展させることはできたか?
強み
⇔(次の強み)
9
「抵抗」を予測して変化に利用することができたか?
作用⇔反作用
10
相手を紳士的に「困惑」させることで、何らか気づきを与えることができたか?
困惑⇔確信
11
なりたい自分を意識できたか? また、それを客観視できたか?
内在化⇔外在化
12
「実体」とその構造を上手くマッピングした「メタファー」を使うことができたか?
実体⇔メタファー

 ここで面白いことは、現実を観察する観察者にある意味二項対立の見方を意識するようなことになっていることに気づく。もっというとこれがちょっとした禅問答になっている。

 現実を観察する観察者はこのフレームを立てると、どっちにしたものか?と軽い悩みに入ることになる。一番上で言えば、(観察者から主観的に見た)美人を目の前にして、「人並み以上に美人ですね」と伝えたものか「あなたはこの世で誰にも似ていない美人です」と伝えたものか?という具合だ。もちろん、社交辞令だった前者、本当に好きだったら後者となるだろう。だけれども、後者は相手にドン引きされる可能性もある。だから、ちょっと悩むというこんな具合だ。


 もちろん、全てのケースがこういったちょっとした二項対立の見方を促すという具合だ。

 ただ、ここで急いで答えを出してはいけない。ここで登場するのがベイトソンの「ゆるい思考(Loose Thinking)」ということになる。ある意味、二項対立で悩むのはもっと全体論的でシステミックに考えるチャンスだとも言える。だから、ここで急いではいけない。

   逆に言うと、自分を敢えて二項対立のフレームにはめて、現実をよ~く観察してみる。早急な答えなど一旦保留しておいて、というのがこのフレームワークの本質だ、ということになる。

 つまり、ちょっとした二項対立の悩みの中に自分を置いて現場に行って現物を触って、そして現実を観察してみることだ。上手く行けば、哲学的にいうと Abductive Reasoning [3]のロジックが無意識に勝手に動き始めるだろう。要は、ベイトソンの言うゆるい思考だ。

 これが動くと、直観やヒラメキみたいなものが出てくる。もちろん、これは単なるアイディアなので後できちんとした検証は必要だ。ただ、案外ここで出てきたヒラメキみたいなものは案外使えることが多いし、後で振り返ってみて「もしかして俺って天才?(笑)」みたいなアイディアであることも少なくはない。

 その意味では、こういった二項対立のフレームワークを立てて、ベイトソン風のゆるい思考が出来ているのか? これが案外エリクソニアンに取って重要なことも分かってくることになる。

 それで、結局、今年のエリクソニアンの達成度は?みたいな話になるが、まぁ、それなりに使えているからよしとしよう、というのが今年の結論なのだろう(笑)。本当は、もっと大きな課題を見つけてきて、このブラックボックに課題を投げ入れて、もっと悩めよ!ということなのでしょうけれど・・・・で、来年はそうしたいと思う。


(つづく)

文献
[1]http://brieftherapyconference.com/
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/02/blog-post_26.html
[3]https://en.wikipedia.org/wiki/Abductive_reasoning

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