2016年12月2日金曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:エリクソニアン・アプローチ再考(その24)


                                                                                                                             
 禅と心理療法のパラドキシカルな介入の共通性を指摘したのは、

 アラン・ワッツ、グレゴリー・ベイトソン、ジェイ・ヘイリー あたりから。

 当然、現在の枠組みを超えた一般的な問題解決にも使える。

 <ひとりごと>



エリクソンの技法はどこまでも禅的

  備忘録として書いておく。

  ネットにエリクソニアンのマイケル・ヤプコのドキュメントが落ちていた。タイトルは「What is Ericksonian Hypnosis?」[1]で比較表を含んでいる。さらに、これにちょっと追記して眺めてみた。   

項目
古典(権威的)
標準(学術研究)    
エリクソニアン(利用)
個別対応
催眠状態は日常の延長
自然主義的
セラピストのスタンス
権威主義的
権威主義的/許容的
権威主義的/許容的
指示に従わせる
力関係
セラピストが強い
セラピストが強い
対等
指向
コンテンツ
コンテンツ
コンテンツ/プロセス
催眠導入の成功率
一部
かかる人だけが対象
一部
かからない人も統計を取る
基本的に全員
※催眠の定義の変更
抵抗の源泉
自己のみ
自己のみ
対人/自己
(家族療法への応用可)
抵抗への対処
対立もしくは解釈
対立もしくは解釈
利用
(ユーティライゼーション)
催眠の深さを強調
正規の非暗示性テスト
治療プロセスの構造
直線的
直線的
モザイク
セラピストの洞察の価値
症状の意図の見方
否定的
否定的
肯定的
症状の原因
自己
自己
対人/自己
(家族療法への応用可)
症状に対処/動態に対処
両方/いずれか
症状に対処
両方/いずれか
二次利得の認識
無意識の性質
否定的
(問題の原因)
否定的
(問題の原因)
中立
(問題の原因、解決の資源)
無意識の役割
受動的
受動的
能動的
暗示の有効性を強調
(経験の再構築をより強調)
介入で示唆される因果
直線的
直線的
円環的
パラドクス介入
利用アプローチはなし
計画されたパラドクス
利用アプローチに加えて
パラドクス介入
カウンターパラドクス介入

 23個めはパラドクス介入だ。個人的に追記した。ミルトン・エリクソンの介入は人の内側の関係性、あるいは外的関係性に対するパラドクス介入の体裁を取る。[2] 例えば、抵抗が予想されるような場面で、クライアントに「是非抵抗してみてください」と示唆するような逆説的なアプローチだ。エリクソニアンのスティーブン・ギリガンの著作に以下がある。[3]


Paradoxical injunctions are inherent in most of the techniques developed by Erickson. Metaphorical stories include the paradox of " This story is not about you/This story is about you." Symptom prescription and "encouraging resistance" techniques instruct the person to change by not changing. Dissociation involves asking the person to respond spontaneously (i.e., unconsciously), but to deliberately not respond (consciously).

逆説的禁止指示は、エリクソンによって開発された技法の大部分に固有のものだ。 比喩的な物語には、「この物語はあなたについてではありません/この物語はあなたに関するものです」というパラドックスが含まれる。 症状の処方箋と「抵抗力を奨励する」テクニックは、変化しないように人に指示する。 分離は、自発的に(すなわち無意識に)応答するが、故意に応答しない(意識的に)応答するように人に要求することを含む。


 これがエリクソンの技法の最も重要な本質のひとつだ。エリクソン指示はたいてい一挙一投足がパラドキシカルだ。これは、禅問答で「片手の拍手の音は?」のようなものがあるが、エリクソンも「(意識で聞こえていても)意識では聞くな、無意識で聞け」とか「これはメタファーであって、同時にメタファーではない」のような論理的には矛盾した示唆を多く行う。もちろんエリクソン派生の心理療法の技法にも継承されることになる。

 続ける。


In these and other techniques, paradoxical directives de-potentiate the linear orientation of the conscious mind and amplify the circular and systemic orientation of the unconscious mind , thereby giving rise to trance and its symptoms. Haley(1963) proposed that the effectiveness of such techniques may arise primarily from their ability to join and re-contextualize the paradoxical injunctions inherent in the client's symptomatic "trance."

これらや他の技法では、逆説的な指示は、意識的な心の直線的な指向性を弱め、無意識の心の循環的およびシステミックな指向性を増幅し、それにより、トランスとその現象を引き起こす。 Haley(1963)は、そのような技法の有効性は主に、クライアントの現象的な「トランス」に内在する逆説的差止命令に参加して再コンテクスト化する能力から生じると提唱した。


 非常に面白いのは、ギリガンは、禅問答的パラドクスでクライアントはトランス状態に入る、としているところだろう。また、トランス状態を定義するとモーリス・バーマーが「Reenchantment of the World」[4]定義したデカルトからベイトソンの世界に自然に入ることであるとしていることだ。二項対立だからトランスに入るのか?トランスに入るから二項対立が気にならない状態になるのかは、鶏が先か卵が先かのような、円環的因果関係がこれ自体にも成立することになる(笑)。もちろん、トランス状態に入るとクリティカル・シンキングで気になる論理矛盾は気にならなくなるのはそのとおりだ。


デカルト(近代科学)
の世界観
ベイトソンの世界観
事実と価値
無関係
不可分
方法
〈実験〉
自然は外側から知られ、諸現象はそのコンテクストから取り出され、抽象化されて吟味される
〈参加者による観察〉
自然は我々との関係の中で明らかにされ、諸現象はコンテクストのなかでのみ知ることができる
目標
〈支配〉
自然を意識的、経験的に支配すること
〈叡智・美・優雅〉
無意識の精神が根源にある
量と質
〈定量的〉
抽象的、数学的な記述。定量化できることのみが現実。
〈定性的〉
抽象と具象が混合した記述。質より量が第一
主客
〈主客分離〉
精神は身体から、主体は客体から分離している
〈主客一体〉
精神ー身体、主体ー客体は何れも同じひとつのプロセスのふたつの側面
因果
〈直線的〉
直線的時間、無限の進歩。原理的には現実を完璧に知り尽くすことができる。
〈円環的〉
循環的でシステムの中の特定の変数のみを極大化することはできない。原理的に現実の一部しか知ることは出来ない。
論理
〈ether A or B〉
「AかBか」の論理。感情は生理現象に伴って二次的に生じる現象である。
〈both A and B〉
「AもBも」の論理(弁証法)。感情は精緻な演算規則を持つ
〈neither A nor B〉
「AでもBでもない」の論理。仏教の空の論理。
原子論/全体論
〈原子論〉
1.物体と運動のみが現実
2.全体は部分の集合至上のものではない
3.生物体は原理的には非有機体に還元可能。自然は究極的には死んでいる
〈全体論〉
1.プロセス、形、関係がまずはじめにある
2.全体は部分以上になる特質を持つ
3.生物体、もしくは精神は構成要素に還元できない。自然は生きている (オートポイエーシス)

 エリクソンの技法は、結論からいうと、この心身状態の中で、(Both A and B)あるいは、(Neither A nor B)となる解決を図ることになる。つまり、二項対立を受容し、そして、既存の枠組みでは見えない例外を探すことを目指すことになる。その意味、どこまでも禅的だ。

 さて、問題解決の方向性について考えてみる。もちろん、「問題は何か?」ということを定義するのは案外難しい。例えば、エリクソン+MRI派生のミラノ派では、ビジネス上のコンサルティングと同じように「問題についての仮説構築」から始める。[5] もちろん、抵抗にパラドキシカルな技法で対処しながら。[6]

 ここで、問題解決の方向性について考えてみる。これにはリスクマネジメントの4つの方向性が参考になる。①低減、②移転、③回避、④受容だ。[7] 低減は現象を低減を行う。移転は保険や他人に移転する。回避は根本的な要因を取り除く、受容はそれを受容する。

 社会科学的な問題は、自然科学的な問題のように答えが存在したり、なんらかのモデルのもとで答えが一意に決まる、とはならない。自然科学でビルの屋上から鉄球を落とせば、何秒後に地面に落ちるのかは簡単に計算できる、しかし、社会科学的な会社の従業員を今後増やすのか?減らすのか?というのは答えが一意に決まらないということになる。だから社会科学的な問題はどうしてもリスクマネジメント的な解決となる。①低減、②移転、③回避が、できない場合④受容ということになる。例えば、従業員を減らすか増やすかについて、減らせば仕事が増えた時に対応できない、増やせば仕事が少なくなった時に経営上困る、という二項対立の中で対策を考慮する必要がある。最終的には、こういった問題は不条理なことも合わせて④受容することになる。従業員の増減の問題場合は経営者が受容する、ということになるのだろうが・・・・

 さて、「Patterns of Interactional paradoxes 」[8]を読むと、人間関係からもたらされる不条理な関係性というのは洋の東西を問わずに重要な研究対象ということになる、ということを示している。パラドクスに囚われているクライアントをそのパラドクスからどう抜けだしてもらうのか? ベイトソンのダブルバインド仮説からヘイリーが考察したことが「Zen and Art of Therapy」[9]で、パラドクスにパラドクスをあるはカウンター・パラドクスを当ててクライアントを救い出していたエリクソンと禅の共通性ということになる。また、エリクソン+MRI派生のミラノ派の「Paradox and Counterparadox」[10] を読むと、エリクソンの技法の本質をパラドクス介入と見ぬいて、ある程度形式知化されているのが面白いところだろう。

 何れにしても、エリクソンの技法がクリティカル・シンキングで考えると二項対立で<にっちもさっちも>いかない状態なのだが、パラドクス介入でトランス誘導し、その中で既存の枠組みを超えて解決を見つけられるように、さらにパラドクス介入、あるいはカウンターパラドクス介入をしていることが分かってくると世の中なかなか面白いところでもあるわけだ。

(つづく)

文献
[1]https://www.hypnosisalliance.com/articles/What%20Is%20Ericksonian%20Hypnosis%20-%20Michael%20Yapki%20-%20Bernie%20Zilbergeld%20-%20Gerald%20Edelstein%20-%20Daniel%20Araoz.pdf
[2]https://fso.com/pdf/sg_chpt4.pdf
[3]https://books.google.co.jp/books?id=10ZwjOtcAuwC&pg=PA23&lpg=PA23
[4]https://www.amazon.co.jp/Reenchantment-World-Morris-Berman/dp/0801492254
[5]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/10/blog-post_12.html
[6]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/11/blog-post_18.html
[7]https://www.ipa.go.jp/security/manager/protect/pdca/risk.html
[8]http://carolwilder.net/Articles/PatternParadox.pdf

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