2016年12月22日木曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(その4)


                                                                                                                             
 エリクソンは論文集の中で一般的なジレンマというコトバしか使っていない。

     理由は治療的ダブル・バインドでクライアントを今の枠組みから外に出るのを

 支援していたからだ。

 一方、ベイトソンは、ジレンマというコトバをゲーム理論へ広げていく。

 <ひとりごと>



意思決定の前提を疑う

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極性
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
ダブルバインド
分断
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
ジレンマ
分断
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
自己参照
一連のループ

好循環、悪循環
一連のループ

自己成就予言
一連のループ

もつれ
ひっくり返す

予期せぬ結果
ひっくり返す

論理的パラドクス
ひっくり返す、一連のループ


3つ目は、ジレンマということになる。このドキュメントではジレンマは「二兎を追う者は一兎をも得ず」のパターンに分類されている。

 さて、Collected Papers [3] 、約2,600ページを調べてみる。この論文集でエリクソンは、「ダブル・バインド Double Bind」というコトバを合計382回使用している、しかし「ジレンマ Dilemma」は5回しか使用されていない。しかも、一般的な用語のジレンマという感じで使用されている。

 これを受けた個人的な解釈はこうだ。エリクソンはジレンマはダブル・バインドと見て、治療的ダブル・バインドで対処していた。

 さて、そうすると昨日の話で終わるので、ここでは一般的なジレンマの話を考えてみたい。Wikipedia を参照するとジレンマの定義は以下になる。[4]
  • ある問題に対して2つの選択肢が存在し、そのどちらを選んでも何らかの不利益があり、態度を決めかねる状態。
  • 哲学・論争などの分野では前提を受け入れると2つの選択肢の導く結論がともに受け入れがたいものになることを示し、議論の相手を困らせる論法。日本語では「両刀論法」[5]ともいう。
 結局、「ジレンマの問題」は「意思決定の問題」になる。それで、ここでの問題は暗黙の前提のもとにジレンマが起きているわけだから、結局は前提となっている枠組み自体を変えた上で代案を見つけないといつまでもこのジレンマの問題は続くということになる。

 で、暗黙の前提を扱う方法は2つある。

 一つは、ロジカル・シンキングを駆使して暗黙の前提を明示する方向だ。例えば、TOCの対立解消図や 3クラウド法を使うとこういう方法になる。何を前提としているか?何を仮定しているか?ただし、これは結構普段から意識してやらないと難しい。ある意味、頭のよい人向けとなる(笑)。

 もう一つは、ダブル・バインドやメタファーを駆使して、暗黙的に前提に気づいてもらう方法。現在がパラドクスに陥っている構図がここにあるのだから。この構図やあるいは解決策の構図をメタファーに乗っけてみるという具合だ。こちらはある意味、帰納法でも演繹法でもないアブダクションのロジックを使うので、クライアントは突然ヒラメキがやってくるような格好になる。

 使うのは、どちらでもよいけれど、クライアントからすればメタファーでやってもらうほうが簡単、ただ、セラピストやコーチからすると手間は同じ、ということになる。

 で、ゴリゴリとロジカル・シンキングをして前提を明示しなくてもセラピストが話すメタファーを使って今の前提から出てジレンマの状況を変えましょうというようなテーマでエリクソンの技法についても書かれているオクラホマ州立大の博論「THE USE OF METAPHOR AS A METHOD TO INFLUENCE A DILEMMA-SOLVING TASK」[6]を読んでみたのだがこれが中々面白い。

 もちろん、日常生活や仕事の場面でもちょっと気を抜くとジレンマとなる場面は発生するわけであって、ミルトン・エリクソンやグレゴリー・ベイトソンに学ぶことがあるとすると、ジレンマの前提となっているその枠組み(Frame of reference)からどのようにぬけ出すのか?ということになるだろう。上の博論だとそこでメタファーを使うことになるのだが、どんな理屈でこのメタファーをつくるのか?現在のパラドクスの前提となる枠組みから出るためのメタファーを、というところについて書かれているのがこの博論のとても面白いところだ。

 これも逆にいうとジレンマ陥っているということは、いままでの枠組みの外に出て考え、行動しなければらならなくなるわけで、案外一回り大きく成長するにはこういったジレンマをジレンマとして認識し、対処することは案外重要だということだ。

(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]https://www.amazon.com/dp/B0013NPWKG
[4]https://ja.wikipedia.org/wiki/ジレンマ
[5]http://www.aoni.waseda.jp/hhirao/logic/no8.htm
[6]https://shareok.org/bitstream/handle/11244/14352/Thesis-1987D-L987u.pdf?sequence=1

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