2016年12月26日月曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(その8)


                                                                                                                             
 ノットは否定であり、かつ、否定ではない(笑)。

 じゃあ、どっち?(笑)。

 <ひとりごと>



ダジャレはダジャレであり、かつダジャレではない(笑)

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極性
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
ダブルバインド
分断
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
ジレンマ
分断
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
自己参照
一連のループ
自己をその原因として参照する円環的因果関係。トートロジー
好循環、悪循環
一連のループ
円環的因果関係。一連の原因ー結果のループが最初の原因にループバックする構図。
自己成就予言
一連のループ
予言をした者もしくはそれを受け止めた者が、予言の後でそれに沿った行動を取ることにより、的中するように導かれた予言のこと、予言と結果は円環的因果関係となる。

通常自己成就予言はダブル・バインドの構図を含む。通常は予言を受け止めた者が期待に対する証拠を受け入れると、それにそぐわないすべての証拠を拒否するようになる。自己成就予言は社会学者のロバート・マートンによって名付けられた。
もつれ (Knot)
ひっくり返す
意図したものと、反対の結果を生み出す。適材不適所になる「ピーターの法則」、技術にたよると増々非効率化が進むなどがある
予期せぬ結果
ひっくり返す

論理的パラドクス
ひっくり返す、一連のループ


 7つ目は、もつれ、ということになる。このドキュメントでは「ひっくり返す(どんでん返し)」のパターンに分類されている。

 Knot とは本来、結ぶことだ。例えば、日本語だと「もやい結び」「はた結び」など船で使う結び方がこれにあたる。しかし、英語の場合これが転じて「もつれ」となることもある。毛糸のもつれ、釣りのリールの糸のもつれ・・・認識のもつれ、人間関係のもつれ・・・などがこれにあたる。一旦もつれるとどの糸がどこにつながっているのか分からなくなる。したがって、これはある糸を引っ張ると思いもよらない別の部分が引っ張られることを意味する。

  ここでは、このパラドクスは意図した方向と反対の結果が得られることとしている。例えば、「ピーターの法則」というのがある。人はその仕事で成果を上げて出世をしていく、そして一番苦手な仕事だと出世ができずにそこにとどまる。適材適所のつもりが、いつの間にか、適材不適所の人事となってしまう。こんな法則だ。これもある意味システムの問題ということになるだろう。

 ITなどの導入にもこういったことはつきものだ。本来業務の効率化を目的にITを導入する、結果、現場レベルでは業務フローが煩雑化しIT導入前より業務が非効率になる。

 ここでは主に認識や行動の話をしている。例えば、「金持ちになれば幸せになる」と考えている人が実際金持ちになっても「金持ちになっても幸せではない」のような逆の結果が得られることになる。

《デカルトのロジック》

 ここでは、一旦、円環的因果関係から出て非常に単純化したデカルトの直線的因果関係に戻るがデカルトのロジックで考えてみるのもよいだろう。[3] 上の例をデカルトの四象限で考えてみると「金持ちになることで幸せになるのは何か?」「金持ちになっても幸せにならないことは何か?」「金持ちにならなくても幸せなことは何か?」「金持ちにならなくても幸せではないことは何か?」という具合だ。コーチングやファシリテーションではこんな感じで認識を振ってみることから始めるのがよいだろう。

《システム思考》

 ピーターの法則のような場合は、システム思考で考えて仕組み自体に手を入れるような必要があるだろう。[4]   余談だが、ドナルド・トランプ次期大統領が公約に掲げているものに面白いものがある。それは、「新しい連邦法を1法案通す毎に古い連邦法を2法案廃止せよ」というものだ。[5]  確かに、会社などを見ても無駄なルールが増えてしまう。実際に役に立たないルールでもそれを守ること自体が自己目的化されるということだ。本来はここに関連はないのだが、新規導入と廃止を1セットで考えていることが面白いのだろう。例えば、思考実験だが、一人昇進させたら仕事の成果が上がっていない他の2人を降格させよ。こういったことができればピーターの法則は防げるのかもしれない。もちろん、こう考える背景にはシステム思考がある。

《デカルトのロジックの抵抗を和らげる》

   ミルトン・エリクソンの場合は、もう少し考えられた言葉遊びを使う、簡単にいうと否定の「Not」と結び、あるいはほつれの「Knot」を混在させて混乱させるような話し方をする。[6] もちろん、間接暗示[7]として意図的にやっている。以下その例だが、英語のネイティブ・スピーカーだからこそ混乱するダジャレなので、このレベルだと日本語に翻訳するのはほぼ不可能だ。だが、実際にこれを聞いてみると、否定されているのか?されていないのか?よく分からずにどっちなのだ?と混乱するという具合だ。


But word play does not end when we move beyond induction to another phase -- storytelling or metaphor. We must continue to be alert to signals in words, and to listen for and provide multilevel messages. We incorporate the initial elements of word play to continue preparation for, and involvement in change. Words are Not just words;they are symbols for experience, and we must be respectful of the experienced message.

 We can combine types of word play by using words that carry a meaningful message for the client's experience, such as: Inhabitations are tied up in "nots." And often we make many things naughty, because they are knotty, and not just plain "nots." And we do not know about the hings we "no" until it is too late go back and pick up the pieces of the ribbon that got tied into the knots we did not know how to unknot. But you can pick at even the most painful knot and retie it into a beautiful bow that will how to the need to know that it was once a knot , but now it is not a know now.

 
もちろん、エリクソンはこれをトランス誘導にも使ったし、問題解決のための禅問答のようにも使ったということになる。ある意味、パラドクスにパラドクス、あるいはカウンター・パラドクスを当てるというエリクソンの技法の根幹でもある。うまくはまった場合は、認識や行動のもつれ、あるいは最終的に人間関係のもつが解消されるようなヒントが見つかる。もちろん、パラドクスを一般的と見てはだめだ、個々人のクライアントに特有なパラドクスを同定し、そこにその固有のパラドクスを解決するために編まれたパラドクスを絶妙のタイミングで当てる必要がある。

    さて、仕事や日常の場面で普通は理路整然と話せばよいのかもしれない。しかし、これが上手く機能しない場合、意識ではなく無意識から行く方法は用意しておいても損はないのだろうなぁと思っているわけだ。
 

(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2011/08/blog-post_23.html
[4]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/10/blog-post_3.html
[5]http://www.forbes.com/sites/waynecrews/2016/11/22/donald-trump-promises-to-eliminate-two-regulations-for-every-one-enacted/#5b4a52fc2b87
[6]https://books.google.co.jp/books?id=B2PNU6iuWSQC&pg=PA253&lpg=PA253&dq
[7]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/03/blog-post_12.html

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