2016年12月28日水曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(その10)


                                                                                                                             
 矛と盾の間で矛盾が起こるのは、頭の中だけで考えているからだ。

 矛で盾を突いてみたらどちらが強いのか一目瞭然。

 でもこの実験が出来ないから悩んでいるのだ(笑)。

 <ひとりごと>



矛を盾に突いてみる

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極性
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
ダブルバインド
分断
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
ジレンマ
分断
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
自己参照
一連のループ
自己をその原因として参照する円環的因果関係。トートロジー
好循環、悪循環
一連のループ
円環的因果関係。一連の原因ー結果のループが最初の原因にループバックする構図。
自己成就予言
一連のループ
予言をした者もしくはそれを受け止めた者が、予言の後でそれに沿った行動を取ることにより、的中するように導かれた予言のこと、予言と結果は円環的因果関係となる。

通常自己成就予言はダブル・バインドの構図を含む。通常は予言を受け止めた者が期待に対する証拠を受け入れると、それにそぐわないすべての証拠を拒否するようになる。自己成就予言は社会学者のロバート・マートンによって名付けられた。
もつれ
ひっくり返す
意図したものと、反対の結果を生み出す。適材不適所になる「ピーターの法則」、技術にたよると増々非効率化が進むなどがある
予期せぬ結果
ひっくり返す
行動を起こすと予期しない(通常は否定的な)結果がもたらされる
論理的パラドクス
ひっくり返す、一連のループ
明らかに同時に矛盾する概念を含む発言、または出来事。 たとえば、「私は嘘をついています」または「自発的です」。これが 真であるためには、偽である必要があり、偽であるためには真である必要がある。パラドクスには質もあるが、構成要素や類型も同じように重視するべきだ。これらはおそらくパラドックスの管理にはあまり重要ではないが、理解を深めることにはなる。

 9つ目は、論理的パラドクス、ということになる。このドキュメントでは「ひっくり返す(どんでん返し)」それと「一連のループ」のパターンの両方分類されている。

 このパラドクスについては、グレゴリー・ベイトソンの末娘のノラ・ベイトソンの映画「An Ecology of Mind 」[3]の中でグレゴリー・ベイトソンが語っていることが全てのように思える。


世の中の主たる問題は、「自然の摂理」と「人の思考」の差異によって生じる結果である。

 
  チャイナの故事に「矛盾」というのがある。文字通り、なんでも突き通す矛と、なんでも防ぐ盾の話だ。それを売っている商人に男が「その矛でその盾を突いたらどうなる?」と問うたところがこの故事の由来なのは誰でも知っているだろう。

 ここで「自然の摂理」は物理学的な法則に従い、矛が盾を突き通すか?あるいは矛は盾を突き通せないか?の二択になる。実際にやってみるとどちらかの結果になるのは明白だ。しかし、論理的な思考の世界では「何でも突き通す矛と何も突き通さない盾」が存在している。つまり、思考の世界では矛盾してはいない。要は、ベイトソンが言っているのは、世の中のほとんどの矛盾は、物理的な法則に従っている「自然の摂理」と「人の思考」の違いによって引き起こされていると言っていることになる。

 ベイトソンはこれを解決しようとしてダブル・バインドの仮説を構築したことになる。[3] 少し前の論文だが「Schizophrenia and the Family II: Paradox and Absurdity in Human Communication Reconsidered」[4]こういったものもネットに転がっていて非常に興味深い。

 それで、ベイトソンの言うような問題をどう解決したら良いのか?

 結論から言うと、物理的に実験をするしかない。もちろん、思考実験ではない。要は、「実際にやってみる!」、これに尽きる。

 もちろん、実験だからコツはあるだろう。要は、小さく失敗する。早く失敗する。上手く失敗する。ということだ。シリコンバレーあたりのベンチャー企業がやっている方法だ。どれが上手くいくなんて実際にやってみないことには分からない。だから、やってみる。これで実験を繰り返す。実際に実験を行えば、最初にもっていた仮定や前提、つまり思い込みは、単なる思い込みだったと気がつくだろう。だが、これは実際にやってみるまで誰にも分からない。特に、何がどう関連しているかよくわからない社会科学的実験はそうだ。

 余談だが、この実験に際してもエリクソン的な治療的ダブル・バインドの設定は必要だろう。要は、普通にやっていると失敗することに成功します。運がよければ普通に成功します。あなたはどちらで成功したいですか?ということだ。

 もちろん、実験にはコツがある。一か八かをやってはいけない。繰り返すが、小さく失敗する、早く失敗する、上手く失敗する。で、よく観察する。これに尽きる。

 余談として、実験する気にもならない、何をしてよいか分からない、こういう時のために、情緒的な雰囲気、つまりちょっと気分を変えてやる気を出してもらうために、エリクソンの治療的ダブル・バインド間接暗示があるわけではあるのだが・・・・

 もちろん、普通に人間をやっていればパラドクスはどこにでも転がっているわけだが、パラドクスに遭遇した時は、嫌になるのではなく、人間の器を広げるチャンスだとでも思って、エリクソン的にこのパラドクスを利用(Utilize)してみるというのがよいのだろう。


(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]https://en.wikipedia.org/wiki/Double_bind
[4]http://www.goertzel.org/dynapsyc/1998/KoopmansPaper.htm

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