2016年12月29日木曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(まとめ)


                                                                                                                             
 パラドクスは、今までの枠組みを超えて大きく変化するきっかけでもある。

 MRIのポール・ウォツラィックらが第二次変化と呼んだレベルでの変化だ。

 MRIにも在籍したベイトソンやヘイリーはここに禅との共通性を見出した。

 ミルトン・エリクソンはこれを利用しクライアントの変化を支援した。

 <ひとりごと>



まとめ

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
分断
《二兎を追う者は一兎をも得ず》
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
分断
《二兎を追う者は一兎をも得ず》
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
一連のループ
《堂々巡り》
自己をその原因として参照する円環的因果関係。トートロジー
一連のループ
《堂々巡り》
円環的因果関係。一連の原因ー結果のループが最初の原因にループバックする構図。
一連のループ
《堂々巡り》
予言をした者もしくはそれを受け止めた者が、予言の後でそれに沿った行動を取ることにより、的中するように導かれた予言のこと、予言と結果は円環的因果関係となる。

通常自己成就予言はダブル・バインドの構図を含む。通常は予言を受け止めた者が期待に対する証拠を受け入れると、それにそぐわないすべての証拠を拒否するようになる。自己成就予言は社会学者のロバート・マートンによって名付けられた。
ひっくり返す
《どんでん返し》
意図したものと、反対の結果を生み出す。適材不適所になる「ピーターの法則」、技術にたよると増々非効率化が進むなどがある
ひっくり返す
《どんでん返し》
行動を起こすと予期しない(通常は否定的な)結果がもたらされる
ひっくり返す、一連のループ
《どんでん返し》《堂々巡り》
明らかに同時に矛盾する概念を含む発言、または出来事。 たとえば、「私は嘘をついています」または「自発的です」。これが 真であるためには、偽である必要があり、偽であるためには真である必要がある。パラドクスには質もあるが、構成要素や類型も同じように重視するべきだ。これらはおそらくパラドックスの管理にはあまり重要ではないが、理解を深めることにはなる。

 まとめとして、メタの視点で全体を俯瞰的に眺めてみる。実は細かく分けてもあまり意味はないからだ。全体的に見てこそなんらかのパターンが見えてくるはずだ。以下少し書いておく。

《現象からより全体を把握する》

 一般的にはパラドクスはよくないことだと思われがちだ、しかし、普段は意識されていない大きなシステムを見るための「現象」がパラドクスだと捉えるとパラドクスはそれほど悪いことではないはずだ。普段意識していない枠組みの外に出てより大きなシステムを見るためにはパラドクスが必須だからだ。これはトートロジー的な説明になるのだが(笑)。

《世界観とパラドクスを把握する》

 さて、ミルトン・エリクソンだったらこのパラドクスとなっているクライアントの認識をよく観察する。これにはクライアントの話をよく聞く、あるいはメタファーを聞くということになるだろう。まずはやはり相手の世界観を理解するためだ。もちろん、クライアントが今問題だと考えていることはその物事の認識のやり方から来ていると考えている。哲学的にちょっと難しく表現するとエピステモロジー[3] という用語になる。

《パラドクスの構図を見立てる》

 問題の構図は、ある意味パラドクスの構図でもある。パラドクスの構図を見立てることが問題の定義でもある。このあたりで書いたが、敢えてロジカルに説明するとこうなるだろう。社会科学的なことは因果が多すぎて、実際になにがどのように影響してその問題が起きているのか?よくわからないところはあるのだが、パラドクスをこの大きなシステムの「現象」と見立てることで何らか見えることはあるはずだ。

《パラドクスのパターンを崩しにかかる》

 もちろん、ここでは戦略[4]を忘れてはいけない。要は、現状ー理想の認識とそれをどのように埋めるのか?ということだ。もちろん、ここにパラドクスがたちはだかる(笑)。これを、意識からロジカル・シンキングで崩しに行く場合もあるだろうし、エリクソンのように無意識から治療的ダブル・バインドで崩しにかかる場合もあるだろう。あんまり大きな声では言えないが、本屋で売っているようなコンサルタントが普通に使うロジカル・シンキングでパラドクスが崩せるようになってもある意味半分も半分どころか1〜2割という感じではある。理由は、単に意識だけのロジックだからだ。

 何れにしてもコーチやセラピストはパラドクスの構図をロジカルに把握しておかなければならないことには代わりはない。もちろん、エリクソンの場合は、二項対立的な認識をつかってクライアントを軽いトランス状態に導く。理由は単に情緒的な雰囲気を変え、変化への抵抗を弱めるためだ。[5] あるいは、混乱や驚きなどを問題解決のために利用する。このためのトランス状態なのでトランス状態自体になんら大きな意味はない。

《実際に行動してみる》

 認識上のパラドクスが解けてきたら、実際にその状況で行動を起こしてみることだ。対話だけでは変化が導けない、とヘイリーはそう主張している。[6] おそらく、最初は上手くいかない。だから、一か八かのようなやり方ではなく、小さく失敗する、早く失敗する、上手に失敗する、くらいで丁度よいことになる。もちろん、何かやってみると状況や相手からの状況からフィードバックが返ってくるだろう。もちろん、戦略的に考えるのであれば、ある程度の理想の状態は思い描いているはずだ。ここでも一見不都合な出来事をゴール達成のために利用できないのか?考えてみることは悪いことではないのだろう。[7]

《結論》

 パラドクスは既存の認識の枠組みを超えて、認識や行動に変化をもたらし、まわりとのコミュニケーションを考えながらゴール達成を目指すために利用するためにある、ということになる。

 

(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]https://en.wikipedia.org/wiki/Double_bind
[4]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_14.html
[5]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/07/blog-post_1.html
[6]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/08/blog-post_2.html
[7]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/10/blog-post_5.html

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

――

0 件のコメント:

コメントを投稿