2016年12月24日土曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:お悩みの構図はパラドクス(その6)


                                                                                                                             
 好循環・悪循環と考えているのは、

 たいていの日本人はサイバネティクスで考えているからだ(笑)。

 まぁ、円環的因果関係は仏教的世界観でもあるのだろうから・・・・

 <ひとりごと>



因果はめぐる、それも現実的なレベルで(笑)

  備忘録として書いておく。

   この記事で「いい大人がなぜ悩むのか?」について書いた。答えは、そこにパラドクスがあるからだ、というのがここでの答えだった。また、ここでのパラドクスを正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、実際に行動し、受け入れがたい結論が得られる」と定義した。

《パラドクスの類型と一般解は?》

  さて、ネットに落ちていた「Dilemmas and Tensions and Binds, Oh My!」[1] を読むと面白い。この中に典型的なパラドクスが9つ記載されているからだ。

 ここで、パラドクスを解決する方法はあるのか?

 もちろん、ここではパラドクスの類型と一般解としての方向性を考えている。

《9つのパラドクスの類型》

 さて、パラドクスの類型について書かれた表を上からひとつづつ見ていくことにしたい。もちろん、これが漏れなくダブリなく網羅しているのかは分からないが、日常生活や仕事の場面のパラドクスはある程度カバーしているように思われる。で、ここでは当然、人の認識ー行動を扱う、第二次サイバネティクスのレベルでの話になる。[2]


パラドクスの
類型
パラドクスの
要素
説明
両極性
両極端
《帯に短し襷に長し》
両極性は特定の状況でパラドクスを生む。例:意識か無意識か、敵か味方か、生か死か、理想か現実か、認知か行動か、個人か集団か、計画か実行か、理論か実践か、現状維持か変化か、分散か集中か、既製かオーダーメイドか、自由か責任か、短期か長期か、論理か直観か、一般か個別か、など。
ダブルバインド
分断
どっちかをやっても罰を受ける、やらなくても罰を受ける。
ジレンマ
分断
二つの選択肢、あるいは立場の対立、緊張が意思決定を難しくしていること
自己参照
一連のループ
自己をその原因として参照する円環的因果関係。トートロジー
好循環、悪循環
一連のループ
円環的因果関係。一連の原因ー結果のループが最初の原因にループバックする構図。
自己成就予言
一連のループ
 
もつれ
ひっくり返す

予期せぬ結果
ひっくり返す

論理的パラドクス
ひっくり返す、一連のループ


 5つ目は、好循環、悪循環ということになる。このドキュメントでは「堂々巡り」のパターンに分類されている。

  ミルトン・エリクソンを研究していたベイトソンたちのグループはエリクソンの技法を第二次サイバネティクスを当ててみた、これは背景にある因果関係を直接的因果関係から円環的因果関係へ転換したことを意味する。[3] もちろん、これは普通の人が物事や人間関係で好循環・悪循環と考えている考え方を社会科学的な表現に変えただけに過ぎないが大きな転換ではある。人間関係や自身の認識の中で未来や過去を考える。これはある意味、円環的因果関係となる。

 円環的因果関係で考えたら色々な問題は解決したか?解決したものもあれば、余計にこんがらがったものもある。後者の一つが円環的因果関係によるパラドクスがこれにあたる。

 Wikipediaの Causal loop [4]の項目を参照すると面白い。例えば、円環的因果関係に関してブードストラップのパラドクスがあげられている。もちろん、何か難しいコトバが使ってあるといって難しく考える必要はない。『ドラえもん』や『Back to the Future』ではお馴染みの考え方だ。

 例えば、『ドラえもん』で、締め切りに間に合わない漫画家が悶々と思い悩んでいる。その漫画家は未来に発売された漫画をのび太やドラえもんが読んでいるのを見つけ、写させて欲しいと頼む。この場合、結局この最初にこの漫画を書いたのは誰か?というパラドクスが発生するということになる。たしか、「オシシ仮面」が出てきた回だ。もちろん、『Back to the Future』では、両親が結婚しないと自分が存在しないことになり過去にタイムトリップしてドタバタを繰り広げるのがプロットになっていた。

 もちろん、実際にはタイムマシンなんて存在しないので、こういうことはあくまでも思考実験としてのパラドクスになる。

   ただし、家族療法に取り込まれている人間関係上の円環的因果関係はもっと現実的だ。Slideshareに非常に参考になるプレゼンテーションが掲載されている。今日の、トピックに関連するのは P.15あたりからだ。



 要点をまとめておくと以下のようになるだろう。


  • 我々は情報など相互のやり取りの世界、つまりサイバネティクスの世界に住んでいる。
  • (システム論には大別すると、直線的因果関係か円環的因果関係になる)
  • 直線的因果関係は意味なく個人を非難することにつながりやすい。「おまえのせいだ!」(確信はあるが、実は確固たる理由はない)
  • 円環的因果関係は、問題は人間関係の中の相互作用にあると考える。「お互い様」、解決のためには関係性や状況を変える必要がある
  • 問題はいくつもの出来事、あるいはその認識の連鎖からつくられている
  • 事例:両親が帰宅すると子どもが怒っている
    • 直線的因果で考えた場合:原因は子どもにある。フラストレーションを我慢できなくなった時に感情が爆発した。
    • 円環的因果関係で考えた場合:子どもが父に怒る→父は子どもの振舞について母親にガミガミいう→母親は憂鬱になって泣き出す→父親が怒鳴る→子どもがそれを見て怒り出す→子どもが父親に文句を言う→こういった構図が繰り返される
 
 このあたりは、家族療法の「家族を一つのシステム」として見立てるという素敵なところが見えてくるところでもある。対処は、原因は子どもにあると、考えるのではなくシステムにあると考える、これが一つのポイントだ。あまり大きな声では言えないが少し前に流行った「自分原因説」みたいなものもシステム論派からすれば愚の骨頂ということになる(割)。上の場合も親が子どもを叱って仮に静かにさせたとしても、それは結局火に油を注ぐことになるからだ。つまり、これがパラドクスとなる。

 
 結局、この円環的因果関係の中で怒っている振舞や認識を変化させて、よりよいゴールを目指しましょうというのがここでの方向性になる。

 具体的にどうするのか?それはエリクソン派生のミラノ派について書いたところが参考になるだろう。二元論に還元するのもアレだが、簡単にいうと悪循環を断ち切って、善循環に変えるにはどうしたらよいのか?それをどのように見立てて、どのように介入をしたらよいのか?ということだ。

 もちろん、ミラノ派の要点はパラドクス介入、あるいはカウンター・パラドクス介入であるのが、これはもちろんミルトン・エリクソンを継承する技法ということになる。

    で、これもあまり大きな声では言えないが、エリクソンの本質はやはりパラドクスを見立て、それを利用する形式でそこに治療的ダブル・バインドを当てたり、パラドクスにカウンター・パラドクスを当てて悪循環を断ち切って、善循環に向かうようにすることだということが分かる。もっと言うと、催眠導入ができたからといってもそれは単なる宴会芸のレベルでしかないということだ(笑)。

   もちろん、家族や組織をシステムと見立て、きちんとした介入が出来るようになると、エリクソニアン・アプローチは組織マネジメントやチェンジ・マネジメントなどにも応用が広がる技法でもあるということだ。
 

(つづく)

文献
[1]http://www.gwiznlp.com/wp-content/uploads/2014/08/Dilemmas-Tensions-and-Binds-Oh-My.pdf
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/12/blog-post_14.html
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2016/11/blog-post_8.html
[4]https://en.wikipedia.org/wiki/Causal_loop

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