2017年2月28日火曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 59日目


                                                                                                                            
 エリクソンの地道な研究・実証から伺えるのは、

 クライアントの利益が第一、という態度だ。

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、

 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 今日は、59日目について書いておきたい。

催眠による悪影響の調査と検証

 今日は、一本目の「Possible Detrimental Effects Of Experimental Hypnosis」から。1932年に投稿された論文。

 エリクソンは31歳。

 米国では、この年に大統領選挙が行われた。現職、共和党のハーバート・フーヴァーが破れ、後に日本との開戦時の大統領となる民主党のフランクリン・ルーズヴェルトが当選。

 日本では5.15事件が発生し首相の犬養毅が暗殺された。帝国海軍陸戦隊と蒋介石国民党軍との間で第一次上海事変が勃発。前年の満洲事変から満洲国が成立。政党政治が弱体化し軍部が台頭し日米戦の萌芽が見られる時代に書かれた論文だ。まだ、メーシー会議は開かれてはおらず、サイバネティクスの影響はない。このあたりの時代背景を頭の片隅において読む。もちろん、最新の研究では何か異なる主張や結論付けがあるのかもしれない。

 この論文の要点は以下だ。

 当時も今も、催眠(現象)については偏見が多い。1932年だと今より偏見は大きかったのかもしれない。エリクソンが催眠に関する悪影響について調査研究を行う。要は、催眠というキーワードだけで何か怖いものという認知バイアスがかかるためだ。具体的な内容は以下の4点。

催眠下で、
①自分に不都合で受け入れ難い後催眠暗示を簡単に受けれてしまうのではないか?
②暗示を受け入れると、その後人格が変わってしまうのではないか?
③暗示を受け入れると、その後現実と妄想の区別がつかなくなるのではないか?
④暗示を受け入れると、その後本人の意図しない不都合な振る舞いをするのではないか?

 エリクソンは文献を調査するが、これらが起こることは発見していない。また、実際に約300人の被験者についてのべ数千回のトランス誘導を行い、4〜6年間継続したが悪影響は起こらなかったと報告している。具体的には、表の真ん中の標準的催眠で実証実験を行う、結果は以下だ、

①'催眠下でも暗示性は過度には高まらない
②'人格は変わらない、ホモセクシャルの被験者に試したがその性向は変わらなかった
③'現実と妄想の区別がつかなくなることはない
④'不健全な精神的態度を見せるようになったことはない。

 と結論づけている。逆に言うと、催眠に過度な期待を寄せている人間にはがっかり、という現実的な結果だ。逆にいうと催眠にそれほど力はない、ということだ。

 余談だが、「ミルトン・エリクソン心理療法〈レジリエンス〉を育てる」の中に以下がある。[2]


エリクソンが一度としてぶれたことのない領域は、「治癒」の捉え方であった。これは、彼自身が麻痺を克服したという体験から来ているのではないかと思う。彼は青年のころ、体験的なリソースが変化を発生させることを学んでいる。早くも1948年には、直接暗示はなんらかの形でクライエントに影響を与えるけれども、治癒はそうした直接暗示の結果ではなく、その問題の特定のコンテクストで必要とされる体験を再結合させることによって生じるものであることを認識していた(Erickson , 1980).


 このあたりはエリクソンの技法のミソだ。結局、間接暗示で知覚と知覚に新しい関係を示唆して体験を再結合している様子は論文の至るところに出て来る。要は、論文中の表現を借りると、経験に間接暗示を編み込むということだ。要は経験のメタ・レベルでの編集ということになる。これができないと催眠下で暗示、暗示といって単にコトバを呟いても意味がないということでもある。



催眠が反社会的に利用される可能性の研究 

 二本目は、「An Experimental Investigation of the Possible Antisocial Use of Hypnosis(1939)」という題の論文。

   エリクソンは38歳。

 出来事といえば、ヒトラー率いるドイツがポーランドに侵攻を開始し、ヨーロッパから第二次大戦が始まったとされる、ちょうどそんな時代だ。

 論文に戻る、要は、催眠を反社会的なことに活用できる可能性はあるのか?

 現在のコトバで言うと、「催眠をソーシャル・エンジニアリングに使えるのか?」となるだろう。「元詐欺師が教える詐欺のテクニック」のようなものだ。これについて「ソーシャル・エンジニアリング」[3]という翻訳本がある。個人的には英語版を保有しており、日本語版を書店でパラパラ読んでみたが翻訳に少し難ありという感じだった。だが、本書ではNLP(Neuro-Linguistic Programming:神経言語プログラミング)がきちんと悪役レスラーを演じているという意味では興味深い著作だ。

 さて、ソーシャル・エンジニアリングとは「人間の心理的な隙や、行動のミスにつけ込んで個人が持つ秘密情報を入手する方法のこと。ソーシャル・ワークとも呼称される。あるいはプライベートな集団や政府といった大規模な集団における、大衆の姿勢や社会的なふるまいの影響への働きかけを研究する学問である」。

 ここで書いたが、ソーシャル・エンジニアリングは人間関係のアヤで発生するものだ。例えば、仲良くなって重要な機密情報を聞き出す。あるいは、オレオレ詐欺のように人の親切心につけ込んでお金を振り込ませるとかそういった内容となる。逆に言うと、企業や団体はこういうことが起きないように、あるいは起きたときの対処を業務プロセスに反映しておく必要があるだろう。

 もちろん、こういった場面で催眠が使えるかもしれない。しかし、ソーシャル・エンジニアリングを何か一つの原因に還元することは難しい。つまり、「催眠だけがソーシャル・エンジニアリングの犯人なのか?」

 このような前提をおいてエリクソンは調査研究を進める。そんな論文となる。

考察 

 コンサルティングで言われることに「クライアント・インタレスト・ファースト」というのがある。要は、顧客の利益が第一だ、ということだ。裏を返すとコンサルタントの利益は二の次だ、ということでもある。今日の論文からするとやはり、エリクソンも、顧客の利益が第一、と考えていることがわかるよい論文だ。だから、長年に渡って顧客に不利益があるのではないか?この仮説のもとに不都合を地道に調査・実証した、という具合だ。対してお金にもならない地道な研究を何年も続けられるものではない。

2月28日の進捗、472ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 17.8%) 

Volume 1  : The Nature of Hypnosis and Suggestion

Possible Detrimental Effects Of Experimental Hypnosis
 Milton H. Erickson Reprinted with permission from The Journal of Abnormal and Social Psychology, 1932, 37, 321-327. 

An Experimental Investigation of the Possible Antisocial Use of Hypnosis Milton H. Erickson Reprinted with permission fromPsychiatry, August, 1939, 2, 391-414. 



(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2014/05/blog-post_13.html
[3]https://www.amazon.co.jp/dp/4822284972


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2017年2月27日月曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 58日目


                                                                                                                            
 学術論文を読みまくると

 エリクソンが何をしていたのかがよく分かる(笑)。

 今なら相撲の審判みたいに技の名前を使って物言いを解説できるな(笑)。

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、

 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 今日は、58日目について書いておきたい。
 

間接暗示と腕浮遊

 今日は、「 Indirect Forms of Suggestion in Hand Levitation」の続きから。1976-1978のエリクソンのほぼ晩年にアーネスト・ロッシに語られた内容のメモ。観念運動を利用したトランス誘導の一つである腕浮遊、それを間接暗示で行う。

 ここで、面白いことに気づく。それは、エリクソンが、おおよそ「Trance」という言葉以外は、被験者が五感で知覚できる言葉ばかりを使っている点だ。例えば、手が動くとか、重みを感じるとか、掌が上がるとか、掌が顔に近づくなど。もちろん、今起こっていること、これから起こるだろうことの違いはある。要は、被験者が事実として経験できることだけを言葉に出している。例えば、膝が掌の重さを感じてます、と言われ、被験者がそれを知覚していれば事実なので否定も抵抗もしようがないというわけだ。そして、腕が上がると肘が折れるのが分かります、のように動作に何らかの関係が存在していることを示唆する。

 逆にいうと、ここでは、砂浜の上を歩いているとか、森を歩いているとか、そういった想像や想起は使っていないということも分かる。被験者が何を想像しているのかは本人しか分からない。従ってこういった想起を使うのは案外コントロールが難しいということなのだろう。ちなみにコントロールもサイバネティクスの概念を当てると、情報なり何かの流れを①入口で絞る、②途中を制御する、③出口を絞るの何れかの組み合わせとなる。例えば、意図的に何らかの情報を与えない、というのは入口で絞るコントロールとなる。その意味この誘導ではエリクソンは入り口で知覚の焦点を絞るなり、のコントロールを行っているように思われる。

   トランスに導くためにエリクソンは Trance 、例えば going into a trance のような言葉を使っている。しかし文の構造から考えると、案外これは知覚できない少し難しそうな概念的なことであればtranceに限らず何でもよいのかもしれない。

 Youtubeに昨日とは異なる腕浮遊のトランス誘導の映像が落ちていた。撮影は1977年で場所はエリクソン宅だ。直接の映像リンクが禁止されてたので映像のリンクだけを貼っておく。映像の最初6分あたりまでは、Early Learning Set が使われているが、それから腕浮遊に移る。普通の人が視聴するとあまりにも退屈なのかもしれないが、何回も何回も穴の開くほど視聴することで何か見えてくることはあるのだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=6cOMD9d6eZw

 さて、論文に戻って簡単なメモ書きを


  • 一連の暗示をヒッチハイキングする
  • 複合暗示で抵抗を回避する
  • トランス経験中の無意識の検索を実装する
  • 埋め込まれた方向性と散りばめられた暗示
  • ロジックよりも偶発性:受容的なトランス誘導
  • 思考と行動を分ける
  • 間接暗示を学ぶための練習 
 エリクソンは間接暗示を使う時非常に言葉を大事にしている。間接暗示について40ページのアイディアを書きつけ、それを20ページに絞り、さらにそれを10ページに絞り、そして厳選された暗示だけを使うという具合だ。


考察 

 個人的に、エリクソンの言語パターンを観察する上でいくつかあるうちの一つのフレームワークとして一般意味論の E-Prime を使っている。[2] これは TO-BEつまりBE動詞を使わないで表現するという概念だ。BE動詞を使うと、①身元照会、②クラスのメンバー、③包含されるクラス、③述語、④助動詞、⑤存在、⑥場所を表す。ただし、場合によってはこの境界が曖昧になることがある。これを明示するためにBE動詞を使わないで記述するというのが E-Prime の概念だ。

 個人的には、このE-Primeを五感で知覚できる動詞を使う場合と、知覚できない概念的な動詞を使う場合に分けて考えている。もっとも、Wikipedia を参照すると、認知言語学者たちからは色々批判もあるようなのでこのあたりは考えを深めるために考慮したいところだ。

2月27日の進捗、464ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 17.5%) 

Volume 1  : The Nature of Hypnosis and Suggestion

23.  Indirect Forms of Suggestion in Hand Levitation 
Milton H. Erickson and Ernest L. Rossi 




(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html
[2]https://en.wikipedia.org/wiki/E-Prime


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2017年2月26日日曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 57日目


                                                                                                                            
 一見、不思議なことは、

 だいたいタネも仕掛けもある話(笑)。

 タネがわかると手品は手品ではなくなる。

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、

 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 今日は、57日目について書いておきたい。

 内容は、「間接暗示による腕浮遊のトランス誘導」。間接暗示というのがミソだ。なぜ、こんなことをするのか? 

 目的は、催眠自体に対する抵抗が強い人向け。あるいは、トランス状態に入りにくい人向け。こういう人までを対象にして、クライアントのいままでの思い込みを緩めて新しい何かを「学習」し易い心身状態であるトランス状態に導く。そのために何事にも批判的な「意識」に大人しくしてもらう。例えば、「うまくいきっこない」「あれもこれも無理だ」「今までできなかったので今後も無理だ」、内部対話としてのこういう批判的な意識に大人しくなってもらう。「もし、何も制限がないとしたら?」「どうすればできる?」のようなアイディアを無意識に考えられる状態に導くためだ。トランス状態では二項対立も対立していない状態となる。ある意味パラドクスの存在を受け入れられる状態でもある。もちろん、その前段階にある「催眠とかトランスって、そもそも気持ち悪い!」という抵抗も回避する。このための間接暗示や間接的技法ということになる。

 もちろん何をするかについてクライアントとの合意と要望の尊重は必要だ。また、達成されるべきものは、クライアントの思い描くゴールでトランス誘導ではない。

 いくつかの前提がある。この表この表で書いたが、エリクソンの技法はステージ催眠のようなテレビで催眠術師がやっている催眠術とは無縁だ。これは古典催眠と読み替えてもよいかもしれない。ここで書いたが、エリクソン自身が「臨床催眠をやりたいならステージ催眠術師には師事してはいけない」とまで言っている。

 実際にエリクソンの催眠は、古典催眠ではなく、表の真ん中の学術的な標準的アプローチから始まる。そして表の右側のエリクソニアン・アプローチ(現代催眠のひとつ)を進化・深化させていくというのが論文全体に流れる大きな物語だ。これは、物事を、例えば「古典催眠 vs 現代催眠」のような二項対立で見てはいけないという示唆のようにも思えてくる。こうならないためにはベイトソンにならい、観察し、二重記述、多重記述する必要がある。仕事や日常でも大いに役立つことだ。実際、上の表も三重に記述されている。


間接暗示と腕浮遊

 今日は、「 Indirect Forms of Suggestion in Hand Levitation」から。1976-1978のエリクソンのほぼ晩年にアーネスト・ロッシに語られた内容のメモ。観念運動を利用したトランス誘導の一つだ。

 これに関連して、間接暗示による腕浮遊のトランス誘導をYoutubeで視聴することができる。今日のメモ内容はこの映像が全てだ。この映像のトランスクリプトはエリクソンとロッシの共著「Experiencing Hypnosis」[2](未邦訳)にエリクソンとロッシの解説付で掲載されている。学術的な記録なので非常に地味だが、逆に至るところにいぶし銀のような技法が散りばめられおり分かる人にはたまらない映像だ。結局、間接暗示は普通の人が聞いても意識に登らない。本当にクライアントの治療的な変化を指向した催眠は意識に上がらないので見ても限りなく地味だということになる。

 逆に、手品の種明かしのように、意識してみるのも面白いだろう。例えば、「この誘導でエリクソンは何回ダブル・バインドを使ったか?」「その種類は何か?」、意識して視聴してみる。要は、メッセージの背景にある、メタ・メッセージは何か?エリクソンはどのようにクライアントとメタ・コミュケーションしているか?その意味ではエリクソンを学ぶには最適な映像だ。この映像を入り口と呼ぶにはあまりにも深い。

 逆に言うと、エリクソンを学ぶのに古典催眠から学び始めるという発想はあまりにも明後日過ぎる。理由は体系やその前提となる枠組みがまったく違うものだからだ。「臨床催眠をやりたいならステージ催眠術師には師事してはいけない」エリクソンがこう言うのも理解できるわけだ。



 さて、この映像は、1958年にエリクソンがスタンフォード大のアーネスト・ヒルガードとジェイ・ヘイリーの元を訪れ、ヒルガードの秘書のルースという名前の女性を相手に行った腕浮遊によるトランス誘導とリバース・セットのデモンストレーションの記録だ。冒頭登場し、エリクソンにルースを紹介している男性がヒルガードだ。これから約18分ほどかけてトランス誘導が行われ、その後15分ほどかけてリバース・セットのデモが行われる。当然、間接的な技法や間接暗示が使われている。

 エリクソンの催眠誘導は通常30分〜1時間かけてゆっくり行われる。逆に言うと5分で誘導とか瞬間誘導とかのネットの情報はあてにしないほうがよい。ここでは、当然、いきなりリバース・セットとはならずイエス・セットから始まるが、そのあたりの営業トレーニングなどで教えられているイエス・セットがいかに薄っぺらいものであるのが分かるのもこの映像の面白いところだ。

 余談だが、翌年の1959年に、スタンフォード大のご近所に短期療法、家族療法で有名なMRI(Mental Research Institute)が開設される。

 今日の内容を少しメモしておく。

  • クライアント一人一人を観察する。それぞれの世界観を尊重する
  • トランス状態は日常的に経験しており、これを利用する
  • クライアントの事実認識の中に間接暗示を編み込む
  • 「おそらく」を使い断定を避ける
  • 無意識の反応を利用する
  • 無知の知を使う。セラピストは愚かな賢人
  • 複合暗示を相互に強める(ポジティブ・フィードバック・ループで)
  • 継続している振る舞いを使って知覚の焦点を変える
  • トルゥーイズムと間接的技法
  • 複数の選択肢の提示
  • 気をそらすための二重の暗示を使う

考察 

 エリクソンは地味だ。おそらくあまり関心がない人が映像を見ていても何をやっているのか理解できない。もちろん、間接的な技法や間接暗示は本来そういうものだから、ある意味成功しているとも言える。要は、クライアントがゴールを達成できればよいことだ。通常エリクソニアンが書いた著作だと目的は「Therapeutic Change 」と書かれていることが多い。要は、「治療的な変化」がゴールであって、トランス誘導は単なる手段の一つでしかないということだ。

2月26日の進捗、456ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 17.2%) 

Volume 1  : The Nature of Hypnosis and Suggestion

23.  Indirect Forms of Suggestion in Hand Levitation 
Milton H. Erickson and Ernest L. Rossi 




(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html
[2]http://ori-japan.blogspot.jp/2012/07/blog-post_25.html


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2017年2月25日土曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 56日目


                                                                                                                            
 新しいことを学ぶためには、

 いままで学んだことを忘れる必要がある。

 いつもの延長で考えると、新しいことは学べない(笑)。

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、

 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 今日は、56日目について書いておきたい。

 エリクソンからは「学習」という少し大きな物語が感じられる。これは、クライアントに繰り返される不都合な症状や振る舞いも、中立的に表すと「学習」によって身につけた何かだということだ。おそらく、これはウィスコンシン大時代のクラーク・ハル教授の影響だ。エリクソンの症例だと、爪を噛む、おねしょをする、引きこもる、体に痛みを感じる・・・・これらの症状も「学習」によって身につけた何かだと考えていたフシがある。少なくとも、クライアントにはそういうメッセージを伝えているように思う。一番の問題は、その振る舞いや症状がその状況では役に立っていないということだ。

 ここで2つの解決の方向性が考えられる。一つは、振る舞いを変える。もう一つは、それが役立つ状況を見つける。これも当然、「学習」ということになる。ただし、新しいことを学びなおすには、一度「学習」したことを忘れて、できれば今の枠組みの外に出て「学習」することが必要になる。枠組みを超えた「学習」によってもたらされる変化は、ポール・ウオツラィックの言った二次的変化(Second-order change)ということになる。学習するから変化するのか?変化するから学習するのかは?おそらく円環的因果関係でぐるぐる回っていることになる。鶏⇔卵の話は、第二次サイバネティクスで扱う話だ(笑)。[2] それで、本当は一見役に立たないことが役に立つ状況を見つけるほうが難易度が高い。理由は現在の枠組みの外に出る必要があるからだ。

 日本人が病的に好きな方法としてPDCAというのがある。適用される前提を考えずに宗教のように信奉している人も多い(笑)。正式名称はデミングサイクルだが、これは基本既存の枠組みの元でカイゼンを意味している。例えば、部品の加工精度を ± 10ミクロン内に収めるという具合だ。サイバネティクス的にはこれはネガティブ・フィードバック・ループで回される。つまり、ゴールを設定し、その数値からの偏差を少なくする方向で回されることになる。究極は全員が偏差値50だ。だから、製造業の加工プロセスのようなところには向いている。ある意味、金太郎飴を真面目につくるプロセスだ。ただし、PDCAを真面目にやればやるほどイノベーションは生まれにくくなる。

 しかし、「学習」というのはこうはいかない。計画したからといって進捗ぐらいは管理できるかもしれないが、何をどう学ぶのか?などといったことは予め計画されることではないからだ。興味のあることは深く掘り下げる、興味のないことはさっと通り過ぎる。いままでの常識、思い込み枠組みを超えて学ぶことは予め計画してできることではないからだ。だから、実際にやってみてそこから一つでも学べたらラッキーくらいの態度が必要になる。これは、サイバネティクス的には、ポジティブ・フィードバック・ループで回される。ゴールから偏差を出来るだけ多くする方向で回される。偏差値50から上に外れたものすごく優秀なのが生まれることもあれば、偏差値50を下回る、少なくともその基準からはダメダメの何かが生まれることもある。企業などでダイバーシティを進めていることもこれに関係ある。[3] ただし、これはイノベーションは生まれても、品質管理は難しくなる。シリコンバレーのアイディア勝負の会社がこんな傾向にある。

 もちろん、ここではどちらがよい悪いの話をしているのではない。前提を考慮して使い分けるのが重要だということだ。ちなみに、エリクソンの場合は、ポジティブ・フィードバック・ループによる「学習」ということになる。だから、既存の枠組みを忘れるなり、超えたところにある「学習」ということになる。枠組みを忘れるために、あっと驚くような方法を使うこともある。結局、エリクソンの間接暗示も大きな物語として書けば「アンラーニング」と「学習」のためにあるということになる。


間接暗示の形式

 今日は、「Indirect Forms of Suggestion(1976)」の続きから。

 エリクソンは1980年に亡くなるので、かなり晩年のエッセー。エリクソンは、1957年に催眠を臨床等への応用を行う学会である The American Society of Clinical Hypnosis[2] を設立するが、このエッセーはその学会の1976年に開かれた28回目の年次総会で発表された内容だ。アーネスト・ロッシとの共著となる。

 エリクソンのスタイルの特徴はこのあたりに書いた。細かい話として直接暗示ではなく、間接暗示を多用する、ということがある。要は、暗にほのめかす、とか「含み」を持って話すということだ。欧米の文化を勉強すると、安直に「自分を強く主張しろ」というようなことが語られるが、光が強くなれば影も濃くなるのように、自分の主張を押し付けると相手の抵抗が強くなるのは万国共通ということだ。

 それで今日の範囲は、11の対立概念の併記、から14の間接暗示について議論、というところになる。

1.Indirect Associative Focusing
2.Truisms Utilizing Ideodynamic Processes and Time
3.Questions That Focus, Suggest, and Reinforce
4.Implication
5.Therapeutic Binds and Double Binds
6.Compound Suggestions: Yes Set, Reinforcement, Shock, and Surprise 7.Contingent Associations and Associational Networks
8.The Implied Directive
9.Open-Ended Suggestions
10.Covering All Possibilities of Response

11.Apposition of Opposites
12.Dissociation and Cognitive Overloading
13.Other Indirect Approaches and Hypnotic Froms
14.Discussion


11.の対立概念の併記の例は以下、


As your hand feels light and lifts, your eyelids will feel heavy and close.


実際には、手が軽く感じて上に浮遊すること、それとまぶたが重く感じて閉じることには関連性はないが、あたかもここに関連性があるように示唆している形式になる。色々バリエーションあり。言葉だけではなく身体のある部分とある部分がつながっているに振る舞うとパントマイムになる。

12.は分離と認知のオーバーローディング、これはジョージ・ミラーの「Magical Number  7 plus or minus 2」と関連がある。[4] 同時に5〜9以上の情報に知覚の注意を向けてもらうことで意識を混乱させるようなパターン。



You can stand up or sit down. You can sit in that chair or the other. You can go out this door or that. You can come back to see me or refuse to see me. You can get well or remain sick. You can improve or you can get worse. You can accept therapy or you can refuse it. Or you can go into a trance to find out what you want.


ここで二重分離のダブル・バインドについても数式めいた方程式が多数提示され、ほとんどのパターンが網羅されている。

13.はその他のパターン。参考文献中心。

14.は、上に上げたパターンについてのディスカッション。

 おおよそこんな感じだ。
 
 
考察 

 さて、間接暗示は言葉のパターンだ。しかし、本当に重要なことはそれを補助線としてクライアントの知覚の注意がそう動いているか?ということになる。

 もちろん、混乱というのは知覚が混乱しているということでもある。何か、新しいことを学ぶためには、その手前で既存の枠組みから出るために、あえて混乱が必要な時もある。「嵐の前の静けさ」から「嵐」になり「雨降って地固まる」のようなプロセスということだ。その意味、エリクソニアン・アプローチのトランス状態というのは、既存の枠組みを緩めて何か新しいことを「学習」しやすくする状態だということもできる。

2月25日の進捗、448ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 16.9%) 

Volume 1  : The Nature of Hypnosis and Suggestion

Indirect Forms of Suggestion 
Milton H. Erickson and Ernest L. Rossi A portion of this paper was presented at the 28th Annual Meeting of the Society for Clinical and Experimental Hypnosis, 1976, under the title Milton H. Ericksons Approaches to Trance Induction.




(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html
[2]https://learn1.open.ac.uk/mod/oublog/viewpost.php?post=178202
[3]http://ori-japan.blogspot.jp/2013/12/blog-post_13.html
[4]https://en.wikipedia.org/wiki/The_Magical_Number_Seven,_Plus_or_Minus_Two


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com
https://www.facebook.com/Okirakusoken-236949276723679

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2017年2月24日金曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 55日目


                                                                                                                            
   ミルトン・エリクソンに「教え」はない、ただ「学び」があるだけだ(笑)。

   それで、エリクソンからの「学び」は押し付けがましさがないことだ(笑)。

 <ひとりごと>



はじめに

 備忘録として、

 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 今日は、55日目について書いておきたい。

 ここまで読んだ感想は非常にシンプルだ。エリクソンは押し付けがましくない。これに尽きる。つまり、あまり教えらしい教えというものがない。感謝が大事だの、愛が大事だの、勇気が大事だのと空中戦にならないのもエリクソンの技法の特徴だ(笑)。かならず事実なりそこで起こっている随意、不随意の動作なりから始める、だから、心理的なものを謳っている一般的にありがちな押し付けがましさがまったくない。愛が大事だとか、勇気が大事だとかはクライアント一人一が自分で決めればよいということだ。状況に応じては、感謝や愛や勇気もそれを押し付ければ、何かを学ぶことの抵抗になるということだ。

 やっていることはただ、何か自律的、あるいは不随意で動いている身体などの事実だけをまずは描写し、それから、ちょっと違う、別の動きなり心身状態に結びつけるようなことだけをやっている。もっと正確にいうと、そこに関係性があるように示唆しているだけだ。しかも、こういった動きはだいたいサイバネティックスのポジティブ・フィードバック・ループで関連付けられていることになる。つまり、何かをすればするほど、もっとこうなるという具合。だからエリクソンの技法は非常に自然な感じで使われる。


間接暗示の形式

 今日は、「Indirect Forms of Suggestion(1976)」の続きから。

 エリクソンは1980年に亡くなるので、かなり晩年のエッセー。エリクソンは、1957年に催眠を臨床等への応用を行う学会である The American Society of Clinical Hypnosis[2] を設立するが、このエッセーはその学会の1976年に開かれた28回目の年次総会で発表された内容だ。アーネスト・ロッシとの共著となる。

 エリクソンのスタイルの特徴はこのあたりに書いた。細かい話として直接暗示ではなく、間接暗示を多用する、ということがある。要は、暗にほのめかす、とか「含み」を持って話すということだ。欧米の文化を勉強すると、安直に「自分を強く主張しろ」というようなことが語られるが、光が強くなれば影も濃くなるのように、自分の主張を押し付けると相手の抵抗が強くなるのは万国共通ということだ。

 それで今日の範囲は、5の治療的バインド、ダブル・バインドから10の反応の全ての可能性のカバーのところとなる。

1.Indirect Associative Focusing
2.Truisms Utilizing Ideodynamic Processes and Time
3.Questions That Focus, Suggest, and Reinforce
4.Implication
5.Therapeutic Binds and Double Binds
6.Compound Suggestions: Yes Set, Reinforcement, Shock, and Surprise 7.Contingent Associations and Associational Networks
8.The Implied Directive
9.Open-Ended Suggestions
10.Covering All Possibilities of Response
11.Apposition of Opposites
12.Dissociation and Cognitive Overloading
13.Other Indirect Approaches and Hypnotic Forms
14.Discussion


興味は尽きないが、細かくやっていくときりがないので要点だけ書いておく。例えば、5の治療的バインド、ダブル・バインドの話。言語パターンとして以下が登場する。声に出して読むこともできるし、黙読することもできる、音の感じを愉しむこともできるし、浮かんでくるイメージを愉しむことも、論理的に構造を考えることもできる。


You don’t even have to listen to me because your unconscious is here and can hear what it needs to, to respond in just the right way.


 here とhear が韻を踏んでいたりもするのだが、全体的な言葉の構造により被験者はバインドされていることになる。具体的には、

  • 意識で聞いてなくても無意識がここにあって必要なことは聞いている
  • どんな反応でも、無意識でちょうどいい具合に反応している
  • だから、何をやっても、何もやらなくても、それは適切だ

 だいたいこんな感じになる。だから反応しなくても適切、どんな反応をしても適切、といった形式でバインドされていることになる。だから、何をやってもOK、何もやらなくてもOK、そんなメッセージが暗黙的に伝えられる。もちろん、状況設定やセラピストとクライアント間のラポールがあっての話となる。

 大体こんな粒度で読んでいる。
 
考察 

 さて、グレゴリー・ベイトソンは何かを観察する時、二重記述、多重記述せよ、と言っている。[3] これに学ぶとエリクソンの言語パターンもそうして観察する必要があるのだろう。個人的には、1)統語論、2)意味論、3)語用論で三重記述しているところはある。学びは恐ろしいほど深くなる。

 この中で、2)の意味論については、個人的には認知言語学もしくは一般意味論で記述しているところがある。2つはまったく別の概念だが、おそらく一般意味論から始めたほうが分かりやすい。個人的には単なる三重記述の道具としてだけ使っている。

 一般意味論に構造微分という人の知覚、認知のモデルがある。[4] 簡単にいうと、a) 外的世界の出来事が起こる b) 五感でそれを知覚する c) それに言葉のラベルを貼る d) 言葉を記号として推論する、e) もっと抽象度の高い意味や法則をつくる。のようなプロセスを表している。

 こういった一般意味論の視点でエリクソンの言語パターンを分析した著作に「Hypnotic Language: Its structure and use 」[5] があるが、この枠組みを当てはめてエリクソンの言語パターンなり技法なりを見てみるのも面白いだろう。もちろん、最終目的は三重記述をすることになるので、その一つの視点を得ることではあるのだが・・・・・

 それで、この著作の必要の重要な要点は一つだ。知覚出来る事実の話をしているのか、知覚できない概念の話をしているのかを区別する。これで、エリクソンの言語パターンを読んで見るのも面白いだろう。言い忘れたが「空中戦」の定義だ。一般意味論に、「地図は地図を参照できる」というのがあった。つまり、最初は事実に基づいてつくられた概念のようなものをこねくり回す、つまり記号操作して新しい概念をつくることができるということだ。良い面もあれば、悪い面もある。このプロセスは無色透明だ。これをここでは「空中戦」と言っている。

2月24日の進捗、440ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 16.6%) 

Volume 1  : The Nature of Hypnosis and Suggestion

Indirect Forms of Suggestion 
Milton H. Erickson and Ernest L. Rossi A portion of this paper was presented at the 28th Annual Meeting of the Society for Clinical and Experimental Hypnosis, 1976, under the title Milton H. Ericksons Approaches to Trance Induction.




(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html
[2]https://www.asch.net/
[3]http://link.springer.com/chapter/10.1007%2F978-1-4020-6706-8_6
[4]https://en.wikipedia.org/wiki/Structural_differential
[5]https://www.amazon.co.jp/dp/B005R10YKS/

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