2017年5月11日木曜日

ミルトン・エリクソン論文全集を読む 131日目


                                                                                                                            
 エリクソンのスタイルは、

 ネットワーク・エンジニアのようにコミュニケーションのやり取りを収集し、

 人類学者のように関係の濃淡をシステム全体の視点から整理し、

 吟遊詩人のように関係性にメタファーで介入する(笑)。

   <ひとりごと>




はじめに

 備忘録として、



 お正月から、ミルトン・エリクソンの論文全集『The Collected Papers Milton H. Erickson』[1] を読んでいる。読み方のルールはここで書いた。

 131日目について書いておきたい。

催眠下での無意識の精神活動

 「Unconscious Mental Activity in Hypnosis(1944)」つづき。著者はミルトン・エリクソンとルイス・ヒル。

    2例目はエリクソンの被験者となっている女学生。エリクソンの家へ言って色々相談する。付き合っている男性がおり、この男性と結婚するとこの男性を不幸にするのではないかと考えている。

 エリクソンは催眠を使い、フロイトのような自由連想とは異なる方法で、アプローチすることになる。

 結局、数年後、この男性と結婚し、さらに子供もできて幸せに暮らしています・・・ということになるのだが、一体催眠の介入として何をやったのか?つらつらと概要が書かれているのがこの論文となる。

 個人的には味わい深く、何回か読んだほうが良い感じはしている。


法的証言の否定もしくは取り消し

 「Negation or Reversal of Legal Testimony(1938) 」。著者はミルトン・エリクソン。

 簡単に言うと、犯罪の証言に関係する話。取り調べで、容疑者だけではなく、被害者もその証言がコロコロ変わることがある。このメカニズムがどうなっているのか?これを心理療法家の立場から推論していく話。

 

随考

 ネットに The American Journal of Clinical Hypnosis の編集長でもあり、エリクソニアンのスティーブ・ランクトンがエリクソン国際会議でプレゼンテーションを行った「Systems」が落ちていた。個人的に、これを非常に興味深く眺めていた。

 この資料に限るわけではないが、「エリクソニアンのきぐるみを着たベイトソニアン(笑)」としての個人的な興味は以下だ、

《エリクソンは一体、何をしていたのか?》

  • エリクソンはクライアントからどのような情報をどのように収集していたのか?
  • エリクソンはその情報からどのように何をどのように見立てていたのか?
  • エリクソンはどのように介入をつくっていたのか?

 ランクトンの資料を読む限り、こんなことを考え始めると考える終わりの無いライフワークになりそうな気もしてくるし、現にそうなっている(笑)、少なくとも「クライアントが催眠状態に入ればなんとかなる」ということは、まったくの誤解ということだけは分かってくる。また、「催眠で特定の人間の能力をスーパーマンのようにすれば組織の問題はすべて解決する」というのもシステム論からすると非現実的で局所最適でアホな考え方だということだ。

 さて、補助線としてランクトンの資料をくぐらせてエリクソンを見ると色々なことが浮かびあがってくる。

《家族療法家とITエンジニアの共通性》

 この資料を見て、アナロジーとして思い浮かぶのは、ITの世界での、システムズ・エンジニアやネットワーク・エンジニアの障害対応だ。システムは、ネットワークに接続された様々な要素から構成される。もし、そこに障害が起きた場合は、システム全体からみた障害の特定、障害の切り分けから行う。大抵はネットワークの横のつながりと、OSIの7層モデルを当てた縦の階層の2つから考える必要があるという具合だ。プロトコル・アナライザーを突っ込んで機器のやりとりを解析するようなこともある。ここでの難しさは、情報のやり取りにおいて、壊れていない機器が壊れているように振る舞う場合があるということだ。

 ランクトンの資料に戻るが、家族や組織における問題・課題の特定と、あるべき方向へ向けての課題の解決ということになるが、上で書いたシステムズ・エンジニアやネットワーク・エンジニアが行っているようなことを家族療法家も行うということになる。要は、家族システム全体からみた横のつながりと、各個人の階層モデルの縦のつながりを考えるという具合だ。ここで、MRIの「コミュニケーションの5つの公理」でコミュニケーションを観察すると、まさにプロトコル・アナライザーを突っ込んで構成員の会話を観察するというような格好になる。あまり大きな声では言えないが、ITの機器も家族療法もサイバネティクス、前者が第一次サイバネティクス、後者が第二次サイバネティクスをベースに形式知化しているので、実は根っこは同じということになる。

《ランクトンの資料から、見立てと介入》

 横のつながりとしては、家族を取り巻くシステム全体からはじめ、
 縦の階層として、ランクトンの想定する4つの階層は以下だ、


4.家族組織の構成 (⇔社会的役割と作用)
3.社会的役割 (⇔振る舞いと感情と作用)
2.振る舞いと感情 (⇔信念と認識と作用)
1.信念と認識  (⇔無意識のリソースと作用)


 簡単にいうと、これを見立て、介入を行う。もちろん、どの層に働きかけるので介入方法が異なる。介入の概要は以下だ。



4.《家族組織の構成》への介入
  ・社会的関係の構築
  ・アンビギュアス・ファンクション・アサインメント
  ・コミュニケーションのブロック、家族構造のメタファー

3.《社会的役割》
  ・パラドクス介入
  ・セルフイメージのメタファー
  ・責任と役割のメタファー
  ・スキルの獲得

2.《振る舞いと感情》への介入
  ・振る舞いのメタファー
  ・感情のメタファー
  ・振る舞いのリハーサル

1.《信念と認識》への介入
  ・混乱技法
  ・態度のメタファー
  ・リフレーミング
  ・リラベリング


 この介入の方法を考えると、エリクソンがあの場面ではこれを使っていた、と思い浮かぶことも多いはずだ。例えば、この話この話はランクトンの枠組みのどこに該当する介入を行っているのだろうか?何をゴールにしてどんな介入を行っているのか?と。もちろん、エリクソンは催眠を使って個人に介入していることも多いがやはり、人類学者や家族療法的にクライアントを取り巻く「つながり(A Pattern that connects.)」を見立てていることなのだろう。

 要は、システム全体を見立てて、変化のレバレッジ・ポイントとして個人の特定の認知や振る舞いに介入するのと、システム全体を見ないで、特定の個人だけ見て介入するのとではまったく意味が違うということだ。もちろん、エリクソンはより大きなシステムを見ている。

 余談だが、これらのメタファーについて、「Metaphoria」でおおよそ網羅されている。昨日、少し読んでいたが、前書きがランクトンなのも、今読むとその意味がよく分かってくる。メタファーは今や認知科学の範疇だが、これを差し引いてもやはりベイトソンの世界の円環的因果関係を示唆しているところは大きい。

《間接的で大人のリーダーシップを目指して》

 もっとも、こういった知見が何に役立つのか?という疑問もあるのだろう。

 日常でも仕事の場面でも家族や組織から離れることは難しい。また、こういった組織や家族で発生する様々な課題をシステム全体を見て、全体と個を調整する形式で解決しようと試みはある意味正統派のアプローチだということだ。

 逆に言うと、日本では一部のベンチャーをのぞくとカリスマ性を持ったリーダーがトップダウンで組織を引っ張るようなことは好まれないし、機能しない。むしろ、組織の運営について大人として背中を見せながら人を引っ張るような間接的で渋いリーダーシップを発揮するほうが好まれるし機能するということだ。

 その意味、こういった間接的に個々人の力を引き出していくことで組織全体の力を引き出していく個々人と全体の整合性を図りながら全体最適化を目指す方法論は身につけておいても損はないということになる。もっというとエリクソンはたまたま「催眠」というスタイルを取るが、その根底には、一般的な企業や家族などを含めた組織のマネジメントとして活用できるお宝が埋まっているということだ。

5月11日の進捗、1036ページまで(全体 2,648ページ、進捗率 39.1%)

Volume III
HYPNOTIC   INVESTIGATION OF   PSYCHODYNAMIC PROCESSES

Unconscious Mental Activity in Hypnosis— Psychoanalytic Implications Milton H. Erickson and Lewis B. Hill Reprinted with permission from The Psychoanalytic Quarterly, January, 1944, Vol XIII, No. 1. Footnotes in this paper are by the editor of The Psychoanalytic Quarterly and were written for the original publication. 

Negation or Reversal of Legal Testimony Milton H. Erickson Reprinted with permission from the Archives of Neurology and Psychiatry, September 1938, Vol. 40, pp. 548-553. 




(つづく)

文献
[1]http://ori-japan.blogspot.jp/2017/01/collected-papers.html


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